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それなら南棟三階どんつきの部屋  作者: 神空うたう


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1話 南棟突きあたりの、愉快な面々



「夜羽音妹、DF5のファイルを持ってこい。おい、夜羽音妹。やーばーね、妹!」


 いらだつ低い声が、やたら白っぽい一室で響く。

 眉間に皺を寄せた、褪せた黒髪の若い男が、隣の机の少女を見た。

 少女の後ろには分厚いファイルがずらりと並んだ棚がある。


 肩のあたりで髪を切りそろえた少女は『拗ねています』というアピールか、むにゅっと唇を尖らせている。夜羽音妹こと、『夜羽音望月』である。

 怒っている。

 気のせいか、ぴょろんと跳ねた前髪が、怒りを表すようにぴこぴこ動いているようにも見える。



「……取らんのならそれでいい。どけ」


 そう言われて、望月はトトっと隣によけた。

 男は白衣のポケットから顔写真付きの職員証を取り出すと、書類棚の端に軽くかざす。ピッと軽い電子音が響くのと同時に鍵付きの書類棚を開ける。手にしたファイルには表題は色々書いてあるが、下部には通し番号のDF5とあった。似たようなやり取りが今後続きそうだと思った男は、他にもいくつかファイルを取り出す。

 書類棚の戸を閉めると『柊宵宮』と書かれた職員証をポケットに戻し、自分の机に戻った。

 少女は変わらず唇を尖らせたまま、宵宮の背を見た。


 少女が偏屈なわけではない。……少女『も』偏屈なだけだった。



「もっちー、結構強情だねえ」


 ふがふがと駄菓子を食べながら日本人形かこけしのような華奢な少女が冷戦状態に入っている二人を眺めている。うへへと、品の良い顔立ちには不似合いな笑い声を上げながら、『三暁洞朱夕』は隣の『黒鉄茜』と見た。


「まあ、そうじゃねえと柊の助手なんて無理だろ。アタシはハズレクジを引かなくてよかったと、心底思うね」


 一週間ほど前のイケニエ探しの儀式を無事に切り抜けた茜がコーヒーを飲んでいる。この研究室全員に着用を義務付けられているダサい白のスニーカーと白衣は守っているが、白衣の下は水着かと思うような派手な装いだ。赤々と染めた髪と相まって、一人だけ世界観が違う。

 別に二人は、サボって宵宮と望月の意地の張り合いを見物しているわけではない。

 データの出力待ちであり、その間は既存データのチェック中となっている。何でもかんでもコンピューターがピピっとやってくれるわけではない事にうんざりするが、代わりに半休憩のように作業ができる。

 ……真面目に取り組んでいるのは『南天透』ぐらいのものか。余計な事には口を挟まない。同期の他三人は女性だし、常駐している男はというと、責任者不在がちのこの研究室で独裁体制を取る宵宮しかいない。気楽に頼れる同性がいないので、これが一番賢い方法だとこの一週間ほどで学んだ。



「おい、これを――っ、おい、そこの三人。誰か手が空いているだろう。分類しておけ」


 望月の方に声をかけようとした宵宮は、朱夕達三人に声をかけた。

 しかし、三人は――透に至るまで、『自分の作業が忙しくて無理です』と、聞こえていないふりをした。

 今年の新人はロクなものではない。宵宮が舌打ちをしたが、その傲慢な態度で新人に関わらず配属される人間と次々トラブルを起こしてきたので、このぐらい図太い人間が送り込まれてきたのだ。なお、今年の新人四人は、この研究室の責任者、『千両玲斎』が個別にスカウトしてきた逸材である。……宵宮相手にでもへこたれない、という意味においては確実に。



「あの老人め、毎年毎年、使えん奴ばかり……!」


 宵宮はいらだちながらキーボードをたたき始めた。

 だかだかとやたらけたたましい。まるで何かのリズムゲームの耐久プレイでもしているのかと思うほど休みなく、そのままの勢いでキーボードが打ち続けられる。


  ※   ※


 十分を少し過ぎたところで、一瞬その手を止めた宵宮がわずかに顔を上げた。


「おい、夜羽音妹。昨日お前が見ていたあの紙ファイルを貸してくれんか――」


 分類作業に集中していたせいで、怒っていた事も忘れていたようだが、顔を上げて望月に声をかけたところで、何故自分が地味な作業を行っているのかを思い出したようだった。また眉間に皺を寄せる。


 望月は、始業七分から始まった無言の抗議を解いた。一時的に。


「ですから。『おい』とか『お前』も嫌ですけど、その『夜羽音妹』というのはやめてください」

「夜羽音の、妹の方だろう」

「妹ですけど!嫌なんです、それ!学校に行っている時も、ずっとそんな感じで……上級生どころか同級生や下級生まで!」


 兄弟姉妹あるあるだ。

 目立つ方基準になるので、何とか兄、何とか姉、と呼ばれる事もままある。ただ基本的に学校だと入学順の関係で、どうしても何とか弟、何とか妹と呼ばれる確率の方が多くなる。

 ましてや、宵宮の場合、望月の兄がやたらと宵宮に突っかかってくる。この研究所で、宵宮が『音のやり取り』を多く行っているのは、望月の兄だった。……あれを会話や対話とは認識したくないらしい。



「隣の研究室にも夜羽音がいるんだぞ。どちらも夜羽音だ、区別しなければ、ややこしい。……隣の研究室所属の奴が、日に何度も話題に上る事自体がおかしな話ではあるが。夜羽音妹。あの馬鹿を夜羽音兄、お前を夜羽音と呼ぶようにしてほしいなら、お前の馬鹿兄をどうにかしろ」

「新月お兄ちゃんは確かに困りものですが……その、妹とか、兄とかで区別しなくてもと、思うわけですけど」

「なんだ。これは俺の区別方法だ。この研究室はやたら田中が多いから、『田中み』『田中と』『田中はる』『田中はや』で分けている。それでいくならお前は夜羽音――」


 と、そこまで言って、宵宮がふと口元に手をやる。望月の胸元の職員証を確認しようとしたので、望月は職員証にばっと手をやり隠す。



「酷いです!もう一週間ですよ!?」



「名字ならともかく、フルネームを覚えるにはお前の存在は矮小すぎる。手をどけろ。そもそも職員証にシールを貼るな。小学生か」


 ふるふると望月が左右に首を振る。チッと舌打ちすると、宵宮は手元のキーボードを叩いた。職員データベースを開いている。


「こんなに長い研究員番号を、他人の分まで空で叩けて、どうして名前を覚えてないんですか!?」


 望月は、研究所所属になって与えられた研究員番号を、まだ覚えきれていない。様々な書類を書いたり入力をする機会があるから、そろそろ覚えられそうだが。



「うるさい、夜羽音――『夜羽音も』」



 ディスプレイに映った望月のデータを横目に宵宮が得意そうに答える。職員証と同じ画像も映っている。指名手配写真めいた宵宮と違い、望月のそれはアイドルの宣材写真のようだ。

 望月なので、夜羽音『も』である。



「可愛くないです!」

「可愛さはどうでもいいだろう。『夜羽音妹』が気に食わんなら、『夜羽音も』で妥協しろ」

 宵宮は最大限譲歩しているつもりらしい。



「それこそ小学校のお名前シールじゃないんだから『夜羽音も』はないよねー?」


 朱夕が茶々を入れ始めた。


「今貴様らは関係ない。黙っていろ、三暁洞」

「黙ってろ、だってさ、酷くなーい?あ、ちなみに、わたし達の名前、わかってる?」

「貴様らの目立つ苗字は、研究所内に重複はないはずだ。名前まで覚える必要は、現状ない」

「まあ、アタシらはアンタから名前で呼ばれても気色悪いだけだから、別にいいけどな」


 なかなかに殺伐としたやり取りである。そこを緩和できる千両博士は、今日もどこかのテレビ番組のコメンテーターをしているか、海外の講演をついでに肉汁滴るステーキでも食べている頃である。

 朱夕や茜と話していると確実に喧嘩がヒートアップする。透はまったく関わり合う気がなさそうだ。データチェックが進むなら、下手に絡んでこない方がいいだろう。宵宮は透をまったく戦力と見ていない。望月に向き直った。



「そもそも、その名前のどこに可愛さが……」

「まあるい感じで可愛いですよ」

「……それを好ましいと思っているなら俺はどうこう言わんが、その表現、女は嫌がるんじゃないのか」


 体型を気にしていないからこそ、丸くて可愛いなどと言えるのかもしれない。

 色々文句はあるが、正直、使い物になるとも言えない新人ばかりでも、まったく人手がないよりはマシだった。新人配属がなされるまで、この研究室の実働は宵宮一人で、地獄を見た。その原因は宵宮に起因するが。

 何より、配属一週間で転属願を出されれば、もはや常連となっている研究所のハラスメント委員会からまた呼び出しを喰らい、パワハラについての講習で時間を無為にする。無為ではないのでは?必要では?ともかく、宵宮としてはそれを一番避けたかった。


「……わかった。夜羽音。……これでいいな?」

「新月お兄ちゃんと一緒になりませんか?さっき、そんな話をされたような」

「本来アイツと顔を合わせる必要がないはずなんだ。別に、双方共に夜羽音でかまわんだろう。文脈で理解できる。できんような奴など、相手にしたくもない」

「……」

「まだ何かあるのか」

「も、『望月』で呼んでください」


 ご本人が『まあるくて可愛い』という、ご自慢の名前の事だ。


「……それこそ幼児の馴れ合いではない。名前を呼ぶ必要などあるか」

「ゆんゆんが呼ぶみたいに、もっちーでもいいです」

「――望月。昨日お前が見ていた紙ファイルを寄越せ」


 もっちー呼びだけは断固として拒否したいらしい。宵宮はもうこれ以上の妥協を一切する気はないとして、手を差し出した。

 むにゅっと望月は口を尖らせつつも、近くの机から紙ファイルと、ホチキス留めされた資料を差し出した。この研究室は、紙資料が多い。


「お前呼びも嫌なんだけどなあ……はい、こちらです。あと、このあたりも必要になると思うので、添えておきます。分類も、私でもできそうなら、途中から引き継ぎます」

「……助かる」


 くじ引きで席順が決まり、宵宮の隣はハズレ枠とされているようだが、宵宮にとって望月が自分の席にほど近いのはアタリだった。よく気がつく。少なくとも、残り三人と比べれば、ずっといい。


「そこは、ありがとうだと思います。……宵宮さん」

「待て。この研究室に俺と同姓はいない。夜羽音妹が俺を名前で呼ぶ必然性が――」

「もっちーです!」

「それは絶対に呼ばん!」


 棟の外れ、突きあたりの部屋だから多少騒いだところでさしたる問題はないにせよ――

 千両研究室は、毎度ながら騒がしい。



 こんな感じの緩めのお話。

 研究職とか賢い事はよくわからないから、そこは重要なところではありません。ええ、雰囲気で!指摘は野暮ってもんよ!


 スタートダッシュで初回は1・2・3話を一気に更新!


※ 毎週【火曜日】【金曜日】に一話ずつ更新中。

  各話独立、続き物ではないので登場人物さえ覚えれば、多少読み飛ばしても大丈夫!


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