33話 ハッピーエンドの道行きは
「わかっているな?望月」
「……申し訳なかったです」
研究所は重要情報などをやり取りするので、私物の扱いはそれなりに厳格なのだが、研究区画や研究室によって厳密度は変わる。千両研究室は緩い方で、スマホをはじめ私物の持ち込みはかなり自由だ。なにやらどこかの研究室が、実験を兼ねて通信内容などすべてサーチしているとかどうとかの話も聞くが、その真実は闇に伏せられている。
ともかく、宵宮の机には、何やら華やかな男女の絵が描かれた本があった。さらにその前には、反省しきりの望月。
朱夕と貸し借りしていた漫画本について、宵宮に見とがめられた。休憩時間であれば眉根を寄せられる程度で見逃してもらえたはずだ。しかし、最近は慣れというか油断か、『まあ、パッとやれば大丈夫だよね』と、つい数か月前までのノリでやってしまった。
宵宮も『こいつら調子に乗り始めているな?』と思っていた矢先だったようで、タイミングが悪かった。ただ、全面的に望月が悪いのは事実なので、大人しく業後にお説教である。時間外労働としてお手当のつく説教だ。
「学生ではないんだぞ。貴様もこんな事で俺から叱責を受けたくもないだろう。誰だ。三暁洞あたりか」
本の貸し借り相手はそのとおりだが、望月は私物持ち込みが判明した時点からそれについては黙秘していた。黙ったところで選択肢は限られている。
「……この程度の事で三暁洞を呼びたてるのも馬鹿馬鹿しいし、望月、貴様が一人で背負い込むというならそれでもかまわん」
宵宮の方は決め打ちしているらしい。まあ、現場での各人の反応を見ていればわかる事だった。宵宮は一時没収した本を机から取ると、向きを変えて望月に差し出す。
「……『血の繋がらぬ伯父』は、もはや他人ではないのか?」
「あ!宵宮さんも、これ、読んでるんですか!?」
「読んではいない。裏表紙にそう書いてあった」
簡単なあらすじだ。禁断の恋を描く、叔父姪ものとある。
「相手が学生な時点で十分禁断とは思うが、血縁がなければ、将来的に何の問題も無かろう」
「違うんです。血の繋がらない叔父姪に見せかけて、実の父娘だったんです!なのに娘側はそれを知らないという――」
「俺が悪かったが、深掘りしたいわけではない!息巻くな!」
同志を得た、あるいは布教の時と言わんばかりにテンションを上げ始めた望月に、宵宮が本を押し付ける。
「貴様らはこういうのを好むのか」
今はもう話題にもならない『夜羽音兄妹の怪しげな噂』の事を宵宮は思い出しているようだが、望月は単純にファンを増やし損ねた事を残念に思いながら本を受け取った。
「恋でもなんでも、困難が多い方が盛り上がるじゃないですか。現実では、何事においても困難は結構ですけど」
ただいま望月は研究が進むたびに必要サンプル数が増えていく無間地獄と戦っていた。イージーモードを望みたいが、そんなにサクサク進む研究なら、とっくに研究しつくされているから仕方ない。未開の分野を切り拓き踏み固めていく先発の研究者にも困難はあるだろう。だが、もう掘りつくされた鉱脈で、残り滓のようなものから意味や価値を見出さなければならない後発の新参者の苦労もある。
「最終的に幸せに終わるからいいんですよ。お話は」
「……幸せに終わるのか?」
「不吉な事を言わないでください!」
話が佳境に入っていて、かなり危うい展開になっているのだ。
宵宮としては何やらこんがらがりそうな血縁関係の時点でろくな事にはならないであろうという予想で口にしているだけのようだった。
「何を『幸せ』とするかは、人に寄るものな」
「だから!不吉な事を言わないでください!」
望月は、ハッピーエンド至上主義である。長期連載を追ったうえでバッドエンドを引き当てた時は、寝込んだ事もあった。
「……そんな物で満足できるとは、手軽でいいな」
「読むと面白いですよ?宵宮さんもいかがですか?一巻から持ってきますよ?……ちゃんと、休憩時間に渡しますから」
「いらんいらん。目が怖い。そんなくだらん話に脳の容量を割きたくない」
「宵宮さんのような人こそ、こういう恋愛漫画を読んで、人の心の機微を理解した方がいいです」
「人の心の機微ぐらいわかる。俺を何だと思っているんだ」
宵宮がムッとした顔をする。
「理解したうえで、俺がどう扱うかは別の話というだけだ」
「だからやっぱり、人の心を理解した方がいいと思います」
そんな感じでどう理解できているというのか。
「好きの嫌いのなど、どうでもいい話だろう。研究が滞りなく進めば、それでいい」
「滞りなく進めるためには、人間関係が円滑な方がいいに決まっています。少なくとも、無駄に人の神経を逆なでする必要はありません。人にものを頼む時だって、透君みたいに言ってくれたら私ももっと機嫌よく――」
「俺に南天のようにふるまえと?無理な話だ。なんだ、望月。やはり貴様、南天のような男がいいのか」
「え?」
一瞬、望月が瞬きを繰り返す。
何か今、話題が瞬間移動したような気がする。何かを聞き逃しただろうか。そんなはずはないがと、違和感を覚えながら答える
「……まあ、宵宮さんのように必要以上の緊張感を持たなくていいから、透君は楽です」
「その本の表紙の男のようだものな、南天は」
そうだろうかと、望月は手の中の本に目を向ける。表紙にはくだんの主役である伯父と姪がきらびやかに描かれているが、この伯父はクールなカッコイイ系だ。見た目の方向性がまず違う。宵宮は内容を知らないらしいが、キャラにまで言及すればなおさらだ。
「ちょうどいいではないか、南天で。双方の不足が満ちる」
「誰でもいいわけではないですからね!?」
そんな節操のない事を言っているわけではない。なんだか話が変な方を向いている。
それに、恋の方面だって、もっとこう……ロマンチックで心弾むような。まずはそれを堪能したい。恋人がほしくて誰かを好きになるのではなく、誰かを好きになったから恋人になってほしくなるものなのだ。透は恋人がいない事を嘆いてはいたが、透だって誰でもいいというわけではないはずだ。多分。
ロボットでもあるまいし、その心の機微を宵宮は何故介さないのか。乙女モードにフルスロットルかけようとするたびにいなされる。
「南天は、問題のある男ではないだろう」
「と……透君はすごくいい人だと思います。けど、その。恋人としてではなく、友人として末永くかかわっていたい感じで……」
望月は透に申し訳なく思っているようだが、透の方も、おそらくは同じ気持ちのはずだ。気が咎める必要もない。
「まあ、若いうちの色恋沙汰は長続きするものではないからな。確かに利口な選択だ」
宵宮は視線を手元に戻した。
偉そうな言い方。……望月からすれば宵宮は『偉い人』ではある。ただ、望月達に比べれば宵宮は年上だが、若いのなんのと他者を評する年齢でもない。ここに千両博士がいれば、おおいにからかわれた事だろう。
いっそ年寄り扱いでもすれば若ぶってくるのだろうか。望月はそのように思いながらもふと気づく。
「宵宮さんって、透君の事、気に入っているんですか?」
結構、肯定的な扱いをされている気がする。もちろん透は善人のモデルケースのような人物だ。だからといって、宵宮がそう取り扱うのが少し意外だった。
「当たり障りない面白味のない人間ではあるが、不可が無ければ上等だ」
「……褒め方、誰かに習った方がいいですよ」
褒め方が上手ならば、褒められた者だけでなく褒めた者の印象もよくなるのに。宵宮はとことんそのあたりが下手だった。
「褒めたつもりもない。単純評価だ」
さらにはこれだ。損の多い人だと望月は小さく息を吐いた。
「だいたいこの間、狭い範囲での恋愛関係は、事態をややこしくするだけで推奨しない、みたいな事を言っていましたよね?」
「……ああ、それは」
なんでそんな事を言われなきゃなんねえんだよと、その時茜をはじめ猛抗議が出た。
望月も、大きなお世話だと珍しく真っ向から反発した。
……誰が誰を好きになってもいいと思う。
ただ、千両研究室の現状だと、すでに彼女持ちの大谷部や、高齢の千両博士は対象外。そうなると宵宮と透の二択になるが、それぞれ別の意味で彼氏にしたくなる相手ではないため、場はとりあえず収まった。
「南天が気に入らないのなら、それでいい」
「だから、別に透君の事が気に入らないわけじゃないですからね!?やめてくださいよ!?」
「どういうつもりだ。貴様の立ち位置がわからん」
イエスかノー、零か百しか指標がないのかと、望月は呆れた。別に宵宮自身、曖昧な判定をしている事は多いはずだろうに。
「宵宮さんは、もっと本を読むべきです!」
ぎゅむっと望月は没収されて取り返したはずの本を宵宮に押し付け返した。
「こんな内容のなさそうな本を読む暇はないと言っているだろうが!」
「失礼な!来年アニメ化するんですよ!?」
……こんな事をしている間にも、お賃金は発生しているのである。
※ 毎週【火曜日】【金曜日】に一話ずつ更新中。
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