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それなら南棟三階どんつきの部屋  作者: 神空うたう


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24/31

24話 眠れる王子様



 同じ研究室の仲間、とはいっても、学生のように何から何まで一緒という事はない。

 研究所全体で立ち上がる大規模研究もあるし、同期配属とはいえそれぞれ専攻が分かれているので、研修や共同研究でバラバラと研究室を出たり入ったりとなる。

 たとえば今日は透は北棟で大谷部と一緒に何かしらの運動実験のサンプルとして参加している。茜は外部との共同研究に頭数としてだけではあるが参加。朱夕は有給を取って早めのバカンス。


 つまり、宵宮と望月の二人だけという事になる。


 宵宮が研究所の会議で不在の時は新人四人という穏やか極まりない時もあるし、宵宮と茜だけが居残ってアンタッチャブルな時もある。それを思えば、本日は程よい緊張感を保ちつつ、整然とした一日だった。

 望月としては、静かすぎてやや怖い。普段は恥ずかしいからやめてほしいと思う、兄の新月が登場するのを少し期待していた。……多分、実際来たら、すぐさま隣の研究室に戻ってほしいと望月は願うだろうが。


  ※   ※


 今日はどうせ一人になる事だしと、弁当の日として、研究所のオープンテラスで食べて来た。

 ……あれからもう一度宵宮に弁当について聞いてみたのだが『俺は一度きりと言ったはずだが?』と言われて睨まれたので、それ以降誘う事はしていない。



 戻ってみると、宵宮はもう先に食事を終えていたらしく、すでに戻っていた。いつものように研究室の隅にある、大きくて豪奢な革張りの長椅子に身を横たえている。

 今日はうるさい人間がいないため、仮眠を取っているようだった。そばにスマホが置いてあるため、アラームをかけているのだろう。ただ、宵宮はアラームが鳴る前に目を開けるので、仮眠でアラームが鳴ったのを、今までに見た事はない。


「……寝てると、流石に怒ってない、な」


 そこまで器用な事は宵宮にはできない。

 しかし、宵宮といえば眉間に皺を寄せて、への字口。怒っているか苛立っているか不機嫌か。たまに見せる笑顔も、怒りが極まってのものだ。

 普段の昼休憩時間も、長椅子に横になって目を閉じているが、望月達のお喋りが煩わしいのか、眉間に皺を寄せていた。

 なので、こうして穏やかに寝ている様というのは、かなり貴重だった。


「宵宮さん、こんな感じなんだ……?」


 望月の兄の新月や、研究室で共に過ごす透は、顔の感じは甘やかな好青年顔。対して宵宮は、こうして見れば、面長でシャープなラインは涼やかでクールに見えた。……朱夕は、『戦隊ものの悪役幹部顔』と評していた。言わんとするところはわかる。悪人顔なのは否定できない。でも、戦隊ものの悪役幹部も、結構格好いい俳優が演じているので、宵宮も悪い顔ではない。

 ……兄と系統は違うが、望月は格好いいと思っている。

 むしろ、『格好いい』『素敵』『ときめく』と人々から言われる新月の顔は、望月からしてみれば『格好いいとはいえ見慣れた顔』なので、宵宮の感じは、新鮮だった。

 それに宵宮は――


「ん?あれ!?」


 ばっと望月が顔を背けた。



 まずいものを見てしまった。ハゲている。



 いや、禿は悪い事ではない。こればかりは遺伝とか色々な要素があるし、新人四人を一人で見なければならない宵宮の苦労を思えば――何故一人で見なければならないかは宵宮が招いた事とはいえ、ともかくあれこれ言えた立場ではない。でもショックだった。

 ……いや、待って。と、望月は恐る恐る視線を戻す。


 違う、禿ではない。

 そこだけ白髪だから、禿げて見えただけだ。なあんだとほっとする。

 いや別に、禿げていても宵宮の能力の何が劣ってくるというわけでもない。禿よりも、人格の方がよほど問題だ。……などと望月は色々と言い訳をする。

 だとしてもそんなにごっそり白髪というのも心配になる。

 宵宮は確か立花と同い年だと聞いている。立花の年齢がわからないが、大谷部よりは下だというからざっくり年齢は類推できるが――若白髪にしては、あまりにあまりな気がする。それに、そういう生え方になるだろうか。根元がびっしり白髪なんて。


「……?」


 じっくりと観察をする。

 白髪でもない。染めた髪に対して自毛の色が違い過ぎるから、そう見えたようだ。

 それならやはり白髪が生えているという事になりそうだが、それもまた年齢的にすべて白髪はおかしい気がする。千両博士ですら、白髪の割合の方が多いが、黒髪も交じっているのだ。


「……え?金髪?」


 かなり色の薄い金髪だ。


 ……染めているなら逆になるのでは?プリン頭というぐらいだし。

 なら、宵宮は地毛が金髪という事になる。宵宮は背が高いので、つむじはもちろん、生え際も遠い。立っているとまず見えない。椅子に座っている時やこうして長椅子に寝転んでいれば目にする機会はあったかもしれないが、起きている宵宮相手にそばに近寄って観察は――まあ無理だろう。する意味もない。

 でもこうして生え際をじっくり見れば、色を染め変えたわけではないのはわかった。わざわざ黒に髪を染めている。



「……日頃の恨みを晴らそうというつもりか、望月」



「えっ!?」


 どうやら至近距離に迫る人の気配で宵宮が目を覚ましてしまったらしい。


「今しも首でも絞めそうな顔をしていた」

「そ、それはないです!」

「何ならあるんだ。……どれほど憎くても、ここではするな。千両研究室で警察沙汰を起こさせるわけにはいかん」


 独特な感性だ。

 首を絞めて殺される可能性を感じているなら、態度を改めるべきでは?


「……なんだ望月」

「宵宮さんって、カラーコンタクトだったんですね」


 髪の色に気づいてから、こうして注意深く見れば、すぐにわかる事だった。


 研究室に配属になってもう数か月も経つが不機嫌な宵宮の顔をじっくり見たいとも思えない。距離が遠ければ、瞳の仔細を確認できない。至近距離で注視したい相手ではないから、髪と同じく瞳の件にも気づけなかった。


「……それがなんだ」

「いえ」


 望月の兄の新月は『眼鏡の方が理知的に見える。イメージ戦略だ』などと言っているが、目にコンタクトという異物を入れるのが怖いだけだ。そのためコンタクトレンズを選択肢に入れず、眼鏡をかけている。

 宵宮の視力はよくわからないが、だとして眼鏡やただのコンタクトではなく、カラーコンタクトを使うのは、ただの洒落っ気とも思えない。


「宵宮さん、実は……王子様みたいな感じなんですか?」

「髪と目の色が多少違うだけで王子様や映画俳優になれるのなら、希少性も何もあったものではないな」

「それは『希少性』でしょうか?」


 宵宮が、寝ころんだままの体勢から身を起こし、長椅子にかけ直す。


「研究者は、良くも悪くも真面目で地味な者が多い。ただでさえ俺は目立つのに、さらに悪目立ちをしたくない」

「そのような事を気にされるとは、思っていませんでした」


 見栄えで判断するなど馬鹿馬鹿しいと、怒鳴り返してきそうなのに。


「煩わしいからだ。……王子様のどうのと言い出す奴の相手をする暇はない」

「よ、宵宮さんを王子様だとは思っていません!ただ、要素なら王子様だなって。背が高いし、髪が金髪で、瞳は――青……?だし」


 瞳に関してはカラーコンタクトの色の影響があるのではっきり判別しづらいが、多分そうだろう。


「……要素」


 瞳だけではなく髪の事まで言われた事に、宵宮は顔を顰め、髪をなかば掻き上げるように手をやった。顔を顰めてさえいなければ、絵にはなりそうだ。いや、その不機嫌で気位の高そうな感じはある意味で、絵にもなる。



「もし宵宮さんが王子様だとしても、『ざまあ』される方の王子様だと思うので」



 第一話のオープニング前に婚約者に婚約破棄を告げる、流行り――どころかもう定番化された感のある、あの種の王子様。

 最近はもはやテンプレなので、一話の内にざまあは消化されて過去の男にされてしまう。まあ、宵宮なら素直にざまあされるとも思えないが。


「……意味は分からんが、貴様から貶められているというのは感じ取れた」

「貶めてはいませんよ」

「その『ザマア』が『様を見晒せ』という意味であるなら、どう考えてもいい意味ではないだろうが」


「……流行りものはわからないと思ったのに、そっちから辿り着いてしまいましたか……」


「望月。お前は大人しい顔をしているが、黒鉄や三暁洞と上手くやっていけるだけの女なんだな……いや、夜羽音の妹というだけで、十分その素養はあったのか」

「私も貶められたのなら、もうおあいこでいいのではないでしょうか」

「何がおあいこだ」


 はっ、と鼻で笑いながらスマホを確認している。アラームを止めたようだ。


「だから、英語がお上手なんですか?」

「英語?読み書きから何から、あの年寄りに習った。だから面白がってあんな事になっているんだろうが」

「ああ……」


 千両博士ならばニュアンス含めて相互訳出来るだろう。


「何も知らん相手に、よくもまあ……」


 ただ、同じ悪ふざけでも、隠語を挨拶だと教える方向の悪ふざけではなくてよかった。千両博士はお茶目ではあるが、品がないわけではない。


「だったら、やはりあれは宵宮さんの努力の結果なんですね。いえ、別に英語が母国語でも、宵宮さんが努力していないわけではありませんけど」

「……何がどうでもかまわんだろう」


「はい、確かに。でも、私は、あの時の宵宮さんを、素敵だと思ったので」


 まっすぐ見つめてくる望月に、宵宮は疑問を抱く。



 あの時、とは?



「……?どの時だ。俺風情では、いついかなる時でも、素敵はともかく、尊敬をもって接する相手にはなり得ないというわけか?」

「意地悪を言ったり怒ったりしている時は、どう考えても尊敬はできません」

「――なるほど。それはそうだな。そんなところまで肯定し始めたら、それはもはや狂信だ」


 どけ、邪魔だと宵宮は望月を手で追い払って長椅子から立ち上がる。思ったより深く寝入ってしまったようだ。そのつもりは無かった。

 そのせいか、望月との会話に、精彩を欠く気がする。……望月との会話に精彩など必要はない。どちらかといえば、会話に隙を見せてしまった、が正しいか。


 それとも――向こうが見せた隙を見逃した?


「――望月」

「はい」

「もうすぐ昼の休憩が終わる。今日は幸い騒がしい奴らがいない。自分の作業を進められる、貴重な時間を無駄にはするな」


 思ったより深い眠りから覚醒してしまえば、何の事はない。まず自分達がかからねばならない事はそこである。

 そこしかないはずだと、宵宮は自分に言い聞かせた。




※ 毎週【火曜日】【金曜日】に一話ずつ更新中。

  各話独立、続き物ではないので登場人物さえ覚えれば、多少読み飛ばしても大丈夫!


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