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それなら南棟三階どんつきの部屋  作者: 神空うたう


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18/32

18話 ショートカット



 隣の研究室からにぎやかな声が聞こえてくる。いくら防音処置が取られていても、窓なり扉が開いていれば、意味がない。どうやら隣の研究室の責任者である博士と選抜メンバーが、海外での研究発表を終えて帰ってきたようだ。

 すでに研究発表の評価については出ており、評判は上々。残念ながら一般のニュースになるようなものではないが、その分研究者間では注目されている。


  ※   ※


「あーあ!うちもあんなふうに評価受けてえな!博士は自分ばっかじゃねえかよ!」


 今日も昨日も本研究室の責任者である室長、千両博士はテレビに出ていた。茜が腐っている。



「貴様ら風情で博士の研究の力にどうなれるというんだ。自惚れるな」


 そう言われて、茜がむぐっと黙った。

 千両博士については、しばらく前までは『ともかくすごい事をしているおじいさん』程度の認識しかなかった。それも、研究室に入って数か月も経てば流石に変わる。どれほど専門性があり、精緻な作業と飛躍した発想を必要とするか、今は理解できる。


「博士は、何でもかんでもやり過ぎなんだよ。専門は何なんだよ、あの人は。あ、アタシの専門関係の事なら――実験準備とか、該当文献をあたるぐらいなら、どうにか……」

「中身はどうした、中身は。『自分の研究発表で評価を受けてみせる』とは言えんのか」

「中身は博士がやるでいいだろ。――柊でもいいぜ?博士はレベル高すぎるけど、柊のやっている事程度なら、アタシだって!普段だって、アンタの命令聞いてやってんだし」

「……まさかとは思うが、あの程度の作業を、『できている』と、勘違いしてはいまいな?」

「なんだよ」

「貴様、俺の論文を過去分含めて全部読めとは言わんが、直近の発表分ぐらい目を通す事をしたらどうだ?」


 それを読めば、少なくともその思い上がりはあらたまる。宵宮はそう言いたいようだ。


 茜は文句はあるようだが、端末を叩いて確認するぐらいの事はする。成長を見せている。

 そして、さらっと見ただけで全文は読めていないようだが――


「……実験準備と、過去の文献をあたるぐらいなら……」

「中身はどうした、中身は」

「アンタぐらいの年になれば、こういうのだって書けるはず」

「ほう?それはそれは。実に楽しみだ。俺もせいぜい長生きしなくてはな」

「――っ!ムカつく!」


  ※   ※


「仲が良くて何よりだね」


 勝負がついたようなので、朱夕が程よく茶々を入れ、ブレイクさせる。

 茜が不満気に自分の席の椅子に身を投げ出す。きわどい服でそんな格好をするのは、あまりよろしくない。


「……柊だって、海外で研究発表してくりゃいいじゃねえか」

「貴様らに留守を任せられるようになれば、そうする」

「宵宮さんだって、海外発表してますよ?」


 静かに見守っていた望月が口を挟んだ。


「論文の掲載を海外発表とは言わんぞ、望月。それに、今出ているのは以前出したものだ。これからしばらく、俺の掲載は鈍る」


 ここしばらくは、本来協力体制を取るはずの研究員を追い出した事による人手不足と、現在新人四人を育成中。自分の研究を万全の状態で進められるわけがない。宵宮自身で首を絞めている結果なので、泣き言も言えないが。


「でも、新月お兄ちゃん達も出た海外発表は、宵宮さんの名前も載っています」

「え、そうなの?なんで?」

「すげー事だろ、それ!なんだよ柊、横取りされたのか!?」

「……主になって動いたのは隣の研究室だから、隣が代表して海外に出るのは当然だ。俺だけでなく他の研究室の奴も名を連ねている。そういうものだ。……俺の論文に、夜羽音の名前を載せた事だってある」

「へえ。あんなに仲が悪いのに?」

「仲の良し悪しは関係ない。必要かどうかだけだ。夜羽音の手を借りておきながら、謝辞だけですませる訳にはいかない」


 そのあたりは、意地もあるかもしれないが、宵宮もしっかりしているようだ。


「なら、アタシもゆくゆくは柊の論文に……」

「別に今でも共著者で載せてやっていいんだがな」

「え!マジかよ!」

「……ただ、謝辞にすら載るべきではない貢献しかしていない身で、末席とはいえ俺の論文の共著者になるという事の意味を考えて、返事をしろ?身に合わぬ注目を得ても、ろくな事にはならんぞ」


 どういう事か、茜は今一つ理解できていない。名前が載るのは、いい事ではないのだろうか。


「……宵宮さんの論文、国内だけで読まれるものでもないですしね」


 望月の言葉を受けて、茜はもう少し詳しく調べてみる。



「うっそだろ!?柊、すげーバズってる!」



「そのふざけた表現はやめろ」


 ただ、研究者間において宵宮はある種『インフルエンサー』と表現しても間違いではない。


「その数字に、今の黒鉄が耐えられるのであれば、黒鉄茜の名を書き足してやろう」

「いや、ちょっとそれは……」

「意外と謙虚だな?胸を張って『書きやがれ』とでも言い出す日を楽しみにしておこう」


 厭味ったらしい話だ。しかし、この数字を見ると、物怖じしてしまう。


「……俺に黒鉄が求めるほどの知名度がないせいもあるのかもしれないが、本当に謙虚なんだな、黒鉄。本当に意外だ」

「嫌味かよ」

「もっと浅はかだと思っていた」

「罵倒だな!?」


 くそう!と、悔し気に茜が腕を振り回した。


「……とすると、過去の俺が貴様以上に浅はかだったというだけの話だが」

「何がだよ」

「どういう事ですか?宵宮さん」


 茜と望月にたずねられ、宵宮は苦々しい顔でため息をついた。遡って自分の頭を殴りつけてやりたい話ではあるが、このヘマを二人目三人目と増やさないために、知らせておく必要があった。これは、あの年寄りではなく、こちら側が注意しておかねばならない事だと。


「千両博士はな?何事においてもフットワークが軽すぎる」


 確か、今頃は飛行機で海外に向かっているとかどうとか。土産を楽しみにというメールが研究室に入っていた。明日あたりには陽気なおじいさんの旅の写真が、順次送り付けられてくる事だろう。


「千両博士が『儂の名前は好きに使ってよいぞ、たくさんの人に見てもらえる』と軽く言ったのを、当時の俺は言葉どおり真に受けた。そうか、早く有名になれるのかと。俺は安易に共著者に『千両玲斎』の名を書き加えた。その結果、いらぬ注目と糾弾と疑惑と嫉妬を受ける羽目になったんだ……」


 本当にお前が書いたのか。この程度の事に千両博士を巻き込んだのか。千両博士の名を貶めている。そもそもお前は誰だ。――まあ色々。


 流石の宵宮も、しばらく食事が喉を通らなかった。次の論文に、かなり慎重になった。

 研究者の基本を叩き込まず、研究者としてかなり雑でムラのある育てられ方をしたため、宵宮はいらぬ苦労をしてきた。そこについては千両博士よりも、周囲の博士達の方がよく世話を焼いてくれた。千両博士の知り合いなので、誰しも一癖も二癖もあったが、それでも人数がいれば、それぞれの共通解を出す事で『一般的な研究者像』を導き出す事ができた。

 ……それがわかるまで紆余曲折があった事と、宵宮生来の性格も相まって、結局今の柊宵宮ができあがってしまっているのだが。


 その話を聞くともなしに聞いていた様子の朱夕と透が、青い顔で立ち上がった。


「どうしよう……」

「あの!もちろん、論文とかではないんだけど!僕、今度の発表で!い、今からでも消した方がいいのかな!?」


 既に若干手遅れだったようだ。


「どうせ、研究所内での発表だろう?その程度なら好きにしろ。所属を知らせる程度の意味しかない。むしろ、多く手を借りておいて名を出さん方が、問題だ」


 ホッと二人は胸をなでおろしたが、それでも妥当かどうかで頭を悩ませている。



「それよりも……研究所内程度の発表だから今まで何も言わずにおいたが、ろくに顔も見せんあの年寄りの名を並べておいて、どうして俺の名前を出す旨の断りが来ない?」

「だってー。前に『この程度の内容に俺の名前が残るのは屈辱だ』って言ってたからさあ」

「俺が胸を張って送り出せる発表内容を、出してよこせという事だ!書くなというわけではない!むしろ俺があれだけチェックを入れているのに、あれを貴様ら一人でやったつもりで出す面の皮の厚さは何だ!?」


 ばんばんと宵宮が机を叩く。

 そばにいる望月が何も無いのに怯えている。ただの風圧なのだろうが、ぴょこんと跳ねた前髪が、恐怖でぴるぴる震えて見えるせいだろうか。


 関係のない望月に対して、朱夕はまったく臆さない。


「ちゃんと説明してくれないとさあ、そういうの、わかんないんだよねー。ひよっこだから」

「百歩譲って望月、黒鉄、南天がそれを言う事はわかるが、三暁洞、お前に『論文の書き方がわからない』は言わせんぞ?」

「昔の事だからなー。ずいぶん下駄をはかせてもらった結果でもあるし」


 朱夕は天才少女として海外で飛び級に飛び級を重ねたうえで、日本に帰ってきている。年齢は一番下なのだが、新人達の中では頭半分ほど飛び抜けている。その態度は『よくもまあ、いけしゃあしゃあと』といった感じだ。


「それならそれで、一から叩きこんでやる。貴様らもだ」


 とんでもない飛び火である。熱い熱い。


「柊副室長の論文、文章が綺麗だから、そこは習いたいな」

「そんなもの、どうでもいい!」

「いや、見た目の印象は大事だって。あかねっちの発表資料とか、すごかったじゃん」

「お?そうか?だろ?」

「私もお手伝いしました!」


 茜と望月がニコニコしている。


「あの無駄なハートマークは、やはり望月、貴様か!消せと言ったのに、どうしてあれを残した、黒鉄!」

「関係無いところだから、いいじゃないですか!」

「よかったよな!色のセンスもバッチリだったと思うぜ!皆から褒めてもらったもん!」



「内容だ。内容で褒められて来い……!」



 ……やだなあ。僕の発表文書のチェックこれから受けなきゃいけないのに……

 透は泣きたくなってきた。




※ 毎週【火曜日】【金曜日】に一話ずつ更新中。

  各話独立、続き物ではないので登場人物さえ覚えれば、多少読み飛ばしても大丈夫!


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