32話 可愛さ一等賞
「とおるんってさ、頼りないけど、そういうところが可愛いよね」
「なっさけないけどな。乱暴な奴よりは、いいんじゃねえの?オネエサマに可愛がられそうだよな」
朱夕と茜が透について、そのように語っている。
柔らかくて物腰が穏やかで誠実そう。確かに、年上のお姉様方の評価は高い。……透は近所のおばあさん達のアイドルだった。近所を歩けば、お仏壇に供えられていたお菓子をポケットに一杯貰って帰る日々だった。部活に忙しくしていた頃は、食事の合間の空腹をそれでずいぶん助けられた。
「……なんだ、そのエピソードは」
透がおばあちゃん達からのモテモテエピソードを披露したところで、宵宮が呆れて口を挟んできた。それの何が誇れるのかと。人間性に評価するだけの価値を見出していない宵宮には理解できない事らしい。宵宮曰く、『いい人』など、ただ利用され、摩耗するだけで何ら誇る事ではない。らしい。そのあたりは立ち回り次第だと思う。何より、可愛いのなんのと褒められたところで、下手に謙遜するでもなく、ひがみや嫉妬を受けずにすむエピソードを出している。意外と透は世渡りが上手いとさえ感じさせるが、宵宮の評価点にはならないらしい。
それについて色々言われると、流石に透も少し対抗心を出してくる。
「これでも僕、学生時代はちゃんとモテてたんだからね」
胸を張ると、宵宮だけでなく、朱夕や茜からも嘘だと指摘が入った。この三人からの辛口な発言には慣れているが、望月までも曖昧な表情をしていた事に、透はそこそこショックを受けた。
「陸上をやっていたし、大会も結構色々出てたから」
「足が速くてモテるのは、小学生までと聞いていたが?見識をあらためた方がいいか?」
研究が滞っているのか快調なのかわからないが、宵宮がばんばんと遠慮なく透の心を切り刻んでいく。
朱夕がスマホを取り出して検索をかける。うわほんとだ、と隣の席の茜にそれを見せた。机の島が離れている望月に向けても、ちょいちょいと手招きする。
陸上競技会の決勝常連で、中学時代には大会記録も出していたようだ。今よりさらに若く、女の子のようにも見える可愛らしい南天透少年が、誇らしげにメダルを掲げているネットアーカイブ記事だった。
「高校でも大会には出ていたけど、記録が伸び悩んだんだよね。推薦もあったけど、受験の方がいいかなって色々とりかかり始めた頃に、千両博士に声をかけてもらって」
結構な文武両道っぷりだ。新人四人組の中では男一人で何かとやり込められているが、なかなかの大人物なようである。そもそも千両研究室に所属できる時点で、皆それぞれに優秀ではあるのだが。普段の軽い様子から、皆それを感じさせなさすぎる。
千両研究室所属らしい厳格さ的なものを醸し出しているのは柊宵宮ぐらいのものだが、宵宮は宵宮で別種の誤解を発生させる難儀な性格をしている。
「これでモテないのが、不思議だねえ」
陸上少年だった透の画像からはモテオーラを感じるのに、今の透からは、いい人オーラはあっても、モテオーラは感じ取れないと朱夕が致命的な事を口にする。
「なんだ。貴様ら、南天の事を可愛い可愛いと言っていたのではなかったのか」
研究室内で色恋沙汰は面倒な結果しか生まない。変に色気づかれても困るが、手のひら返しのような様子に、宵宮はやや弁護の向きを見せる。……研究は快調なのかもしれない。これが難航していると、無駄話はもちろん、経過報告のためですら口を開く事を許さない圧をかけてくる。
「可愛く感じたとして、恋愛対象にできるかというと、別の話だよ」
朱夕のように年下の立場から年上の透に対して可愛い可愛いと口にする事に宵宮は違和感があった。そもそも男相手に『可愛い』と評価するのは。というタイプの人間だ、宵宮は。それを口にすれば、確実に朱夕から古いと言われるから言及はしない。
「南天を玩具にするとは、残酷な奴らだな」
「オモチャじゃないよ。同じ仲間として信頼してるの。そのうえで可愛いと思ってるんだよ。ねー?」
朱夕が茜と望月に同意を求める。茜は当然に、望月は気づかわし気に頷いた。
「まあ、アタシはオモチャとも思ってるけど」
「酷いよ、黒鉄さん!」
「で、でも透君がいい人なのは間違いないから!いずれは素敵な彼女さんに巡り合えると思うの!」
「わー……ありがとー……」
フォローしてくれたのだろうが、望月から力強く言われても、透はさほど嬉しくない。
若人としては、今、素敵な彼女がほしいのだ。とはいえただ彼女がほしいというのも順序的におかしい気もする。それに、今は新人研究員として忙しくしている。彼女ができても、きっとすぐに自然消滅してしまうだろう。
「そういう相手がほしいなら、今度大谷部が顔を見せた時に頼めばいいだろう。アイツは無駄に顔が広い」
研究所の研究員の中では、楽しいお食事会のメンバー集めに重宝されているらしい。宵宮はくだらないと言いながら、書類にサインをしている。
「いや、別に今すぐどうこうってほどでもないから……」
透には彼女がいたはずなのだが、受験だ生活環境がそれぞれ変わっただで、うやむやのうちに別れた事になっていた。共通の友人から、『彼女の新恋人』の話を聞いて透は振られていた事を知ったのである。しかも透と新恋人との間に、他の彼氏が二人ほど挟まっていた。透はとっくに過去の男にされていた。
……彼女がほしい気持ちは強くあるが、しばらく恋愛はいい。傷が癒えていない。
「まあ、その可愛い南天」
宵宮にまでからかわれるようになったら、終わりかもしれない。
「消耗品の注文はこれだけでいいのか?前に何か無くなりそうと言っていなかったか?」
「ああ、それは一階から融通してもらえたんで、当分は大丈夫です」
その言葉に、宵宮は僅かに眉根を寄せる。
「それならそれでもかまわんが、それについての報告は立花に入れているのか?融通があったかなかったかの情報を入れておかんと、今後全体の予算配分や調整でややこしくなる」
事務方が把握していないと、調整前の状態で問題なしとして、過多のまま、あるいは不足のまま移行してしまう。報告を入れておけば、今後調整が必要として働きかけてくれるだろう。立花百合香はそのあたりをそつなくこなす、頼れるスーパー秘書である。
当座を乗り切れたことだけで胸をなでおろしていた透は、そういった観点や視点が必要な事にそこではじめて気づいた。緊急の必要はないが、速やかに連絡しておくよう回答する。
学生の身分だとそこまで把握せずにすんだ事でも、今の状況ではもう少し広い視野を持たねばならない事に、まだ慣れていない。
「忘れず報告するならそれでいい」
「あ!なんだよそれ!南天をもっと叱れよ!アタシん時とか、すげえ勢いでお説教だっただろ!」
消耗品管理担当が透で落ち着くまでには、紆余曲折があった。
「南天は言い訳せず素直に反省を示すし、その後の修正対応も速やかだ。理解して改善できる人間を不必要に叱責する意味がない。何よりそんな無駄な手間と時間をかけたくない。黒鉄、貴様は必要だから説教をした」
「んっだよ!」
納得いかないとばかりに茜がペンを宵宮の座る席に向けて突きつける。そういう挑発的な態度を取るからお説教をされるのに。
「酷いよねー。わたし達、ちゃんと反省するのに」
朱夕がわざとらしいぐらいの可愛らしいぶりっ子ポーズを取ってみせる。
「そういう態度を取るから、南天と貴様らとの扱いがどんどん変わっていくんだ。自覚しろ、三暁洞」
可愛いだけで世の中を渡っていこうという舐めた態度をとるから、朱夕は朱夕で宵宮からのお説教は多い。結構なお説教を受けても後で舌を出して反省の態度を見せないのでたちが悪い。可愛がられて育った妹気質がそうさせるのか。
可愛がられて育った妹、というなら望月も同様のはずだ。望月までそんな事をやり始めたら、宵宮は説教でのどを嗄らす事になるだろう。妹云々関係なく、あれは朱夕の気質だ。宵宮も朱夕に関してはやや諦めはじめている節がある。
そんな感じで雑談をしながら各人作業をしていたところに久々に懐かしい声が響く。
「帰ったぞー。皆、元気にしとったか!?」
千両研究室の責任者、千両玲斎博士である。国内外で名を馳せている結果、自身の名を冠する研究室に立ち寄る機会がどんどん減っている千両玲斎博士である。テレビやメディア媒体でなら毎日見かけるのだが。
「はかせー!元気してたよー!」
おじいちゃんと孫の再会ぐらいの気やすさで朱夕が答えている。恐れ知らずにもほどがある。
「うんうん、元気ならよいよい」
今回もどこぞの講演先で買ってきた煎餅だか饅頭だかの入った紙袋を手に持っている。いつもの事――のはずだが、千両が見せる笑顔のほんのわずかな違いを、宵宮は敏感に感じ取った。宵宮の表情が引きつっている。千両の方は、何と気のつく事と、頼もしさを感じているようだった。
「木曜日に出発するんじゃが、飛行機の中でチェックできるようこのデータをまとめといてほしいんじゃ。フライト中に使える時間は三時間程度じゃから、その時間で把握できるような感じでの。宵よ、ほい、頼んだ」
紙袋は、お土産だけではなかった。むしろ、まとめておいてほしいという紙資料がほとんどだった。……紙資料だ。
「どうして……!こんなものを、寄越す……!」
宵宮は紙袋から見え隠れする紙束や古い本に、震わせながら手を伸ばした。
「いや、儂も先方には『せめてスキャンぐらいはしておいてくれ』と言ったんじゃがな。それで手元に届くのが遅くなるぐらいなら、もう丸々預かって帰った方がよいかと思うて」
「まったくいいわけが、ないが!?」
「可愛い宵なら、ぱぱっとやってくれると、儂は信じとるから」
にこにこと笑顔を見せている。
「博士、勘弁してくれよ。柊に押し付けたら、その分こっちに皺寄せが来るんだぜ!?」
茜が抗議の声をあげる。しかし、千両はさして悪びれた様子も見せない。
「宵はもちろんじゃが、お前さん達も、儂の可愛い頼れる研究員じゃからな!信じとるぞ!もちろん儂も任せきりにはせんから!」
この資料まではここまでの道すがらにすべて読んだ。この資料はここからここまでに絞って貰えばいい。こちらについてはここを体系別に――紙袋いっぱいの資料について、すでに雑駁に目は通してあるようで、取り掛かるための指示が次々に入る。……ただの気のいいお爺さんで無いから、タチが悪い。
「――つまり、早見表的に纏めればいいわけですね?」
資料内容と指示から、宵宮が千両の求める方向性を読み取る。
量が多いのが厄介だ。また、機内で三時間というのも半端だ。そもそも、まとめ作業の間に、千両博士なら頭に叩き込めてしまう気もする。
「そうじゃ。今回については儂が見る分だけじゃからそんでいい。じゃが、できれば今後全体で使う資料としても発展させたいからの。その時、二度手間にならんようなまとめ方にしておいて貰えると助かる」
宵宮の眉間の皴が深まる。
「……また、面倒な事を」
「今その手間をかけておけば、後々儂一人ではなく宵や他の者のためになるから、いいじゃろ?」
渋い顔の宵宮の横から、望月が資料に手を伸ばす。早口に出された指示をメモに取っており、宵宮のようにゴネても無駄と、速やかに作業に入るようだった。物わかりがいいのはいいが、宵宮としては千両を甘やかすように感じて面白くない。
千両は決して無茶な事を言っているわけではない。作業を進めればできてしまうだろう。それが余計に癪だった。
「頼むぞ、宵」
「――わかりました……っ!」
愛嬌や可愛気、だけではないが、ともかくそれを誰より何より使いこなすもっとも質の悪い人間に対し、宵宮が勝てるはずもなかった。
※ 毎週【火曜日】【金曜日】に一話ずつ更新中。
各話独立、続き物ではないので登場人物さえ覚えれば、多少読み飛ばしても大丈夫!
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