22話 大切に扱われる新入りさん
研究室に新たな機材が設置された。たいていは他部署からのおさがりとなるのだが、製造メーカーが倒産し保守点検が難しくなった事も相まって、分析器の購入となったらしい。
「望月が分解不可な場所に資材を落とした時は、これからの季節に向けて、てるてる坊主代わりに奴をそこのベランダに吊り下げてやろうかとも思ったが……おかげで前から狙っていた機種を手にする事ができた」
「ははは……そんなに言ってもらえるなんて、嬉しいですねえ」
設置に来たメーカーの担当者は聞き流してくれたが、満足気な宵宮の言葉にとても不穏なものが混ざっていた気もする。
ここしばらく、分析が必要となるたびによその研究室に使わせてもらえるか聞いて回らなければならないのも手間だったが、それより宵宮の苛立ちが恐ろしく、望月は生きた心地がしなかった。
「いいか望月、これを購入したからには、研究所は、お前が定年を迎えるまではこの機材を使い倒させるつもりでいる。お前はこれと添い遂げる覚悟をしておけ。妹のように、弟のように、あるいは子とも思って大切にしろ」
カタログを色々見比べたうえで『やはりここだな』と決めただけあり、ずいぶんな可愛がりようである。望月は何も言わない。旧機材を壊した望月に、発言権はあまりない。
「しばらくは保守点検にこまめに通わせていただくので……よろしくお願いします」
メーカーの担当者は、にこやかに帰っていった。
それと入れ替わりに他の研究室から人がやってきた。新しい機材が入った研究室は、こんな感じになるらしい。どこのメーカーだ、いくらだったのか。静音具合は、分析速度は。わいわいと楽しそうだ。
※ ※
「いいか。これはお前達の『後輩』だ。研究室の空気に馴染むまでは、優しく扱ってやれ」
おそらくは、研究室の温度や湿度に機材を調整させていく事を言っているのだろう。設置してからやたらこまめにメーカーの担当者が来るのは、実環境を見て、そこの調整をしているらしい。
宵宮らしからぬ発言だが、研究所にはその種のオカルトや伝承がある。
二階のとある研究室は、『剥がすと呪われる――測定結果が何故かズレる』として、お札ではなくアイスのオマケシールが半分剥がれかかったままくっつけられた測定器がある。
ある研究室では、あの試料を作成する時は、南側の窓をあけなくてはならない。理由はわからない。とか。
また別の研究室では、どの機材にも使いようがないサイズのドライバーがあるのだが、それは決して処分せず、歴代の主任研究員が引き継いでいかねばならない。などといった訳のわからない約束事がある。
それに比べれば、理由が察せられる宵宮の言はまだわかる。研究所の備品を大切に扱う事自体は、とてもいい事だ。
……いや、設置したばかりの今ならわかるが、人が入れ替わるうちに、これもまた訳のわからぬ逸話として変質してしまうのだろうか。
「……僕達の時より大切に扱われている気がするんだけど」
研究室で一番雑に扱われがちな透が、『可愛い後輩』を見ている。ただいま、ロールの研究に必要なものを分析中である。何と朝一番に分析を始めれば、失敗しても午前中の内に再挑戦して結果が出るのである。ちなみに、二回目でも失敗していたらもう知らない。どうせ一度や二度の分析で終わるものでもないので、透も気長にやっている。
「貴様らはたいした事が無くても文句を言うが、コイツは何かあってもセンサーにかからなければエラーランプを灯す事もできんのだぞ。なあ、望月」
「……しつこいです。反省してます」
※ ※
今日もメーカーの担当者が来ている。主に使用している透から使用感を聞きつつ、設置していた何かの測定器と、分析器の内部データを照らし合わせながらさらに微調整を重ねている。
望月は、宵宮の代わりに説明などを聞いていた。話も終わりかけたところで、点検の確認サインを入れに、宵宮が合流する。
「望月、わかったか?上手くやっていけそうか?何かあればお前が対処するんだぞ」
「私達では、メーカーさんにお電話をかけるぐらいしかできませんよ」
「ははは……そうですね。ぜひ我々にお任せください」
昔のテレビのように、叩いて直る代物ではない。そんな事をしたら壊れるし、今度こそベランダに吊るされる。
しかし、新しく導入したばかりでやたら気にかけている割に、宵宮はまだこの分析器を使っていない気がする。
「宵宮さんは?使わないんですか?」
「研究内容的に、今これが必要なのは、南天か、黒鉄だ。俺は元々使う事がない。……あの年寄りがおかしなひらめきをしない限りは」
千両博士の事だ。
「無茶を言ってきても、かかる時間は八割に短縮できるし、測定記録を手書きしなくても見返せるのは実にいい。年を経るごとに型落ちし、その能力に不満を感じる日も出てくるだろうが、それもまた、進歩の証だ。前の機材はやたら時間がかかるしモニタ表示しかできないしと不便だったが、二階から譲り受ける時は研究室間で奪い合いになる程だったそうだからな」
「へえー」
「そして望月がとどめを刺したわけだが」
「……そんなに言われたら、反省する気が起きなくなります」
「仲がよろしいんですね」
メーカーの担当者が、点検書類の控えを宵宮に渡しながら答える。
どうしたらそう見える。と言いたげな顔を宵宮がしている。
「いや、その……覚えてらっしゃらないでしょうが、私、以前は別のメーカーに勤務していまして。その時は営業で、こちらでお世話になっている――あちらの消耗品を納入していたのですが」
今ちょうど、朱夕が黙々と切り分けている。
「その頃、発注数を増やしてもらえないかお伺いに来た時に……ここはその……とても……なんといいますか、緊張感に満ち溢れていて……」
言葉を濁しているが、顔が引きつっている。どの時期かはわからないが、千両研究室の研究員は長く定着していない時期が続いていたらしいので、その数年のどこかなのだろう。
せめて外部の訪問者のいる時ぐらい、問題ない振りをすればいいのに、それができなかったようだ。恥をばらまいている。
「まあ、お忙しい時期だったんでしょうね!きっと!……いつもお忙しかったのだと……」
「あの頃よりは、余裕ができているな。何であれ、手と目が増えるのは良い事だ」
おそらくメーカーの担当者が言いたかったのはそんな事ではない。しかし、同じ空間に存在するものを屠ってまわりそうだった宵宮が、会話が成立する程度落ち着いていることに安堵しているようだ。発注数を増やしてもらうどころの話ではなかったのだろう。その結果が転職に関係しているのかはわからないが、細かく調整をしている様子はプロらしい頼りがいがあった。
「皆さんが仲がよろしいのは、いい事だと思います。それでは、購入からの調整点検期間は終わりましたので、以後は定期点検でお邪魔する事になります。事務担当の方から予定は出ると思いますので」
穏やかに礼をして、メーカーの担当者は帰っていった。
※ ※
「どうせなら、もっとちゃんと仲がいいところを見てほしかったです」
「あれで仲がいいと思われているならそれでいいだろう。無理をしても仕方ない。おい南天。点検が終わったぞ。分析をかけるなら、さっさとしろ」
「今日は黒鉄さんが使うってー」
遠くから声が聞こえるのと同じタイミングで黒鉄が分析にかける試料を準備してやってきた。
機材に慎重にセットしたあと、動作ボタンを押す前に、さっさっさとカバーを撫でている。
「……茜さん、何をしているの?」
思わず望月が声をかける。
「ボタンを押す前に頑張れよ、っておでこを撫でてやると、コイツはいい仕事をするんだ」
「……大事に使えとは言ったが、そこまでは言っとらん。だいたい『おでこ』とはなんだ。この機材のどこにその要素が」
「ほら、こう、こう、こうで。これが目で。だから当然おでこがここ。……な?」
な?ではない。しかし。
「なるほど。一理ある」
そんなところにあったのか。理。
余裕は出てきているのかもしれない。
あまり緩み過ぎると宵宮らしくなくなりそうだが。心配だ。
そう望月が危惧していたが、間もなくして千両博士から『新しい機材が入ったのなら、せっかくじゃし、分析にかけて系統別に分けておいてくれ。モノは別便で送る』というメールが入り宵宮を戦々恐々とさせた。しかし待てど暮らせど荷物が来ない。どうやらどこかの税関で引っかかって、没収されたとかどうとか。没収されたからといって、なにもそれが犯罪などに関係するというわけではない。どうして?と思うような、国ごとの決まりが色々ある。
だとしても『何を寄越す気だったんだ……』と、宵宮は久々に苦々しい顔になった。宵宮らしい表情は、望月をほっとさせた。
※ 毎週【火曜日】【金曜日】に一話ずつ更新中。
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