3話 真珠と小判
「あかねっち、お誕生日、おめでとーう!」
きゃらきゃらした甲高い朱夕の声が、殊更に弾んでいる。
小さなホールケーキを卓上に置き、研究室の新人四人が盛り上がっている。
宵宮は研究室の片隅に置かれた、やたら上等な長椅子に寝転ぶようにしながら、苦々しい顔で見ていた。昼の休憩時間に何をしようが勝手ではある。だが、四人で囲んでいるそれは、一階のカフェで買ってきたケーキのようだ。空箱が見える。それなら研究室ではなくカフェなり食堂で騒げと宵宮はいつも以上に眉間の皴を深めていた。
別に本日の主役、黒鉄茜を慮って黙っているわけではない。口を挟みたいが、挟むと揉めるのが目に見えているからだ。
「アタシがさらに年上になるわけだから、アンタ達はアタシをさらに敬うように!アネゴって呼んだっていいんだぜ!?」
物は言いようだと宵宮は呆れている。
この研究室の人間がここに至るまでの経緯は様々だ。そこを掘り返されると一番窮するのは宵宮なので黙っておくが。
「ケーキはいくつに切る?」
包丁を手に南天が茜にたずねている。
「いくつって?五つ以外にいくつに切るの?千両博士か、大谷部さんか立花さんが来るの?」
望月がキョロキョロしている。研究室にフルメンバーが揃う事は珍しい。基本は宵宮、望月、朱夕、茜、透の五人だ。だが、そういう事ではないだろう。透は普段大人しくしている割に、口を開いたと思ったら失言が多い。
「柊なあー?どうすっかなー?まあ、主役のアタシが、寛大な心で恵んでやるか!」
「いらん。貴様らで、ケーキをまともに等分できるとも思えん。四つに切り分けられるかすら怪しい」
宵宮が長椅子からとうとう口を差し挟む。人をからかうネタにするなら、からかい返してやる。という、いらぬ気概が見える。
「とおるんならともかく、わたし達は五等分ぐらいできるよー?」
「ええっ!?僕だって五つには切れるよ!?」
透は『あかねちゃん、おたんじょうびおめでとう』という、オーダーに多少の行き違いが見受けられるチョコプレートやウサギの砂糖菓子をいったんケーキの上から大皿の脇に移した。ぶつぶつ拗ねた事を言いながら切り分けている。上手く五つに切り分けできているようだ。皿に取り分け、一番綺麗に切れたケーキに、脇に置いたチョコプレートや砂糖菓子を添えた。それを茜に差し出す。他についてはまず朱夕に選ばせ、望月が取り、透はちらちら宵宮の様子をうかがいながら、遠慮がちに自分の分を取った。残されたものが宵宮のケーキという事らしい。
宵宮は、はあとため息をつくと、長椅子から起き上がり、自分の机に向かった。
机の引き出しから何かを取り出すと、その箱をガバリと開きながら四人がいる机にズカズカと向かう。箱を小脇に抱えたところで何かを茜に向かって投げて寄越す。早くもケーキを頬張っていた茜だったが、それを空中で受け取った。紅茶のティーバッグである。
その確認をしたところで、宵宮は自分に残されたケーキの苺にフォークを突きさし、苺だけを頬張った。
「さあ食った。食ったぞ。残りは黒鉄なり三暁洞なり、望月や南天でもかまわん、好きに食え」
義務は果たしたと言わんばかりだ。
「それからこれは、貴様らへの先渡しだ。なんなら、向こう数年分くれてやる。だから俺をこんな馬鹿馬鹿しい事に巻き込むな」
トランプカードを配るようにティーバッグを全員に配りきると、ケーキの空箱と共に研究室のゴミ箱に突っ込んだ。
「は!?もしかしてこれ、誕生日プレゼントのつもりか!?舐めんなよ!?」
いくつか配られたティーバッグを手に、茜が憤慨している。
「何も無ければ、どうせごねるんだろうが」
「ゴネはしねえけどさ。……誕生日プレゼント代わりに、アタシの資料作りを手伝ってもらおうと」
「なおさら図々しい」
宵宮が閉口する。物を知らないからこそねだれるとしてもだ。
「それにしたって、こんなティーバッグっぽっちで――」
「あ、でもこれ、『オールトア・ポゼ』だよ」
「え、なに?なんて?」
「だから、『オールトア・ポゼ』なんだってば」
朱夕がとても素晴らしい発音で言い直してくれたが、残念ながらそういう事ではない。せめて綴りがほしい。それでも語感だけで検索をしていた透が、『ギャッ!?』と小さな悲鳴をあげた。透が突き出したスマホを覗き込む。透の手が震えていて、読みづらい。が、間もなくして茜と望月も、それぞれに小さな悲鳴を発した。
あまりに高級すぎて、一般人にはかえって耳にする事もない高級ブランドだった。
ちなみに、皆の手にあるようなティーバッグ販売ももちろんされているが、たった一つが夕飯一食分を優に超えている。
「紅茶だぜ!?」
茜の発言もわからないではないが、何事も、極めていけばそうなるのだろう。んむむむむ……と考えた結果、茜は白衣のポケットに丁重にしまった。気持ち背筋が伸びている。朱夕はうへへと笑いながら『ラッキー』とご満悦だが、透と望月はジョーカーが回ってきたみたいに紅茶パック五つを手に、おろおろしている。
「これ、どうしたんですか?」
望月の声は震えていた。
「まさか、アタシの誕生日のために、わざわざ……?」
茜は、気味が悪いと動揺している。
宵宮はそんなにいいものだったのかとゴミ箱から顔を覗かせている潰れた化粧箱を見た。宵宮も価値はそこまでわかっていなかったようだ。
「自惚れるな。元々、千両博士に届いたものだ。それを博士が机の上がいっぱいで邪魔だからと俺に寄越した。ティーバッグの後処理が面倒だから、持て余していたんだ。俺も机の中が嵩張るし」
ああ、千両博士に。皆が納得した。……それはそれで、価値のわからぬ者の手に渡っていった贈り主が可哀想になるが。
「……こういうのって、立花さんに報告しないといけないのでは?怒られません?」
「博士が寄越したんだ。俺が知るか。そもそも、届いたものなら立花が最初に管理しているだろう。来客用に回さず博士の元に返したものなら、かまうまい」
博士個人あての贈り物は、お返しや礼状送付等も必要なので内容確認が入る。そのうえで食品系は来客用に、最終的には研究室職員のおやつや、他の研究室への根回し用にされる。
来客用に回らなかったのだから、その程度の価値と宵宮は判断していたようだ。しかし、おそらくこれは高級すぎて千両博士に私的に楽しんでもらうのが良いだろうという配慮だったのだろう。
……つくづく、価値がわからない人に価値あるものを渡してしまった悲哀が感じられる。
朱夕はおやつのお供でさっさと使いそうだが、残りの三人は死蔵しそうな気もする。
カフェのケーキは研究所職員から愛されているし、予約商品のホールケーキは贅沢品であるが、流石にオール何とかと肩を並べさせるのは可哀想だ。飲み物自体はカフェではなく研究室に常備されているソフトドリンクがすでにある。……コーラはコーラで、今度はホールケーキ側が不満の声を上げそうな気もする。
※ ※
ひと騒動あったが、ケーキはすべて皆の胃袋に収まった。苺がなくなったケーキは、茜が二つ目として平らげてしまった。
「なんかもう、昼から何もしたくねえなー。……帰っていいか?」
お腹いっぱいで、昼休みも終わろうかというのに茜の目がとろんとしている。
「帰りたければ帰ってもいいが、明日からお前の席はない」
「本気っぽいから、嫌なんだよなー……」
「おお、冗談に聞こえたか」
千両博士の机の上に様々置かれた物を物色しながら、宵宮が皮肉を飛ばしてくる。
今回高級紅茶を手にしたから、思い出したように何か良い物がないかを見ているようだった。金目の物をあてにして、というわけではない。あくまで宵宮基準で好みの物を探しているようだった。
千両博士からは『腐らしてももったいないし、届いたものは好きにしてくれ』と言われている。週に一度――少なくとも半月に一度は研究室に千両博士は顔を出す。その時に到着物もチェックしているはずだ。なにより、最初に送付物チェックも入っている。基本的には緊急性や重要性のない、『好きなようにしていい物』なのだろう。
目利きについては、朱夕の方が確かなようだ。何やら聞きなれないブランドやメーカー名を口にして『これ、いいやつだよ。誰か持って帰りなよー』と取り分けている。なお、検索をかけるたびに透は目を白黒させていた。庶民には荷が勝ちすぎる。
「僕らは、『カフェのケーキでちょっと贅沢』が、一番いいよね……」
足る事を知る、という事は大切だ。透あたりだと、ショック死しかねない。朱夕は、驚いて貰おうと千両博士の机から持ってきた贈り物の皿を、そっと千両博士の机に戻した。しかねないではなく、多分ショック死する。そう察した。
それにしても、千両博士は税金対策をどう行っているのだろうか。
結局、千両博士の机の上は、整理し直されただけだった。
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