36話 フリー素材の許可は出していない
宵宮が千両博士の研究旅行に帯同した。どうやらずいぶんと引きずり回され、今は海の向こうにいるらしい。それを聞かされた秘書役の立花は『聞いていません』と、美しく整った眉根を寄せた。目を閉じ、二秒ほど間を置き大きなため息を吐いた代わりに不満や文句を飲み込んだのかもしれない。まったく……と呟きながら研究所の本館へと戻っていった。残念ながら、新人四人が事務仕事で手伝えることはない。
「海外ってどこだよ。いいなあー、柊はー!」
茜が、宵宮からの電話を取った望月にたずねる。ずいぶんとのんきな調子だった。
望月は宵宮から電話で聞いただけで、具体的な国名などは聞いていない。宵宮が嫌味や冗談でそのような事を言うとは思えないし、疲れを隠しきれない口ぶりからも、海外からの連絡が嘘とは思えないが。しかし、何故そんな事に。
「やっぱついて行きゃよかったなー!今度からアタシもパスポートを持ち歩く事にしよう!」
ろくな事前説明もなくいきなり海外に連れ出される事が、そんなに羨ましいだろうか。安全性が不確かなミステリーツアーなんて、勘弁願いたい。
透は僕は絶対に嫌だと首を振っているし、朱夕は海外の渡航経験が色々ある分、バカンスならともかく自由度の少ないお仕事で行きたいとはならないらしい。望月はただただ心配するばかりだった。
ただ、望月は混乱しているが、望月が心配しているほど宵宮にサプライズ感はない様子だった。千両玲斎にかかわるという事はそういう事なのだろう。でなければ、『万が一のために』と、パスポートを持参してはいないはずだ。その準備の良さが、宵宮を海の向こうに行かせたわけだが。きっと、月旅行が叶うようになれば、千両は『なら途中で月に寄ってから帰るかの』と、宵宮を連れて月にだって向かうはずだ。
「夜羽音もさ、そんな心配しなくていいんだって。柊だって、きっと海外旅行を楽しんでるぜ?」
研究旅行だ。そして、千両博士のお供なので、おそらく楽しむ余裕は精神的にも肉体的にもないだろう。
「海で泳ぐとかさあ、美味いもんを食うとかさあ――」
茜がぺらぺらと喋っている。
そうやって満喫する茜は容易に想像できるが、レジャーやグルメを楽しむ宵宮というのは想像できない。
というか、研究室で机に向かって難しい顔をしている宵宮や、こちらに説教をするのに声を張り上げる以外の宵宮を想像できない。
……いや、研究発表などでスーツ姿の宵宮までならどうにか。宵宮は背が高い。そこに仕立ての良いスーツを身にまとうと、研がれた刃物のように静謐な空気を纏う。
そういうのは想像できるが、楽しそうなオフの宵宮というのがどうにも。研究所からの帰りや、休日に買い物などでたまたま見かける事はあるが、楽しそうな感じはない。
「それにさ、アタシらがのびのびしている分、向こうだって羽を伸ばしてるに決まってんだろ」
そこで茜がにたりと意地悪く笑った。
「女だな、女。絶対旅行先で遊んでるぜ、アイツ!」
あっはっはと茜が笑っている。本人がいないから、ずいぶんと好き勝手なものだ。
「よ、宵宮さんは博士と一緒だから、そういう事はできないでしょ」
望月が反射的に反論する。茜が『かかった』と目を光らせたように見えた。
「博士と一緒ったって、四六時中とはいかないだろ。それに博士だって『気を利かせて』やるだろ。もしかしたら、博士だって遊びたいかもしれねえし。お許しが出て、柊はこう……左右に美女を侍らせてんじゃねえの?」
「――!そ、そんな事……」
「ぎーやん、背も高いし、誰相手にも物怖じしないし、ああいう堂々とした感じは、凛々しいとか頼れるって解釈されて、モテるだろうねえ」
うんうんと朱夕の追撃が入る。茜と朱夕の二人が実際問題そう思っているかは怪しい。宵宮のあの性格では背が高いぐらいしか美点が無いともいえる。背の高さがそもそも美点としては弱い気もするし、性格の酷さのせいでうずもれそうだ。
二人はただ、動揺している望月をからかうのが楽しいようだ。
「なんだかんだで、やっぱり柊さんみたいなのが、モテるんだ……」
低いわけではないがさして身長が高いわけでもなく、和や協調を良しとする透が、肩を落としていた。
「万人受けはしないけど、『シャイで可愛い』ってコアな人気は見込めるよ?何か国語か聞いて喋れてができるなら、海外でもワンチャンいけるよ、とおるん!」
「ワンチャンかあ……」
肩を落とすだけでなく、遠い目をし始めた。ちなみに、宵宮はこれまた千両博士に巻き込まれる形で、ムラはあるが数か国語を操れる。それなら宵宮はツーチャンスかスリーチャンスぐらい、いけてしまう。不公平な世の中だと透は思った。
ともかく、真偽が不明であるにもかかわらず、肉感たっぷりのたわわな女性に溺れるようにして、札束舞う中、ぐはははは!と悪役笑いをしている宵宮が全員の頭に思い浮かぶ。とても似合いそうだ。本人の性質的にそんな事をするかとも思うが、あの顔と普段の悪人ムーブのせいで、ありえない妄想がはかどる。
なんなら望月はこの中で一番それに真実味を感じてガタガタ震えている。一番失礼かもしれない。
ただ、そのように『私はこれで成功しました』的な嘘くさい富豪の図のような絵は想像できても、その先の『具体的なところ』となると、なかなか想像が及ばない。知り合いや身内のそういうところは想像できないししたくない。特に、宵宮の場合はライトに笑える感じではなく洒落にならない感じの生々しさがある。
――想像である。勝手に想像されている。
「宵宮さんはそんな事しない……!しないもん……っ!」
美女を侍らせて云々はそうかもしれないが、望月のあの口ぶりは、その方面全般を否定していそうに感じる。
いや、流石にそれはないだろう。
望んで叶わない透のような人間もいるが、宵宮は望みさえすれば、叶える事自体は容易なはずだ。……関係性の継続が難しい性格なだけで。
このあたりももちろん想像である。勝手に想像されている。
だが、多分これは事実に即していると思われる。
そんな感じで、宵宮がいない間、新人四人はそれぞれに宵宮をフリー素材のようにして自分の好きに調理していた。無駄話は多かったが、それなりに手は進んでいたのでいいだろう。バレなければいいのだ。バレなければ。
※ 毎週【火曜日】【金曜日】に一話ずつ更新中。
各話独立、続き物ではないので登場人物さえ覚えれば、多少読み飛ばしても大丈夫!
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