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それなら南棟三階どんつきの部屋  作者: 神空うたう


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15話 美人兄妹の疑惑



 夜羽音新月が妹の望月を殊更に可愛がっているというのは研究所の人間ならば全員が知るところである。

 研究所の新人の案内が出た時、『夜羽音』という目立つ苗字もあいまって、望月が新月の妹である事は一目瞭然だった。研究所の南棟にいれば、新月が妹の望月の件で宵宮に怒鳴っている声もよく耳にする。……重要研究をしているのだから防音設備も含めて色々しっかりしているはずなのに。


 ただそれらについては、望月が研究所に来て『再確認』されただけだ。


 新月は望月入所前から『目に入れても痛くない、優秀で可愛い我が妹』として事あるごとに熱く語っていた。犬猿の仲である宵宮に対して、隣の研究室まで新月は難癖をつけに出ていく。その『回収』時、見も知らぬ『新月の妹』の話題を出して気を逸らせるのは『夜羽音新月回収係』の間では基本のテクニックだった。

 新月が美青年なので、その妹もそれなりに可愛いとは思われていた。しかし、身内びいきもあり得る。実際たいした事はないのでは?との失礼な声もあった。新月の耳には入らないところで。入ったら大変な事になる。


 そして、新人研究員の一人としてやってきた夜羽音望月は、それら軽んじる声を黙らせるほど抜群の美少女だった。


 可愛いの格好いいのというのは、宵宮にとっては馬鹿らしいの一言に尽きるようだが、昼時のカフェや食堂でも、話題になるほどに。

 それでも、望月は時折『それにしても』と感じていた。

 元々新月は美少年として学校や周囲から何かと目立っていた。学生時代は雑誌モデルめいた事もして、学費や生活の足しにしていたほどだ。望月を守るため自分を盾にしたつもりらしいが、それにしても新月は目立ちたがりだった。結果として『あの新月の妹』として、望月は容姿以外にも注目を浴びていた。

 研究所に入って以降は、新月が宵宮関係で悪目立ちしていて、その妹としてここでも目立つのは仕方ないと望月は諦めている。



「あの子が……」

「ああ、あの夜羽音兄妹の……」



 まただ、と思った。


 入所してからしばらく経つので、流石にもうさほど注目は浴びなくなったが、研究所は人が多い。数か月たっても初めて見かける人が望月も多いので、向こうからしても初めて目にする機会というのはまだ続くのだろう。


  ※   ※


「新月お兄ちゃんのせいで、恥ずかしい思いをするのが、なんか嫌なんです」


 休憩時間ではないが、届いた荷物を試料として整理する単純作業であれば、休憩時間とそう変わりはない。数が数なので、千両研究室総出で作業に当たっている。

 普段であれば『貴様らでやっていろ』と押しつけるだけの宵宮もその作業に加わっているのは、研究成果が停滞しており気分転換をしたいのだろう。



「夜羽音の妹に生まれた以上、諦めろ」

「諦めたくないんですけど」



「兄妹で同じところにいたら、そりゃ話題になるよ。わたしだって、もしお兄ちゃまやお姉ちゃまと同じところにいたら、きっと色々言われると思うもん」


 朱夕の場合は兄姉とかなり年が離れているし、朱夕の進学経路はかなり特殊だ。兄姉とは活躍する方面がかすりもしていない。とはいえ、もし同じであれば、『あの三暁洞の』と、余計な注目を受けるのは確実だった。お互いのためになりそうもないので、朱夕は千両研究室に入れてよかったと思っている。


「けど、一緒の進路になっちゃったんだもん……」


 育った環境で興味を持つ方向性が似通ると言うのもあるが、夜羽音兄妹は両親の遺した遺産の範囲で選べる最高の進路を選んだ。結果として同じ学校、同じ研究所に辿り着いた。もし学費や環境に制限がなくとも、『自分の取れる最高の進路』を選べば、経路が変わるだけで同じ道を辿っただろう。そのあたりに二人の優秀さとそれを成せるヤバさがある。

 さらには、この研究所はキワモノ揃いであるが、だからこそ並大抵では関わる事すらできず、籍を置くのはかなりの狭き門なのである。

 新月はその狭き門を、真正面から突き進んで籍を置いている。

 千両研究室の面々は裏口入学的な扱いともいえるが、『千両博士の口利き』を得るにはそれ以上の狭き門ともいえた。ともかく、それらも含めて、兄妹で同じところに辿り着けたのは、際立った優秀さを持つからだ。


「目立つから仕方ないよ。夜羽音さんは可愛いし、夜羽音さんのお兄さんも綺麗だし。慣れてくるまでの話だよ」


 透が開けて丸めて放り捨てられているビニール袋を伸ばしてたたみ、嵩を減らしながらフォローする。透も最初の内は研究室の同期が自分以外女性ばかり、しかもタイプの違う美少女揃いと、一昔前のギャルゲー的展開で浮ついていたが、もう慣れた。……宵宮に出される指示や課題に対応するだけで目を回しており、鼻の下を伸ばす余裕もなかったのだが。


「そもそも望月は、入所前から注目を浴びていた。むしろ噂話程度ですんでいる現状が奇跡だ。研究所の奴らも、道理はわきまえていると言える」

「え。注目って……もしかして、私の研究が?」


 学校の夏休みの自由研究として取りかかったものが教師の目に留まり、研究作品として賞を取っている。それが千両から声をかけられるきっかけとなった。


「この研究所の研究員なら、その程度は当然目に入れている。だが、望月の場合はそこではない」


 あまりその手の話は意識した事がなかった。

 そういえば、透達が他の研究室へお使い程度で立ち寄った際に世間話をする時に、当然のように専攻課題にかかわる話を出されている。自分の答えられる話題を出してもらえてホッとしていたが、つまり相手はそれらを当然に把握しているという事である。宵宮もそのような感じで、特に特別な様子でもない。

 せいぜいが自分が応募した賞の同時受賞者の研究概要を目にしたかどうか。そんな新入研究員四人は、少し気が引き締まる思いだった。

 宵宮やその他先輩研究員達を奇人変人と少し引いた目で見てきたが、研究方面においてはずば抜けている。せっかくの機会なので、自分の研究についてどのような印象を持ったか等を聞いてみたかった。

 が、望月は違ったようだ。


「あの。『そこではない』とは、どういう事でしょうか」

「だから――いや、たいした話でもない」


 明らかに誤魔化した。

 宵宮にしては珍しい事だった。なので余計に引っかかる。


「どういう事でしょうか」

「手を動かせ、望月」


 パチリパチリと音を立てながら組み合わせている。別に手は止まっていない。それでも宵宮は難癖をつけてその話題から逃れようとした。望月は嫌な予感がする。


「知っておいた方がいい気がします」

「……いずれ耳にも入るだろう」

「なら、今でもいいはずです」

「そうだそうだ。アタシ達も知りたい!」


 茜がビリビリと力任せにビニール袋を破り、中身をザラザラ机の上に広げながら、宵宮の方を見る。なお、ビニール袋は当然のように透に押し付けられている。


「……貴様ら夜羽音家の恥を、こいつらにも知られるわけになるが?」


 宵宮にしては善意からくる忠告のようだった。望月はめったにない宵宮の優しさにたじろいだが、『いずれ耳に入る』というのも事実なら、今ここで恥をかいておいた方がいい気がする。後で個別に知られて、こそこそと隠されたり、可哀想がられたりするのも嫌だ。教えてくださいと力強く頷き、それを見た宵宮は観念したようだった。



「……まず、夜羽音が入所当時に目立ったんだ。夜羽音兄、夜羽音新月の方だ」


 夜羽音新月がこの研究所の入所を決定づけた研究発表は素晴らしいものだったが、そこではない。


「研究所の入所や出勤に際して、居住地の申請が必要だ。希望すれば研究所の寮にも入れる」


 朱夕は実家から、茜は実家が準備したマンションから通っているが、宵宮、透、望月は、破格の家賃で寮に住んでいる。


「そして、うちの研究所の寮は、大別して二種類に分かれている。単身用と、世帯用に」

 宵宮と透は当然単身寮に。しかし望月は世帯寮に住んでいる。兄の新月と共に。



「……基本的に、うちの世帯寮は、直系親族だけを対象にしている」


 おや?



「あの馬鹿は、可愛い可愛い妹を一人残して研究所に入りたくはないと、望月、お前を『妻』として世帯寮の入寮申請をした」

「は!?」



「当然バレる。バレるぐらいならまだいいが、夜羽音は、この研究所に入所する前にそれでひと騒動を起こしている。……直系親族だけを対象にしているのは『基本的に』『原則として』だ」


 寮とはいえ、重要研究を扱う人間が出入りする場所だ。そこに婚約者だなんだと偽り、出自の知れない者を立ち入らせ、研究を奪われないため、その他、施設利用の公平性のためだ。理由があっての決まり事である。

 別に研究所だって鬼ではない。

 優秀な研究員を確保するためならば、正当な理由があればいくらでも弾力的運用をする。


「最初から身寄りがないのなんのと人事に相談すればいいだけの話だ。なのにあんな大騒ぎを起こせば、衆目を集めるに決まっている」


 どんな騒ぎだったのか。望月の頭が痛くなってきた。


「うちの研究所が変人に寛容でなければ、せっかく手にしたこの研究所の研究員の切符を失うところだったぞ?……あの男は研究所が見切りをつける以前に、妹と共に寮を使えないならば、こちらから願い下げとまで啖呵を切ったらしい」


 その詳細は宵宮も人づてに聞いただけらしいが、おそらく使用された言葉はそれ以上に苛烈なものと類推できる。望月関係になると、新月の寛容性は一切失われる。



「……」


 望月が顔を手で覆っている。あまりに恥ずかしすぎる。


「それだけで入所前から目立つ男だったのに、それ以降も折に触れ妹の賛美。はたして妹は真に『妹』であるのか、という疑惑が出る」

「妹ですよ!?」

「……」


 宵宮の説明したいところがそこではないというのは、望月以外はうっすら察した。


「そのうえで、疑惑の妹が同じ研究所に入ってきた。似た顔立ちなので、兄妹である事は疑いようはない。何の証明を受けずともそれは明らかだ」

「ああ、よかったです」

「……美男美女の兄妹だ。お前らの『疑惑』はまだ疑惑で残っている」

「え?顔がそっくりで、私が新月お兄ちゃんの妹だって皆わかってくれたんですよね?それ以外に、何の疑惑があるっていうんですか?」


 度を越えた美しさは、時に隠微な疑惑を生み出しかねないのだ。麗しの兄妹。兄一人妹一人の閉じた世界――


「夜羽音は煩わしいが、奴の怒り方は、どう考えても『妹を庇護する兄』以外の何ものでもない。あれは『兄』だ。それ以上の色は何もないのは明らかだ。俺は、望月の名誉のために、あれを騒ぐままにしてやっている側面もある」

「……?」

「まあ確かに、もっちーともっちーのお兄ちゃまは、ともすれば絵になり過ぎてヤバいからね」

「え?なに?何が『ヤバい』の?」


「だから、夜羽音と夜羽音のアニキとで近親――」


「黒鉄さんっ!?」


 宵宮ですら言葉を選んで婉曲表現にしているのに、台無しになるところだった。


「なんだよ、南天、お前だって最初『絶対そうだ』って――」

「黒鉄さん、シーッ!」


 何をやっているんだか。……まあ、そういう疑惑である。夜羽音新月と夜羽音望月はある種の『説得力』が出てしまうしっとりとした美しさのある美人兄妹なのだ。


「なんにせよ、望月。夜羽音が金切り声をあげて騒ぐほど、お前は同情を得られ、疑惑は晴れる。それまでは恥を感受しろ」

「えええ……?」


 納得できていないようだが、してもらうしかない。




※ 毎週【火曜日】【金曜日】に一話ずつ更新中。

  各話独立、続き物ではないので登場人物さえ覚えれば、多少読み飛ばしても大丈夫!


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