4話 コモちゃんの真実
「次の誕生日って誰だっけ?透君?」
「ええと……ああ、そうかも」
少なくとも、千両研究室の四人の中では、茜に続くのは透になりそうだ。
この間、茜の誕生日祝いをしたところなのに。気が早い話ではある。
「お!じゃあ次は、アタシがカフェのケーキ、予約取ってやるよ!」
茜が張り切って力こぶを出すポーズをする。……派手に動くと、白衣の下のあまりにきわどい格好がちらちら見えて、目のやり場に困る。
茜はまったく気にした様子もなく、壁に貼られた研究室内共用のカレンダーを、豪快にばっさばっさとめくりあげた。めくった先には、すでに透の誕生日が書き込んであった。この丸文字はおそらく望月だ。シールもペタペタ貼られている。『貴様のお絵描きノートではない!』とかなんとか、絶対宵宮に怒られるだろう。
「――ってなんだよ、日曜じゃねえか!南天はホント、タイミング悪い奴だな!?」
「僕、悪くないよね!?え、僕、お祝いしてもらえないの!?」
子どもでもあるまいに、そもそも誕生日パーティーも何もないだろうと宵宮は呆れている。
幸いな事に、宵宮の位置からはカレンダーの書き込みやシールは見えていないようで、望月がお説教される未来は先延ばしにされた。
特別待遇で研究員となっているが、本来は皆、学生でもある。……いや、だとしてもあまりに幼いというか、落ち着きがないというか。
透の誕生祝いを前にずらすか後にずらすかについては、まだ日があるのでおいおい決めるという事で話はまとまったようだ。……なんだかんだで忘れられそうな気もする。
透の扱われ方が、宵宮にも理解できてきた。多少、同情は感じる。
今は新人研究員という事でこれでもまだお客様待遇的なところがあるが、これからどんどん忙しくなる。誕生日パーティーなどやっている暇も出てこなくなるだろう。あるいは、そういうイベントをよすがにしないとむしろやっていけなくなるのか。
朱夕が『とおるんの誕生日、日程決め』とリマインドをスマホに入れているようなので、少なくとも日程は決めてもらえるかもしれない。もちろん、イベントだけではなく、研究室の書類提出期限なども入力されているはずだ。多分。いくつか予定を追加し終えたところで、朱夕が望月を見た。
「もっちーってさ、もしかして生まれた日、満月だった?」
「!」
朱夕の言葉に、望月が身を固くした。
「アタリでしょ?なんかそんな感じだよね。ぎーやんが『柊』で冬生まれみたいな感じで」
「おい、三暁洞。まさかとは思うが、その『ぎーやん』はとやらは、俺の事ではあるまいな?」
「ぎーやん以外に、柊なんて名前の人、いたっけ?」
「お前は、礼節を知らなすぎる!それに柊は一応苗字だ!そもそもどうして俺が冬生まれだと!?」
「一気にぐちゃぐちゃ言わないでよー。少しでもわたし達に打ち解けられるようにっていう気づかいなのに」
「俺が?貴様らに?打ち解けろ、と?」
朱夕の距離感の取り方には、時折周囲がヒヤヒヤする。
……結局、ぎーやん呼びは却下された。いないところで誰に何と言われようがかまわないが、耳に入った段階で、その舌を抜くと宵宮が通告した。
なお、直後に朱夕はうっかりなのかわざとなのか、口を滑らせた。
抜かれはしなかったが、宵宮に舌を掴まれ、力いっぱい引っ張られた。容赦ない。
※ ※
「――そもそも、望月は満月の日生まれではないぞ」
「れ?ひあうの?」
コーラで舌を冷やしながら、朱夕がたずねる。
「……ちょっとだけ、満月の日からずれてるの。……でも、新月お兄ちゃんは新月の日生まれで新月だから、『だいたい丸いし、この子は望月でいいでしょう』って……」
子どもの頃の調べ物学習でありがちな、名前の由来調べ。真実を知った望月は、結構なショックを受けた。『丸くて可愛いお月さま』ではなかった云々ではなく、両親の言い方に。両親なりにユーモアを含めてとか、本人の思いと違う事実に傷つかないようにという配慮の結果だろうと今では思う。
「何だよそれ、いい加減だな?」
「ちょっと!黒鉄さん!?」
そう、まさに茜のそれである。透がフォローする必要はない。
夜羽音さんちの可愛いコモちゃんとしては、『いい加減に名付けられた』『新月お兄ちゃんのオマケ』と、大ショックだったのだ。夕飯にハンバーグを出してもらえるまで泣いた。
……今となっては、むしろそれで大泣きをして両親を困らせた事の方で胸を痛む。なので、望月は名前は好きだが、名前の由来については敏感なのだ。
「なんれ、ぎー……柊副室長はそんな事、知っへるの?」
二度はないと言われたので、舌を引き抜かれては大変と朱夕が言い直した。事実としてその肩書で間違いない。しかし、宵宮の年齢にしては過分なそれは、その呼び方もそれはそれで煽っている気もする。
「そうだよな、ストーカーかよ」
「前に望月の名前を調べるのに、データベースを見たから覚えている。そうでなくとも、貴様らがやれ誕生日パーティーだ星座占いだと騒いでいただろうが」
「いや、だからっておかしいだろ。生まれた日の月齢なんて、わざわざ調べなきゃわかるかよ」
茜の言葉に宵宮が顔を顰めている。
「たとえば、アタシが生まれた日がどうだったかなんて、普通はわかんねえだろ?」
そう言われて、宵宮が口元に手を添え、わずかにぶつぶつ呟く。
「ああ、子どもが絵に描きそうな三日月だな」
宵宮が答える。そう言われたところで、合ってるも合ってないも、わかるわけがない。
しかし――ハッタリとも思えない様子だ。
「……南天」
「え、なに?黒鉄さん」
「調べろ!」
「えー?自分で調べりゃいいじゃないかああ……」
そう言いながらも、透がもたもた検索ワードをスマホに入力し始める。すると宵宮が、『待て、月齢まで出してやる』と、訳のわからない張りあい方をし始めた。透がサイトの日付ホイールをくるくるさせている間に、宵宮が茜の誕生日当日の月齢を答えた。透が検索したサイトも、追って結果を表示する。
「うあ」
さて、誰の声だったか。
念のため、検索で出た別のサイトでも同日付を入れて確認を取るが――月齢は宵宮の回答とまったく一緒だった。小数点以下も。
「ロマンチストとかのレベルじゃねえだろ……」
「え、なに?柊副室長、暗算か何かしてるの?こわっ」
「いっそタネや仕掛けがあってくれた方がいいよ……」
「だから、どうしてそれがわかって、私の名前は調べないといけなかったんですか……」
ちょっとしたかくし芸めいた事を披露しているのに、反応がマイナスなものしかないのは何故か。日頃の行いか。
「別に、奇人変人に軒を連ねている訳ではない。理屈がわかれば、コツはいるが貴様らにでも出せる。……いいか?貴様らが所属する研究室は、そういうところだ」
「……超人的な頭脳が無いと、続けられないって事ですかあ……?」
スマホを抱きしめながら、透が生まれたての小鹿のようにプルプル震えている。
「嫌味か?俺にそこまでの才覚があると思うのか?寝ぼけているなら顔を洗ってこい」
ぶすっとした顔で答える意味がわからない。いっそそうだと言ってくれた方がよかった。才覚があるから、特別だからできる事だと。望月の兄、新月ならそう答えそうだ。二人はそれぞれに偉そうではあるが、気質は少しずれている。
だが、宵宮は続いてとてもいい笑顔を見せた。
どうせなら、その顔を新入職員説明会の時に見せてやれば、『多分僕、ここではやっていけません』と入所二日目にして八人が早くも離脱しかけるなんて騒ぎは起きなかっただろう。……どうして研究所は、代打とはいえ宵宮に頼んだのか。
だが穏やかな笑顔はすぐにあの時の、人でも殺していそうな笑顔に変わった。
「あのロクでもない年寄りが――千両博士が、『おい、面白い事を思いついたぞ』と、スキップで駆け寄って来たらな?それがたとえどんな分野であっても、あの年寄りが満足いくまで、付き合わされるんだ。わかるか?たとえ自分の専門分野と、かすりもしていない事でも、だ。何か月であろうと!」
ただの脅しだったらいいのにな。そう思うには、宵宮の表情に滲んだ痛切さはあまりに生々しかった。
「……大丈夫だ、一度飽きれば、奴はしばらくはその分野の興味は失せる。実に残念だ」
何も大丈夫な気がしない。まったく残念じゃない。むしろ、先々の不安が増えた。何を言い出し始めるのだろうか。まだそこまで大きな期待はよせられていないと思いたい。
あの人のいい老博士に、皆騙されているのかもしれない。四人はうすうす感じ始めていた事を、再度認識せざるを得なかった。
※ 毎週【火曜日】【金曜日】に一話ずつ更新中。
各話独立、続き物ではないので登場人物さえ覚えれば、多少読み飛ばしても大丈夫!
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