23話 柊宵宮のひとり舞台
「え。なんで何もしてねえのに、祝い金が出んの?」
「……何故俺が何もできていないか、世話になっている貴様が言う事ではないし、これは祝い金ではない!」
宵宮の論文の掲載が決定したので、その分の費用が研究所から出るだけだ。
千両研究室の場合は、掲載の決定メールをスーパーでハイパーな千両博士の秘書兼事務の立花に転送すれば、あとはほぼ自動で進めてくれる。なんと、決定メール受領から半日待たずして、費用諸々の承認が研究所から出る。予備申請をしているので、あとは掲載決定を待つだけの保留案件となっていた。宵宮の場合がまさにそれである。万一掲載に至らなかった場合は、めそめそと保留案件を取り下げなければならない。悲しい。
費用を若干上回る分については奨励金である。今後もこの調子で。というのと合わせて、次回研究で緊急の不足金が出る場合は当座をこれで乗り切れというものだ。普段浮世離れした感じの研究者だが、お金関係になると途端に目の色を変えてくる。催促が煩わしいので、研究所もさっさと後顧の憂いを断つべく、掲載費用諸々で黙らせる。
一応この研究所は、奇人変人博士達が、どうにか研究成果を上げたし、もう後は自由に研究させてくれ!という感じで設立されたので、資金はそれなりに潤沢なのである。そうでなければ変わり者のお守りなどやっていられない。
「まだ人がいた時に出せた論文が、今通っただけだ。もう一年近く、ろくなものを出せる状態にない。定期的に結果を出していかなければならない中、一年後二年後の弾が無いのは非常につらい。お前達に関して、もう少し手がかからなくなってきたら、時間のかかる論文と並行して、手早く成果の出せる研究発表で茶を濁さねば……」
お茶を濁すなどと言うが、研究発表だって、片手間でできるものではない。そのあたりをまるで何でもない事のように言えてしまうのが宵宮なのだが、新人達はそのすごさをよくわかっていない。茜あたりは『そんなにチャチャっとできるものなのか』と舐めてかかって、この間泣きながら発表資料を作っていた。研究所内の発表会で痛い目を見ておいてよかったと思う。
「柊副室長の論文、綺麗だからわたし好きだなー」
「三暁洞ごときに色々言われたくはないが、中身について論じろ」
俺はデザイナーでも作家でもないと宵宮が顔を顰めている。
「中身についてアレコレ言った方が絶対怒るじゃん、柊副室長は」
「綺麗って?」
透がひょこりと顔を覗かせる。今回掲載が決定した論文が表示されているが、当然のことながら英語でつらつら書かれている。うわっという顔をした。
「副室長の論文はさ、もう文体から何から『柊副室長ー!』って感じで」
「……僕にはよくわからない。読みづらいなあとは思う」
「論文にこんな皮肉をきかせる必要なんて、一切ないのにねえ。この喧嘩売ってる感じ、ゾクゾクしちゃうね!」
「内容、内容について話せ」
ぶちぶち言っているところに、宵宮のスマホが鳴る。いつもはこの着信音で顔を顰めているが、今日はやや晴れやかな顔だ。
「――はい、柊です。……ええ、そうです。お耳に入りましたか?……いえ、連絡しようと思いましたが、時差を考えて――」
喋りながら、大回りしてベランダの方に出ていく。
「嬉しそうだね、ぎーやん」
宵宮がいなくなったとたん、これである。そのうちぼろを出して、朱夕は舌を抜かれてしまうかもしれない。
ここからではベランダの宵宮ははっきり見えないが、千両博士に誇らしげに報告しているようだ。悪態ばかりついているが、あの宵宮がそれでもこの千両研究室に居座り続けているのだから他の博士ではなく千両博士の元で成果を上げ、ああやって褒められたいのだろう。
それを望月のように『可愛いところがあるのね』となるか、茜のように『きっしょく悪ぃな!?』となるかは、まあ、個人の感覚によるという事で。
※ ※
「ねえ、三暁洞さん、この論文ってつまり、どういう事?」
「えっとね――本人に聞いたら?ちゃんと聞いたら、意外と丁寧に教えてくれるよ?」
「三暁洞さんだからだよ……ああいう聞き方はできないよ……」
「別に、フツーに聞いたって、教えてくれるって。読めないところは読み飛ばしていいよ。本旨とは関係ない皮肉とかだから」
「専門用語だったらどうするのさ……」
「そんなの、出てくる回数で予想しなよ。まあ、余裕があればとおるんも一回全部読んでみなよ。面白いよ?論文もだけど、面白さでいえば海外での研究発表とか、最高なんだけどね!?」
「……ゆんゆんも、宵宮さんの研究発表、見た事あるの?」
「うん。向こうにいた時、聞きに行った事がある」
朱夕はいわゆる帰国子女である。天才少女と評する方が、わかりやすいか。
「その時は、千両博士とか、他の博士の講演目当てだったんだけど。日本からわざわざ来るからって。他の人のはあんま憶えてないけど、ぎーやんのは内容もだけど、発表の仕方がパンチ効いてたからねえ」
「パンチって?なにやらかしたんだよ、柊は」
小さくて可愛いなどと言われがちな博士連中と違い、宵宮は見た目だけなら海外でも引けを取らない。そのうえで――
「なんて言うかなあ……推理を披露する探偵っていうか、今風なシェイクスピアっていうか……今喋ってるあの感じをそのまま英語でやってた。……もうちょい貴族めいてるかも。まあ、英語に慣れてないとどこか堅苦しくなるものだし、新作ガジェットのお披露目じゃないんだから、ああいう場ではその方がいいとは思うけど」
「あれを英語でか……どうやって訳すか難しい感じだな」
「なんていうか、絶妙。それを自信満々で喋るからさあ、発表時間中、お芝居見てるみたいだった」
皮肉たっぷりに時代がかった喋り方をする異国人。まあ、目は引くだろう。
「笑っちゃうんじゃなくて、聞いちゃう感じ。その後の質疑応答もそれで最後までやりきってたからねえ」
「そ、そこまでやりきるんだし、私は格好いいと思う」
「そうかあ?」
茜は賛同しかねるようだ。
「まあねえ。千両博士の前座的な順番ではあったけど、その時が初めてでもないみたいで、結構楽しみに聞きに来てる教授とかいるみたいだったな。そこそこファンいると思うよ?」
「なんだよ、研究発表のファンって」
「だって面白いもん」
研究発表に面白さは必要だろうか。もちろん内容がしっかりしているからこその面白要素とは思うが。
「そういうのなら、僕も見てみたいなあ」
「アタシはパス」
「パスも何も、研究を続けていたら、そういう機会もあると思うけど……博士のお手伝いとか、宵宮さんのお手伝いとか。……自分で発表だって」
「続けていたら、なあ」
茜は研究は面白がっているが、将来的に研究職で続けていくかと言われると困る。親もそこまで期待はしていないだろう。『遊びまわっているよりは』と、ここに預けられている感が強い。いくら親が研究所のスポンサー関連でも、それだけで研究所にいられるわけでもなければ、喧嘩しながらも宵宮の元で数か月過ごせるものでもないのだが、そこまでの執着はないらしい。
「夜羽音は?夜羽音は夜羽音のアニキみたいな研究者になりたいのか?」
「え?」
「じゃあ、千両博士?」
急に言われたせいなのか、望月はずいぶんとまどっている。
「えっと……ま、まあ遠からず……?」
「すげえな。千両博士かー」
「やる気だねー、もっちーは!」
「べ、別に千両博士が目標ってわけじゃないの!尊敬はしてるけど!」
「まあ、そうだね。安易に言わない方がいいと思うよ?」
宵宮の論文を少しずつ読み解きながら、透がちらりとベランダの方を見る。もしそれが宵宮の耳に入れば『何だと?貴様ごときが?』などと言い『ならばそれを口にするにふさわしい研究者に育ってもらわんとなあ!?』と、ろくでもない目に遭いそうだ。
かといって言わないなら言わないで『千両研究室にいながら千両博士の名をあげんとはどういう了見だ?』と、これはこれで詰められそうだ。
「面倒な人だよねえ……」
四人は、ベランダを見た。
電話の内容は聞こえない。代わりに、もしかしたらそっくりさんかもしれないと思うほどの表情の宵宮を、掃除が不十分で薄曇る窓ガラスの向こうに見る事ができた。
※ 毎週【火曜日】【金曜日】に一話ずつ更新中。
各話独立、続き物ではないので登場人物さえ覚えれば、多少読み飛ばしても大丈夫!
感想・評価・ブックマーク、あとなんかもう色々、お待ちしています!




