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それなら南棟三階どんつきの部屋  作者: 神空うたう


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19/31

19話 偶然が交差して



 研究所員は生活圏が同じなのだから、休みの日でも顔を合わせる事がある。


 見かけても軽い会釈ですませる事が普通だ。

 なお、宵宮の場合は見かけても存在しなかった事にする。声をかけられても無視をする。……まあ、宵宮相手に向こうから声をかけてくる事はない。向こうの方こそ、貴重な休みに存在を認知したくないだろう。通常ならば。



「宵宮さん!?やっぱり宵宮さんでしたね。背が高いから、すぐわかりましたよ!」


 宵宮はため息をついた。

 本屋にまっすぐ向かうのではなく、大通り横の広場で売れない芸人たちのスタンダップコメディを冷やかしている方が正しい選択だったとは思わなかった。


 宵宮からしてみれば、望月は、『量産型』とも言える、示し合わせているのか、学生でもないのに制服なのかと思うような、その年頃の女性特有の服装の印象があった。見間違いにしてしまいたかったが、向こうに見つかったうえに、声までかけられては逃げようがなかった。


「……望月か」


 はいそうです!という返事代わりに跳ねた前髪がぴこぴこ動いている気がする。錯覚か確認する前に、望月本人がはいそうですと笑顔で答えたので、その錯覚についての確認はもう無しにした。


「元気だな」


 そう言いながら、周囲を警戒する。流石の新月も休みの日、つきっきりで妹の望月を監視はしていないらしい。


「新月お兄ちゃんですか?」

「いや、いない方がいい」

「そうですね」


 ……兄妹仲は異常なほどいいようだが、それはそれとしてなかなかなドライさを垣間見せる。兄弟姉妹がいない宵宮には、その感覚がよくわからない。ただ、新月がいないに越した事がないというのはまったく同感である。穏やかな休日を過ごしたい。



「……では。月曜日に」

「えっ!せっかく会えたのに?」


 会えたからなんだというのか。むしろ会いたくないものだと思うが。

 研究は心躍るが、程よい距離感も必要だ。でないと病む。休みの日は心身のリフレッシュに傾けたい。さらに言えば、人間関係の事など、一切頭の中から消し去りたい。

 研究業務中であればまだわかるが、望月がここまで懐く意味が、宵宮には計りかねた。


「腹でも減っているのか」

「そういうわけでは。……ああ、宵宮さんが?付き合いますよ?」

「ちがう。まったくそうではない」


 今日は学術誌を買ってさっさと帰るつもりだった。喉が渇くか小腹がすいたとしても、それは途中でテイクアウトでもして、家に帰って一人ですませるつもりだった。


「宵宮さんもお買い物ですか?私もここには文房具を買いに来たんです」


 この本屋は、その一角に文具コーナーを置いている。小さな買い物かごを見ると、文房具というよりも、キラキラしたシールの方が目立った。

 自分の覚書なので理解ができるなら好きにすればいいが、望月が大事にしているメモ帳は、やたらラメの入ったペンで線が引かれ、シールがペタペタ張られている。子どもの落書き帳のようだった。これで理解ができていなければ改まるまで説教をするのだが、一見わかりやすいメモを取っている透よりも、望月の方が把握の速さも理解も高いので、何も言えない。そもそも、メモを取ってくれるだけましだった。朱夕はメモを取る気がない。茜もメモを取らないが、他人のメモをあてにしていて、なおさら始末に負えない。


「宵宮さんは、ペンにこだわりとかありますか?」


 まったくない。

 宵宮は、粗品として増える一方の、業者のメーカー名の入ったペンばかりを使っている。書き味が違うから、その中で好みのペンを使っているので何でもかまわないというわけでもないが、こだわりというと少し違う。

 望月は色々と喋りながら、文具コーナーの奥に向かっていく。

 放置してもいいはずだが、それでは望月が書店員に要注意人物としてマークされるかもしれない。……別にかまうものでもないはずだが、仕方なしに宵宮は望月の後をついていった。


  ※   ※


「宵宮さんはこのメーカーの万年筆を持ってらっしゃいますよね。私も、こういうのを使って似合うようになれたら、格好いいなって思います」


 望月が、万年筆のショーウィンドウの前で、張り切って喋っている。



 万年筆?



 先ほど宵宮自身が思い返していたとおり、日常で使っているのは、粗品のボールペンばかりだ。万年筆なんて――


「宵宮さんのは、メーカーが同じなだけで、これよりずっとお高いものだったとは思いますけど。あの黒の、いかにも『万年筆』って感じの万年筆。格好いいですよね」


「……ああ、あれか」


 海外の学会等で研究発表をする時など、箔をつけるために持っていなさいと千両博士から贈ってもらったものだ。

 どれだけ壇上で得意顔で発表しても、いざという時出てくるのが粗品ペンでは舐められる――粗品ペンに罪はないが、敵地?では、『かましてやるのも大事』だと。

 そういえば研究室に籠って長くなる。流石に捨ててはいないが、どこにしまっただろうか。


 ただ、望月にその種の万年筆は似合いそうもない。『かます』にしたって重々しすぎる。


「望月なら、こういうのがいいんじゃないのか?」


 少し横の棚の、明るめな色合いの万年筆風のペン。軸の色も色々種類があるらしい。


「あ!やっぱりそう思いますか?私、このシリーズを使ってるんです」


 若い学生向きなので、まさにその感じだ。メーカーの意図通り。望月は目鼻立ちこそ飛び抜けた美少女でとりわけ目立つが、思考も嗜好も、いたって普通だった。流行りものにいい感じに踊らされているいいお客さん。マーケティング担当が泣いて喜ぶ種類の人間だった。


「何色だと思います?」

「……」


 心底――もう本当に、心底!どうでもいい。


「宵宮さん。何色だと思います!?」


 無言と表情で察してほしかった。気づいていないのか。気づいてこの態度なら、よほど腹が据わっている。ともかく、回答するまで解放されなさそうだ


「……赤?」

「すごい!正解です!でも、正式名称は『ピュアローゼレッド』ですよ?」


 何がどうピュアなのか。

 ただ、それを口にしたが最後、望月の口から聞きたくもない商品解説が流れそうだった。なので、宵宮は『……そうか』とだけ返した。


「おい。もういいか」

「え。まだまだ話したい感じですが」

「無駄話の相手がほしいなら、今ここで黒鉄か三暁洞を呼んでくれ。喜んで交代してやる。車代を出してやってもいい」


 もう限界だった。

 貴重な休日を他人と過ごす感覚が、宵宮にはよくわからない。



「用事があったんですか?」

「用事はないが」

「なら別に――」

「用事はないが、貴様の無駄話にこれ以上付き合うほど、暇でもない」

「……ありもしなくても『用事がある』と言ってもらった方がマシでした」


 望月が唇を尖らせている。

 これが新月であったなら、望月を甘やかしているのだろうか。


「ともかく俺は――」



 と、そこで、宵宮が目を大きく見開いた。

 休日に知り合いを見かけても無視を決め込む宵宮が、初めて自分から、知人に声をかける。



「南天!南天!おい、南天!」


 本屋で会計を終えているのだろう。紙袋を持った透が、ギョッとした顔をした。


「おい南天ふざけるな。なに他人のふりをしようとしている、逃がさんぞ」


 ずかずかと宵宮が歩み寄る。なにせ背が高いだけでなく、足もすこぶる長い。ほんの数歩で透の元に辿り着く。


「いやその……僕、遠慮して声をかけてなかったんですけど。宵宮さんと夜羽音さん、デート中なのでは……?」

「どこからどう判断してその結論を出した?貴様は男女が一組いるという条件が成立しているだけで、客観的事実を一切無視してその結論を出すのか?だから貴様は休日に一人なのではないのか?」



 望月のお守りに辟易していたせいかもしれないが、あまりに辛辣すぎる。



 一人でいたのは、この場の三人、全員ではないのか。ただ、一人でいるという事実に一番ダメージが出るのは、確かに透だった。できれば可愛い彼女と休日を過ごしたい。休日だけでなく毎日だって。


「望月を引き受けろ。あの女は、この休日を持て余しに持て余しているらしい。お前はいつもと同じ調子で、へらへら笑って一分間に三回ほど相槌を打ってやるだけでいい」


 ……宵宮は透をそのように解釈していたようだ。事実ではあるが。いつもそんな感じで、適当に話を聞き流してはいるが。……にしたって、ちょっと酷い。


「おい望月。あとは南天相手に中身のない話を好きなだけしてやれ。俺は本を買って、一人静かに寮で読む!」


 ドンと透の背を押し、それと入れ替わる格好で、宵宮は文具コーナーを抜けていった。


  ※   ※


「……こんにちは。夜羽音さん」


 望月は唇を尖らせたままだった。……先ほどより、尖っている。


「だったら、透君には、宵宮さんの酷いところについての愚痴を聞いてもらいますから、覚悟して」

「えー……?」


 僕だって漫画の新刊、ゆっくり読みたいのになあ。そう思いながらも、わかったよと透は肩を落としながら頷いた。



  


※ 毎週【火曜日】【金曜日】に一話ずつ更新中。

  各話独立、続き物ではないので登場人物さえ覚えれば、多少読み飛ばしても大丈夫!


 感想・評価・ブックマーク、あとなんかもう色々、お待ちしています!


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