表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
それなら南棟三階どんつきの部屋  作者: 神空うたう


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
29/31

29話 買い占めが起きたとかどうとか



 フフンと宵宮の口元が上がっている。

 研究室に一番多く届くのはほぼ不在の研究室の長、千両玲斎あてだが、宵宮あての郵送物もそれなりにある。研究に直接かかわらない一般的な郵送物は研究室全体で取りまとめて、担当の事務方などで精査の上、当該人物に渡る。


 今回は、雑誌だった。研究所全体でも購読しているので、カフェに行けば、バックナンバーも含めて読めるものだ。




「ほれ。貴様ら俗人が求めるものは、こういうものなのだろう?」


 ばさりと茜、朱夕、徹の三人が机を組んでいる島にその雑誌が広げて投げ置かれる。お行儀が悪い。

 透は、研究所内の研究発表資料の素案として、見栄えの良いグラフ配置などを切り張りして調整していた。大惨事だ。……透はぐっと堪えた。どうせ上手くいってなかったからいいんだと、己を慰める。

 ともかくいつにはない傍若無人さに三人が顔を顰めかけたが、机の上の雑誌を見て、おおと声があがった。宵宮側にほど近い机の配置になっている望月も、何事かと近寄る。


「すげー!特集記事だ!」


 茜が声をあげた。


 研究者にはお馴染みとなっている雑誌に、宵宮が過去に出した論文にかかわっての特集記事が組まれている。昨今広がりを見せる研究分野の先駆けとしていち早く取り組んでいた云々という記事だ。


「取材などくだらん事はくだらんが、以前取材を受けてなかなか良い印象を残した取材者からの申し入れだったのでな。受けてやった」


 えらく上からのものの言いようである。それでも、取材はくだらないと基本的に受けたがらない宵宮――と、なにより受け答えに不安がありすぎるため取材を受けさせたがらない研究所の双方が取材許可を出す珍しい事態だった。内容も充実しているうえに貴重な柊宵宮の近影付きである。


「やるじゃん、柊ー!」

「貴様は、口のきき方も知らんのか」


 宵宮は一瞬眉根を顰めた。普段ならそこからお説教、場合によっては雷が落ちるところだが、そこには発展しなかった。

 他の研究室で何かあるたびに『向こうはあんなに華々しい事をしている』『うちは千両博士ばかり目立っている』『自分達だってすごい事をしているはずなのに』と、子どものような愚痴を零していた茜は、おおいにはしゃいでいる。

 千両研究室で対外的な結果が出せる人間は千両玲斎の他には柊宵宮しかいない。

 新人四人組は、ただの学生であった頃は十分過ぎるほどに優秀だった。しかし研究者としてはまだまだ駆け出しだ。対外的どころか、研究所内の研究発表すらおぼつかない。普段は目の上のタンコブとしか思っていない宵宮でも、研究室の先輩であり、仲間だ。人間性はともかく、研究者としては尊敬している。実績だって理解している。こうして視覚的にもわかりやすい形で評価を受けている様子は我がごとのように嬉しい。特に、評価を得るどころではない新人からすれば、未来の自分達の姿かもしれないと希望も湧く。


「これ、発売日はいつですか!?」


 望月が目を輝かせている。皆、研究所のカフェの待ち時間などで目こそ通すが、熱心に見るわけでもない。宵宮も茜から朱夕に雑誌が渡るところを横から掠めて背面の方をめくって確認している。


「今週末だな」


 宵宮はそれだけ確認すると雑誌を朱夕に戻す。透は待ちきれないのか、朱夕と並んで読もうとしているし、茜は流し読みしかできていないせいか、あらためて頭をぶつけるようにして同様に横から読もうとしていた。


「今週末ですね」


 望月が、スマホを取り出し、カレンダーアプリか何かに入力し始めた。身長差があるので、宵宮の位置からは入力内容がよく見えた。研究者として、この無防備さは問題があるのではと思いながらも、すさまじい勢いで入力されていく文字列を眺める。発売日だけでなく、今日の業後に『本屋に予約』と入力し、アラームが鳴る設定までつけている。そして相変わらずハートやキラキラの無駄な絵文字。


「この種の雑誌は、特集を組んでやる事で、所属先に雑誌を買わせようとする。うちの研究所はその点『いいお客様』だから、どうせ大量に買い込む。今週末には各研究室に雑誌がばら撒かれるだろう」

「だとしても、買います!」

「そうか。熱心な事だな。好きにしろ」


 はしゃぐ新人達の様子に、宵宮も悪い気はしない。


「なにぶん、最近は表立った発表などができていないからな」


 宵宮の性格の苛烈さを主因とする人手不足のせいである。


「ことごとく過去のもので茶を濁すようで俺自身は気に食わんのだが、次のめぼしいものが出せるまでは、姑息な手段で乗り切るほかない。たまにこうして人の目に触れておくことも必要だ」

「僕、柊さんってもっと『研究者はかくあるべし』みたいに、ストイックな感じで、孤高に研究だけする人かなと思ってました」


 色々理由があるが、取材嫌いなのもそのあたりなのだろうと思っていた透は、素直に印象を伝えた。


「俺自身もそれが叶うなら、研究だけですませたいと考えている。……しかし、研究者として名を売る為には、ある程度の露出も必要だ。資金面等の理由もあるが、研究所に在籍しているのもそれだ」


 いかに情報文明を迎えた昨今、また、優秀な研究者であっても、在野の研究者では、最新の情報や研究界隈の空気感を得る事は難しい。くだらないと感じる研究会や学会後の、乾ききったオードブルが並ぶ立食パーティーという名の井戸端会議でも、不快さを隠さなくとも宵宮が出席するのはそのためだ。

 雑誌や会合で顔を売っておく事は、後々の為になる。

 ……宵宮の性格のまずさについても、折に触れ露呈する事で、相手も適切な距離感を取ってくれるので、悪い事でもない、はずだ。


「この調子で、夜羽音のアニキぐらい取材受けりゃいいのに」

「……『ある程度の』と言っただろうが、黒鉄。あの目立ちたがりのように、安売りする気はない。必要十分でさえあればいい」


 研究所の施策として見栄えがいいうえ研究成果もそこそこな夜羽音新月を次代の柱的に売り込んでいる。目立ちたがりとするのは少し気の毒な気もするが、新月の気質としてやや誇大表現が多く、実質的に目立ちたがりにしか見えなくなってしまうのは仕方ない。

 ただ、それをその『夜羽音のアニキ』の妹であるところの望月の前で口にするのはどうなのかと、透などはヒヤヒヤする。


「そうですね。新月お兄ちゃんほどになると、恥ずかしいです」


 ――妹の評価は、妹であるがゆえにドライだった。


「あと、お小遣いが足りなくなります」


 漫画雑誌だって今はそこそこの値段だ。販売部数の限られている学術誌系は、結構なお値段になってくる。


「子どもじゃないんだ。小遣いも何もないだろう」


 新人達は、学生相応の身分を持ちつつも主体は研究者だ。研究活動で働いた分の賃金はしっかり出ている。弁当代もろくに出ない所帯持ちのサラリーマンでもあるまいにと宵宮が呆れている。


「無駄遣いしちゃ駄目だって、新月お兄ちゃんが」

「……」


 家庭の事に口を出すつもりは無いが。だとしても、いつまで新月は望月を子ども扱いするつもりなのかと、宵宮は呆れをさらに深めた。

 ただ、新月は宵宮とは違う身勝手さで振る舞うが、その独善的な過保護さの根底に妹可愛さがあるのは宵宮でもわかる。家計で横領や使い込みはしていないだろうという信頼性はある。前時代的に、妹の結婚資金として積み立てでもしてやっているのか。結婚を許す気があるのかも怪しいが。宵宮にとってはどうでもいい事だ。


「肩たたき百回でいくらの計算なのかは知らんが、小遣いどうこうが気になるならなおさらだ。わざわざ買う必要もないだろう。研究所が大量購入して配る分でも――この見本誌をくれてやってもいい。俺の該当ページに問題箇所がなかったのは、ゲラ刷り時点で確認している」


 朱夕から横滑りに受け取ったばかりの透の手から、宵宮が有無を言わさず取り上げた。並んで読んでいたので、おおよそ内容は取れているはずだという判断にしても、少し酷い。ともかくそれを、望月に差し出す。


「ううう……でもやっぱり、自分で買います!」

「貰っておけばいいのにー」


 朱夕が横から口を挟んできたので、宵宮が顔を顰める。


「ついでに、柊副室長にサイン書いてもらいなよ」

「どこの世界に、たかだかインタビュー記事程度で雑誌にサインをする研究者がいる」


 たかだか。

 それを言えてしまえるのが宵宮だ。性格もあるが、研究実績とそこから派生する各種評価が多い。


「僕なら、名前がちょっと載っただけでも、大騒ぎすると思うな……」


 素直に口に出したのは透だけだったが、茜達だってもしそれが自分であれば、大騒ぎしてあたりに触れて回る。サインなんて何種類も考えて書いてしまうだろう。


「……どちらにせよ、話した内容自体は当然の事で、わざわざ手元に残しておくほどでもない。持って帰りたい奴がいたら、好きにしろ」


 宵宮のインタビューそのものは、宵宮自身はたいしたものとは考えていない。インタビューなどより、直接以前に発表した論文にあたってもらいたい。ただ、その他の記事はなかなかに興味深いものが多い。流石に歴史ある雑誌なだけはある。新人達であれば、目を通すだけでも十分意義を見出せるだろう。そう考えてその雑誌を再び三人組の島に――


「おい、どうした、望月」

「貰って帰ります」

「……雑誌は買うという話では?いや、別に節約に使ってもらってかまわんが」

「違います。買うけど……買うけど、これはこれで、いただいて帰ります……!」

「……同じ内容だぞ?」


 むしろ、変わっていたら大問題だ。


「同じでも、いいんです……!」


 よくわからないが、望月が手を離さないので、宵宮はその雑誌を望月に託した。……フリマサイトに出品されていたら承知しないからなと脅迫しておいたが、望月にそんな気はさらさらないようだった。

 



※ 毎週【火曜日】【金曜日】に一話ずつ更新中。

  各話独立、続き物ではないので登場人物さえ覚えれば、多少読み飛ばしても大丈夫!


 感想・評価・ブックマーク、あとなんかもう色々、お待ちしています!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ