26話 取材方針
柊宵宮は、世界でも名の知れた研究者、千両玲斎の愛弟子――という扱いなだけあって、年齢の割にそれなりに評価を受け、知名度も過分にしてある。
まだ物足りないと自惚れもあるが、おおよそ正当な評価を受けている自覚はある。
だから、あらためて他者の評価を得たいとは思わない。
まして小学生の読書感想文並の感想を寄越すような新人になど。
※ ※
今日もまた、世紀の大発見とは縁遠い、地道な作業をしている。この積み上げが結果になる。将来的には世紀の大発見に繋がるかもしれない。
その積み上げ方がわかり始めると、宵宮のように研究所の看板を背負うような外部向け発表の機会が増えてくる。
「言っておくがな?」
作業の協力を得ているにしてはあまりに不遜な喋り出しだが、これが宵宮だった。
「確かにくだらん作業かもしれんが、唯々諾々とデータを読むんじゃないぞ?目と手と頭が足りないから全体作業にはなっているが、貴様らに俺の作業を分担している意味を考えろ」
「……へいへい」
黒鉄茜が唇を突き出して雑な返事をする。わかりやすく態度に出すのは茜ぐらいだ。しかし、他の夜羽音望月や三暁洞朱夕、南天透もやれやれといった表情をしていた。
宵宮の人となりを理解してきた事からこそ、せめて自分達は大人になろうと流しているのだろう。 宵宮の作業分担の判断そのものは正しく、各々分野に軽く触れながらもさらに進度を深めるような作業を任せている。今回については求められるはずの結果も明確だ。新人四人も到達点が自分で見定められるからこそ、自信を持って作業に当たる事ができる。
……そのあたりの説明を一応したうえで全体作業に協力させているのだが、宵宮はことごとく選ぶ言葉と態度を間違えていた。四人から『わかってまーす』などと軽い返事が飛んでくるが、宵宮は舐めた態度だと自分の事を棚に上げている。
本当にわかっているのか。見えているのかと。
一歩先を行く者の視界を体験する事も大切だ。それは宵宮も理解している。一歩程度ではなく前を進んでいるつもりだが、一歩先を指し示してやる気遣いはできているつもりだ。
……千両博士だと、霞むほど先を歩み過ぎているうえ、配慮がない。能力を信頼してくれているといえば聞こえがいいが。今自分が携わっている作業が最終的に何に繋がるか、理解が及ばない。
偉そうにしている宵宮も、千両博士の事は相変わらず掴みかねている。あまりに理解が及ばず倒れそうになりながら取っていたデータが、事前に説明されていた研究とはまったく別分野の参考データだとあっけらかんと教えられ、倒れそうどころか、倒れた事も何度かあった。並行して分野外の研究を同時に何本も走らせないでほしい。『気分転換』など知った事か。
独特の印刷音を立て始めたプリンタに、透が気づく。
「プリンタのインク、そろそろ変えとくね」
「おー、南天、気がきくー!」
話を聞いているのかいないのか。とはいえ、そのぐらいでちょうどいいのだろう。
席を立つ透に、茜がヒラヒラと手を振った。ついでに茜も席を立ち、軽い柔軟体操をしている。朱夕はピアノの鍵盤でも打つように黙々とキーボードを打っている。
望月も同様にキーボードを打っているのだが、軽やかさは朱夕には及ばない。任せている内容が違うので、そこは仕方がない。
望月をはじめ、新人研究員達は研究室に入るまでは神童、優等生などと褒めそやされてきた『お利口さん』がほとんどだ。だが、研究所で扱う内容はそれら学校のお勉強の延長とはいえ、星間ワープでも起きたように一気にレベルが上がる。覚えれば覚えただけ、学んだら学んだだけ、さらに深い習熟を求められる。
なお、お利口さん達だからどうにか食いついていけるが、ぐうたら学生では、言語も文化も違う異世界に突然投げ込まれたような状態になる。まわりだけがチート状態で。
もちろん研究所も生半可な人間を受け入れてはいないので、最低限の能力は担保されている。……それ以外のいびつさに目を瞑っている結果、宵宮、あるいは宵宮とは方向性が違うだけの問題研究員が何人か紛れ込んでいるのだが。
要は結果。結果である。
相変わらず研究所の事務では昔ながらの紙の媒体が多い。それと同じで、今はそんな時代ではないし、それですまされない事は多くなってきたが、『結果を出して黙らせる』という気質は大きい。
でなければ、宵宮が研究所の優秀な若手として扱われるわけがないのだ。
結果なら十分な男が四人の前にいる。
朱夕が口を開く。……素直さからではなく、理由を理解してあえて聞いているそぶりがあった。
「柊副室長は、もっちーのお兄ちゃまみたいに雑誌の取材とか受けないの?」
この頃研究所は若手の一押しとして夜羽音新月を押し出している。所属する研究室の研究発表が海外でも評判になったため、今ここで!とばかりに色々な取材を受けている。
そしてまた、新月が笑顔の柔らかな芸能人ばりに見目麗しい好青年だから、取材先の評判もすこぶるいい。猫をかぶっているだけだが。研究専門誌だけでなく、少し砕けた感じの取材先からも取材が入っている。分野が分野だけに万人に知られる事はないが、最近のネット社会では、むしろ掘り出し物扱いで珍重されている。新月の顔ではなく新月達の研究の方に着目してほしい。だが、切欠は何であれ、まず目にしてもらう、知ってもらう機会が必要だ。
国内だけでなく世界的にも名が知れており、大小様々な支援先を持っているこの研究所ですら世知辛い話が出ているのだから、その他研究分野はどれほど苦境に立たされているか。
――ともあれ。
研究成果であれば現状においても新月から頭一つ二つ抜き出た実績を持っている柊宵宮も同様に取材が来てもいいのではと、新人達は思う。
癪ではあるが、宵宮も自分達の仲間だ。仲間が褒められ、注目されると嬉しい。……上手くすれば、その注目のおこぼれを自分達も授かれるかもしれない。現状では外部にまともに発表できるものはないが、たとえば外部に何かしら顔が売れるだけでも先々の為になる。
宵宮だって、千両博士の鞄持ち――あるいは、引きずられっぱなしだったが手綱取りで随行して周囲の博士や関係者に顔を売っていたはずだ。
研究内容だって悪くはないし、ビジュアル面で言っても――まあ……うーん。神経質そうな感じはいかにも癖の強い研究者らしさもあるし、新月のように陽の方向ではないが、悪くはない、かもしれない。ともかく、背は高い。
「……話は来ているが、受ける必要がない。千両博士が捕まらんから、俺から千両博士の話を聞きだしたい連中ばかりだ。忌々しい。横着をせず千両博士宛に取材依頼を出せというのに。そうでなければ『好きな食べ物は?』みたいなふざけた取材だ」
何であれ、受ければいいのに。
柊宵宮はこういうところが子どもだった。
その種の取材が本当に多くてうんざりしているのかもしれないが。
「だいたい、『監視付き』というのが気に食わん」
「監視?」
ちらと透が宵宮を見る。
「専門的な内容について、外部の人間に正しく伝わるよう要所要所で仲介をする。という話だが、つまるところ、俺が研究所にとって都合の悪い話をしないよう、都度話の腰を折る為にいる」
あー……
四人が納得した。
宵宮は、研究室の後輩となったこの四人に対してのみ傲慢で不遜な態度と口ぶりをするわけではない。万人に対してである。他の研究室の研究員や、博士に対してもこの調子だ。流石に年長者に対しては礼節をわきまえた態度を取るが、それでも我の気にくわない事となると、辛辣に返すし、礼節そっちのけの苛烈な口調になる。
そして、外部の人間にも。
素晴らしき平等主義である。それゆえハラスメント委員会の呼び出し常連なのだ。
……この研究所において千両研究室は常に注目を浴びており、柊宵宮に対する取材等々は実は多い。だが、それら事情により、宵宮そのものが一般人の目に触れる機会は少ない。
取材者間でも手酷い目に遭って痛感している者もいれば、噂が独り歩きして怯える者もいる。それでも取材依頼自体は多いのだ。人となりを知らない新人取材者もいれば、怖いもの見たさで、あるいはそれを重々承知で。
結局、宵宮自身が乗り気でないのと、研究所が爆弾めいた人物に接触させたくないから、宵宮は発表内容の割にメディア露出は少ない。
研究者がメディアに露出する事はそもそも多くないのだが、テレビだなんだに出ずっぱりの千両玲斎の愛弟子と考えれば極端に少ない。
一度会えば、今後は発表論文だけで十分と答える人が多すぎるせいもある。それだけ宵宮は強烈なのだ。
「もったいない話だねえ」
朱夕がたらったたらたらキーボードを叩きながら笑っている。しかし、行き詰った望月が手を止めて口を挟んだ。
「新月お兄ちゃんみたいに『イケメン研究者』なんて呼ばれて調子に乗っている宵宮さんなんて見たくないから、いいと思うけど」
「だな!この上に柊が調子に乗るとか、最悪だもんな!」
茜が艶やかな唇を薄く開いて白い歯を見せて笑っている。望月の言いたかったこととは、少しずれているような気もする。望月はそこを訂正しようとしたようだが、黙った。言おうとした事を飲み込んで、代わりの言葉を口にする。
「宵宮さんは、真面目に研究さえしていればいいんです。ファンレターなんて貰っても、困るでしょう?」
「なんだそれは。夜羽音の奴、そんなものが来ているのか?」
「今は知りませんけど、学生の時はずっとそんな感じでした。私、新月お兄ちゃんあてのラブレターを預かって帰った事もあるんですよ」
ぷくっと望月が頬を膨らませている。
望月は望月なりに妹の苦労があるらしい。
「……ずいぶん古風な話だな。今時?」
「むしろ今だからこそ、目立った事をして印象付けようとする子がいるんです。もちろん、目立ちたくてそんな事をしているだけだから、メールとかSNSではきっともっと告白されていたと思います」
新月は猫かぶりで人あたりがいいから、昔からモテにモテただろうことは想像に難くない。
それで結局長続きしないのは、たった一人の身内である望月に対して過保護すぎて恋人が二の次になってしまうせいなのだろう。
「宵宮さんは、是非とも今のままでいてください。そのためなら、こんな気の狂いそうな地味な作業を何日やってもかまいません」
「……変わるつもりは毛頭ないが、望月、貴様、今何と言った」
看過できない言葉があった。地味なのはわかっているが、いちいち口に出されると、癇に障る。
「数値の変わり方に変な癖がついているように思いますが、これ、サンプル正しいですか?」
「おい望月、貴様地味だと――ん?なに?」
望月がモニターを軽く回してディスプレイをなぞる。宵宮の席からでは細かい数値が読み取れるわけもないが、望月が指摘してくるのだから、そこは正しい指摘であると宵宮は信頼を置いている。
「おい、待て!皆、作業を止めろ!精査する!」
柊宵宮は優秀な研究者で、結果もこの年齢にしては多く出している。
しかして、すべてにおいて順風満帆なわけではない。日々は望月が言うような気が狂いそうな地味な作業に加え、ほんの些細な事で数時間、あるいは数日が無に帰すような出来事の繰り返しで積み上げられてきたものばかりだ。
残念ながらというか、当然ながらというか。これからも、積み上がったかと思えば崩れながら、わずかずつ積み続けていくしかない。
※ 毎週【火曜日】【金曜日】に一話ずつ更新中。
各話独立、続き物ではないので登場人物さえ覚えれば、多少読み飛ばしても大丈夫!
感想・評価・ブックマーク、あとなんかもう色々、お待ちしています!




