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それなら南棟三階どんつきの部屋  作者: 神空うたう


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2話 煩わしい隣人



 最先端研究を取り扱っているという割に、やたら紙の資料が多く、やり取りが現物主義なのはどうなのか。いや、最先端の、外部漏洩できない情報ばかりだからこそなのかもしれない。しかし、外部宛ならともかく、内部でのやり取りはデータですませられないのか。結局、研究分野の重鎮が年寄りばかりだからか。

 パソコンが使えない、なんて前時代の人間でもなかろうに。


 ――ひとしきり心の中で宵宮が愚痴ったところで、キイと椅子を引き、少し離れた位置に机を並ばせている朱夕と茜に声をかける。



「どちらかでいい。隣の研究室に、解析依頼を出して来い」



 宵宮が、手の中に収まる程度のキータグを管理ボックスから出した。


「えー?自分で行けばいいじゃーん」

「もう少し待てば、南天が帰って来んだろ」


 透は、一足先にお使い中である。


「俺は忙しい。……他の研究室ならまだしも、隣には、行きたくない」



「あ、隣といえば、もっちーのお兄ちゃんがいるじゃん!もっちーに行ってもらおうよ」

「望月の理由も俺と同じだ。夜羽音がいるから、出せん」



 結果は別だが、望月の兄に捕まり、無駄に時間がかかるからだ。

 望月もそれがわかっているのか、宵宮に賛同するようなあいまいな笑みで二人を見た。


「今後は他の研究室と関わる事も多くなる。貴様ら新人は、顔を広げておく事も大切だ。まずは隣から。……特に、隣とは関係を良好に保つに越した事はない」


 いかにも先輩研究員らしい指導文句であるが、面倒事を押し付けたいだけなのがよくわかる。なにせ、関係を悪化させている本人が言えた話ではない。……関係がよろしくないのは宵宮と望月の兄の間だけなので、宵宮と隣の研究室とは別に良くも悪くもない。宵宮の性格を思えば、フラットな関係性というのはかなり気を使っている結果かもしれない。

 押しつけられている感はあるが、朱夕と茜も、ここで細かいデータとにらみ合いをしていても面白い訳でもない。どちらが行くかじゃんけんを始めたところで、千両研究室の扉が開いた。



「おい、柊!うちの妹を泣かせてやいないだろうな!」

「新月お兄ちゃん!?」

「うるさい、夜羽音!隣の研究室に戻れ!」



 ――望月の兄、『夜羽音新月』だ。



 事あるごとに千両研究室に飛び込んでくる。これについては以前からではあったが、望月の千両研究室所属が決まってからは、特にその頻度が増えた。


「今は休憩時間だ」


 新月はくいっと銀縁の眼鏡を直した。

 何故得意ぶった顔をしているのかはわからないが、その腹の立つ表情であってなお、望月の兄であると言われて納得できる顔立ちだ。線が細く、役者やアイドル感があって、女性研究員から顔については人気が高い男だった。今年望月が研究所に入所した事で、『美人兄妹』と、評判がますます高まっている。

 宵宮が絡むと途端にこのとおりであるので、研究所内の人気は顔どまりだ。



 ただし、対外部となるとそこは誤魔化せる。

 新月は見栄えがいいので、『我が研究所期待のホープ』と、やたら取材を受ける事が多い。確かにそう評されるに十分な実績を積み始めているが、過大評価だと宵宮は思っている。

 ……宵宮を取材に出すと、研究所のイメージダウンに繋がるので、新月の出番が多いのだ。たまには笑顔で写真に写って来いと、千両博士から苦笑まじりに注意を受ける。ただ、研究所が宵宮に頭を悩ませているのは、多分写真写りだけの話ではない。



「休憩?」

「今、大きなデータを放り込んだので、うちの研究室はもはや何もできない」

「……ここならともかく、夜羽音のところでそんな事になるとは、どんなデータを取り扱っているんだ」


 千両研究室の隣は、解析作業を主に行う研究室だ。ともかく尋常ではない機材設備が優先して回される。他の研究室に回される機材は、たいていそこのおさがりだ。


「六月を楽しみにしていろ」


 ふふんと新月が意地悪く笑っている。


「夜羽音指揮下の研究でもないだろうに」

「こちらは研究室全体で取り組んで発表も行うから、同じようなものだ。昨年のオレの研究だって、全体発表になっている」

「あれは、他の奴の手を借りて、どうにか形にしてもらったんだろうが」


 はっ、と柊が鼻で笑うと新月が何をと凄む。



 宵宮と新月は、ともかく仲が悪い。


 新月が何かと宵宮に突っかかってくるせいなのだが、宵宮も宵宮で、売られた喧嘩はすべて買うタイプだ。噛み合わせが非常に悪い。……宵宮に何度も喧嘩を売る人間など、新月ぐらいのものだ。たいていの者は、一度でも、売ったつもりのない喧嘩で宵宮から酷い目にあえば、それで懲りる。

 新月もこの研究所の研究員なのだから賢いはずなのに、そのあたりの学習能力はないらしい。


「お、お兄ちゃんは休憩時間かもしれないけど、こっちはまだ作業時間だから。下のカフェで時間を潰してきてよ」


 望月が割り込んでくる。

 宵宮は話に差し出られるのを嫌うが、無意味な罵り合いは馬鹿馬鹿しい。新月相手に引き下がりたくないだけだ。向こうも宵宮相手に引き下がりたくないから、いつも話が長引く。この場合は誰かに割って入ってもらう方がよかった。

 ただ、割って入るのが望月というのは微妙なところだ。


「何だ。兄さんはお前のためを思って言っているんだ。この男が今まで同室の研究員と、どれだけ揉めて来たか知っているのか?」


 各研究室への配属が発表された時――望月達四人は千両博士の個別推薦で研究所に入所しているので、入所決定の時点で配属は決定していたのだが、望月達はたいそう心配されていた。入所してから全体研修の期間だけでも同期の研究員の耳に入るほどの人物なのだ。宵宮は。


「ましてお前のような繊細な子が、宵宮に潰されやしないかと……」



「宵宮さんは確かにどうかと思うところは多いけど、新月お兄ちゃんで慣れているから平気」

「おい待て。どういう事だ、望月」



 大人しそうな顔をしているが、望月はちょいちょい毒というか、図太さを見せてくる。思わず宵宮が口を挟んだのだが、その瞬間、宵宮はしまったと表情を凍らせた。下から睨み上げてくる新月の目が鋭い。



「おい待てはこっちの台詞だ。……『望月』、だと?」



「……貴様の妹は、そんな名前ではなかったか?」


 だから嫌だったんだと宵宮は内心で舌打ちをした。返事がこないのも煩わしいと、望月が望むとおり名前呼びをするようになった。だが、異性間の名前呼びは、問題が発生しやすい。



「どうしてお前が、オレの妹を馴れ馴れしく名前で呼んでいるんだ!コモ、お前もどういう事だ、柊を名前で呼ぶな、気持ちの悪い!まさか――」



「それはない」


 宵宮が先んじて断言する。

 どうあってもややこしくなるのはわかりきっていた。結果が同じなら、自分の口で断じておきたかった。何が悲しくて、新月の妹相手に変な気を起こさねばならないのか。

 ……隣の望月が何やら微妙な顔をしているのが、どういう意味でなのかは、宵宮にははかりかねるが。



「おい!『それはない』とはどういう事だ!」

「あってほしいのか!?夜羽音!お前はとりあえず、何でもかんでも俺に噛みついて来るのはやめたらどうだ!」

「なにい!?」



「――ああっ!夜羽音先輩!また隣に迷惑かけて!」


 廊下から声がする。騒がしい声を聞いて、隣の研究室から誰かが出てきたのだろう。隣の研究室は、新人が入るたびに、まず新月回収係を命ぜられる事になっているらしい。


「さっさと回収を――おい待て!ついでだ、夜羽音と一緒にこれも持って行ってくれ!」


 宵宮が手に持っていたキータグを握りしめて、扉に駆け出す。


「博士がご在室なら博士に。そうでなければ上席に。解析依頼のデータは依頼用フォルダに送信済みと言えば、ご理解いただける」

「えっと……えー……はい、わかりました」


 本当か?と、南天を思い出させる、今一つ頼りない返事だった。だが、信じるのも仕事だと宵宮はキータグを託した。流石に十メートルの距離で落としたりはしないだろう。そんな馬鹿は、一人いれば十分だ。



「戻りますよ、夜羽音先輩!」


 お使いについては不安要素があるが、体力には大いに期待がもてそうな新人だった。……新月は、隣の研究室の人間に引きずられていった。確かに研究室のマシンはロクに動かせないが、それならそれでやる事はある。勝手に休憩扱いにして、隙あらば妹の様子を見に行き、宵宮に難癖をつけて騒いでもらっても困るらしい。当然だ。


「うおおお……!柊、どうしてお前が千両博士の研究室所属なんだ、オレは認めない、認めないからなああああ……!」


 怨嗟の声が廊下に響く。千両研究室は廊下の一番突き当たりの部屋なので、やたら声が響く。


「新月お兄ちゃん、恥ずかしい……」


 心配性なのかシスコンなのかはわからないが、望月としては、何とも悩ましい話だった。小さくため息をつく。


  ※   ※


 大きなデータを動かしているなら、宵宮の解析結果が出るのも、しばらく待たねばならないだろう。いったいどの程度かかるのか。その間に何に手を付けておくべきか。

 宵宮は卓上のカレンダーを手に取った。

 アナログについて散々毒づいていた割には、どうせタダで貰ったものだからと、宣伝が印刷されているペンやメモ帳を宵宮も利用していた。

 ――と、ふと考えた。

 昨年宵宮が外部からの表彰を受けたのだが、それが新月の誕生日だったらしく、不愉快だと散々悪態をつかれた。そんな事まで文句を言われても仕方がない。宵宮からしてみれば少し物足りない表彰ではあったが、それで新月を不快にできたなら気分がいいと思っていた。

 ……新月は宵宮より一歳年下だ。


「おい、望月」

「なんですか?」


「夜羽音が『新月』なのはわかる。どうしてお前が『望月』なんだ?」


「どういう――」


 そこまで言いかけて、はっと望月が口を噤んだ。


「名前は気に入っているけど、そこには触れないでください……」


 なになにと朱夕や茜が興味を持ち始めたようだが、望月は珍しくそこについては語らなかった。どうも、望月は生まれた時から新月に振り回されてきたらしいとは察せられた。



 スタートダッシュで初回は1・2・3話を一気に更新!


※ 毎週【火曜日】【金曜日】に一話ずつ更新中。

  各話独立、続き物ではないので登場人物さえ覚えれば、多少読み飛ばしても大丈夫!


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