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それなら南棟三階どんつきの部屋  作者: 神空うたう


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14話 仲良しゲーム



「やっぱさあ、仲間同士の親睦を深める事は、大切だと思うんだよな!」


 茜の発言自体に、何ら問題はない。

 しかし、その発言をするに至った根底や意図に悪意めいたものが絡んでいるのは明確だった。


「そんなわけで、お互いのいい点を言い合う事で、関係を良好に保つ。そんなゲームをすべきだとアタシは思うわけだ!」


 そう言うと、たたっと研究室内をかけ飛んで、にこやかにその弁舌を聞いていた望月の椅子の背を掴んで、キャスターの力を借りるまま、長椅子で『何を言っているのか』と呆れて見ていた宵宮の前に連れて行った。



「柊と夜羽音でっ、『いいところ言い合い、仲良しゲーム』っ!」


 茜の高らかな声にあわせて、後ろで朱夕が、『ドンドン、パフパフー!』と口で言いながら机を叩いている。学校の休み時間のノリである。



 朱夕達にしてみればそう遠い過去の話ではないのだろうが、宵宮にとっては見聞きした事しかない状況である。知っているいないに関わらず、乗っかる気はない。


「そんな事は貴様ら同士でやれ。休憩時間なので、俺を不快にしない程度なら騒ぐ事を許容するが、俺を巻き込むな」


 まあ、そうなる。椅子ごと連れてこられた望月だって、完全に巻き込まれた被害者である。椅子にちょこんと座ったまま、茜を見上げている。


「でも、僕達はそんな事しなくても仲良しだし……」


 机を叩きこそしなかったが、止める様子もなく観ていた透が口をはさんでくる。事なかれ主義な割に、面白い事には首を突っ込みたいらしい。……その結果として宵宮から共同正犯としてしょっ引かれ、場合によっては主犯格の茜や朱夕以上の説教を受ける時もあるのに、懲りない。


「柊と夜羽音は一緒に作業する事が多いんだし、そっちはそっちで仲がいいに越した事はねえだろ?」


 言っている事に間違いはないが、面白がっているのが丸わかりだった。

 長椅子に身を預けていた宵宮が『……ほう?』と言って、身を起こす。



「それならその心配には及ばん。俺と望月も十分に仲がいい。……だな?望月」

 眉間の皴を深めて、真正面に椅子ごと連れてこられた望月に笑顔を見せた。


 ――目はもちろん笑っていない。



 威圧である。『俺を貴様らのおふざけに巻き込んでくれるな』という圧力が、一番離れた位置の透にまで届く気がした。そんなものを真正面から叩きつけては逆効果に決まっている。


「……なんだか不安になってきました」


 望月がプルプル震えている。


「そこは、話を合わせてこの話を終わらせるところだろうが!」


 宵宮が予定が狂った事に声を上げるが、そこは宵宮が自分の迫力と悪人顔の相乗効果を甘く見積もったのが悪い。


  ※   ※


「……だいたいだな。こういうのはそれこそレクリエーションの一環でしかなく、やるならもっと早い段階ですませておく事だ。結局は当たり障りのないところだけで終わらせるしかなく、さほどの効果もない」


 ぶつぶつと宵宮が説明をしている。有益性がいかに低いかという話を。その種の論文の出典まで出してくれているが、その正当性なんて茜達にわかるわけもない。嘘八百でもいいのだが、口にしているのは宵宮だ。すべて実在する論文なのだろう。……ただし、今の自分に優位に働く項目しか例に出していないとは思う。

 しかし茜と朱夕はそれをBGM代わりにでもするように準備を進めている。準備と言っても、印刷ミスをした用紙の裏に二分割するように縦線を引き、その紙とペンを透に押しつけるだけである。あとは透が得点記録機として十全に動作するものと二人は決めつけている。

 透は諦めたようにその用紙の上辺それぞれに『柊宵宮』『夜羽音望月』と書き入れてバインダーに挟み、それを積まれた書類に立てかけた。これで全員の目に入る。あとは正の字を書き足していけばいいだけだ。


 このようにゲームの体裁を整え始めると、『負ける』『屈する』というのを好まない性質の宵宮は『ぐ』と小さい声を上げながらも、長椅子にしっかりかけ直した。意外と単純なのかもしれない。


「言っておくがな。相手のいいところなんて、そうそう出せるものではない。結局は表面上だけの話だ。手詰まりになれば、容姿の話を持ち出す羽目になる。俺は委員会にセクハラ案件で呼び出される不名誉は受けたくない」


 ハラスメント委員会からの呼び出しは『不名誉』という観点で論ずることではないと思う。あと、セクハラでの戒告は受けていないようだが、パワハラ案件でありとあらゆる注意を受けている。それについて宵宮はどう考えているのか。ハラスメント委員会の保存データは、宵宮だけの専用フォルダがあるともっぱらの噂である。

 それもだが――


「……容姿?」


 研究所職員である以上、研究者としての質はお墨付きなのでそこを論じられる事はあまりない。なので、他の評価となると、なんだかんだで研究と関係のない俗な評価になってしまう。各方向性の美男美女揃いとされている千両研究室。特に今期の新人四人はアイドルグループ的扱いをこっそり受けている。とりわけ望月は、千両研究室所属ではないが、研究所の広告塔扱いになっている美青年、夜羽音新月の妹。美男美女兄妹として目立つ。


「……もっちーの事、可愛いとは思ってるんだ」


 この距離で内緒話も何もない。


「聞こえている。……俺は自己の判断において下した評価を、理由もなく曲げるほど偏屈でもない」


 言い方は理屈っぽいが、つまりは可愛いと思っているらしい。


「別に望月に限った話ではない。誤解をするな。研究所の他の奴らの下賤な評価に迎合するつもりはない。だが、世間の評価に照らし合わせれば、貴様らは――男の南天も、『イケメン』?に属する事は理解できるというだけの話だ」


「なんで疑問形なのさ」


 自惚れているつもりは無いけれど、せっかくならばいい気分に浸りたい。同性からの評価は、異性からの評価とはまた違う栄養素がある。


「カッコいいけど、とおるんは『イケメン』だけだと違和感あるよね。『草食系イケメン』とか?」

「『爽やか』『子犬系』……なんかこう、ぴったりくるのがねえよな。日が経って、南天を知るほどに、人間としての良さがあるのはわかるけど、評価が上がる分、残念さで目減りするものも多いんだよな」

「僕の話は分かったよ、もういいよ……柊さんと夜羽音さんの話に戻ってよ……」


 褒める意思は皆から感じ取れるが、喜びきれない。


  ※   ※


 望月は様子を見守っていたのだが、世間での評価であれ何であれ、宵宮から高評価の片鱗が感じられた事で、心ひそやかにテンションを上げていた。

 これは、ゲームを進めれば、いっぱいいいところを言ってもらえるのでは!?と。

 宵宮は、口は悪い。そりゃもう、目も当てられないほどに。だが、人同士の関わり合いで当然配慮し合うべき、誤魔化しができないともいえる。あくまで宵宮の判断基準においてにはなるが、口に出す限りは、その基準に照らしたうえの『事実』であると。



 たとえば今、『望月は可愛い』と口にしたように!



 ……宵宮はそんな言葉は一切口にしていない。口から出る言葉は宵宮にとっての事実であっても、耳にした側がそれをどう組み替えて解釈するかはまた別の話だった。


「よ、宵宮さんは、背が高くて姿勢もよくて、カッコイイと思います!」

「……どうした望月、いきなり」

「透君、私、一点!」


 椅子に座ったまま、望月が南天の席に顔だけ向ける。


「え?……あ、はいはい」


 南天はその勢いに驚いたが、理解すると『夜羽音望月』の欄に線を一本書き入れた。

 それを見て、茜が『ゲーム、スタート!』とノリノリで手を振りかざした。



 宵宮はそれを鼻で笑えばよかったのに、その勢いに押されてしまった。


「も……望月は貴様らと違って確実に照合作業を任せられる」

「もっちーのいいところを言うだけでいいんだってば。わたし達の事はいいの。別のものを貶めないと褒められないのは、いい事じゃないよ?」


 朱夕の発言はもっともではあるが――


「ダブルチェックは形骸化させず、細心の注意を払って行うべきだ。とはいえ、あそこまで神経をすり減らさねばならないほど照合不備が頻出するデータを寄越される身にもなれ」


 日々の苦労を味わう宵宮の身にしてみれば、言わずにはいられないようだった。朱夕と茜は視線を逸らして『じゃあ次!』とまるでマイクでも持っているかのように軽く握った手を望月に差し出した。


  ※   ※


「……ここで確認だが」


 宵宮が軽く右手を挙げた。

 ハイどうぞと軽く朱夕が促したので宵宮が口を開く。


「俺がここまでに出した論文や学術発表についてだが、その成果を『いいところ』にあげるのは無しにしてくれないか。たとえ表彰歴に限られたとしても、それをやられると、俺に勝ちの目がなくなる」

「……」


 四人が顔を見合わせた。

 なかなかに面の皮の厚い話ではあるが、宵宮はこれで内部だけでなく外部に対してもなかなかの結果をすでに出している。四人の頭に今パッと思い浮かぶだけでも両の手で足りないほどの表彰等を受けている。新人がこの数か月で知った限りでそれなので、すべてを網羅すれば、確かにそれだけで数が稼げてしまう。窮地に陥った時の手としては、狡いが賢い手だ。

 ……ちなみに、透が記録している両者のポイントは、望月が先ほど正の字が一つできあがったところであり、宵宮が正の字をこれで書き足せるかどうかというところである。

 まあ、一番盛り上がるところでルールの確認が入って揉めるよりは、序盤の内に確認しておく方がいいと思うが。


「私は別にかまわないけど」


 望月は特に気にした様子もなく頷いた。三人もじゃあそれで、となる。

 宵宮の有名な表彰実績は知っているが、当人の思い入れはまた別かもしれない。『それを出して、何故これを出さない!?』と、変なところで揉めたくもない。

 軽い確認が終わったところで、望月のいいところ、五つ目をさっさと言ってほしい。こんなところで時間を食っていたら、面白いところに辿りつく前に昼休みが終わってしまう。



「……っ、望月は、目が綺麗でいいと思う」



 ――



「まだ五つ目ですよ、宵宮さん!?」



 ゲーム開始前、『あげるところがなくなれば、容姿にかかわるものを良いところとしてあげざるを得なくなる』と、確か宵宮は言っていた。


「私のいいところ、もっといっぱいあるはずです!さっきの『笑顔で挨拶をする』だって、一応スルーしましたけど、そんなの良いところですらないんですよ?人としての基本です、宵宮さん!」

「うるさい!おい南天!五点目だ、五点目!」

「えええ!?ジャッジ、いいの!?」


 宵宮と望月が揉めているそばで、茜と朱夕が額を突き合わせるように審議を始めた。


「どうする?こりゃ柊持たねえぜ?」

「それならそれで、負けず嫌いで無理やりに捻り出してくるのを楽しめそうだから、通そうよ。柊副室長の好みを分析して、揶揄えそうじゃない?」

「――よし、『有り』で!南天、柊五点目!」

「えー?まあ、僕は言われたとおりにするだけだけど」


 すっと線が引かれ、『柊宵宮』の下にも正の字が完成する。


「ジャッジ!今の判定に不服があります!疑惑の判定です!もっとちゃんとした、私のいいところを宵宮さんの口から聞きたいです!」


 ぴきーと望月が『チャレンジ!チャレンジ!』と連呼しているが、残念。聞き入れてもらえなかった。……なお、宵宮は昼休みの残り時間を大きく残し、二つ目の正の字ができあがる前に降参してしまった。


 


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