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それなら南棟三階どんつきの部屋  作者: 神空うたう


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10話 スーパー秘書と提出書類



 宵宮は威圧感がすごい。

 まずその顔。顔がいただけない。いつも眉を寄せて、口元はへの字口。たまに表情を変えたかと思えば笑顔ではなく苛立ち顔。

 しかも背が高い。そこらの建物では流石に問題はないが、古い日本家屋なら額、下手をすれば鼻をぶつけるかもしれない。そのうえで見下ろして顎までしゃくってくる。威圧的態度をとるのだから、威圧感が高まるのは当然だ。



「――だから、これは決して、貴様らを威圧しているわけでもないし、お前らが立っているのに俺が座ったまま応対しているのも、目線を合わせて話してやろうという、配慮の結果だ」


 ……ははーん?またハラスメント委員会から何か言われてきたな?

 というのは、そろそろ千両研究室のメンバーであれば、察するところである。



「貴方はまだ、そんな事を言っているのですか」



 違った。今日は『立花百合香』秘書の出勤日だった。


 海外講演やメディア露出も多い千両博士の秘書的役割を主に担っている。毎日出勤はしているのだが、他の博士の秘書や秘書的役割の職員と共に分担して作業を行っているので、普段は研究所の本館にいて、決まった曜日にだけ千両研究室にやってくる。


「はっはっは!言われてんなあ、柊!」


 そして、立花が来ているので、当然大谷部もいる。ただし、大谷部は他の研究室から『ちょっと海水プールで泳げるところまで泳ぎ続けてほしい』と言われたら協力に出なければならない。大谷部は、千両博士に次ぐレアキャラである。


「大谷部さん、貴方からこの人に指導してください」


 年齢だけでいえば大谷部が一番年上だ。ほぼ不在の千両博士以外にガツンと言える可能性は大谷部しかない。


「指導っつったってなあ、百合香」


 大谷部自身は難しい事を考えないいかにもな脳筋だし、根性論で今まで何とかなってきた人間だが、それを他人に強要はしない。それに、礼儀程度ならまだしも、研究方面に話が及ぶと、宵宮どころか、新人四人にすらもはや勝てる気がしないという。謙遜だったらいいのだが、大谷部は正直な人間だった。まったく嘘偽りがない

 しかし、立花が顔を顰めたのは、そこではなかった。


「……ここは、研究室です。場所を考えてください、大谷部さん」

「いいだろう?皆、知ってるんだし、百合香で。……仔猫ちゃんとは言ってないんだし」

「大谷部さん!」

「まあまあ。柊は柊なりに妥協も覚えて来たみたいだし。目に余るようなら、おれがガツンと言ってやるって。見ろ、おれの筋肉を!」

「……貴様らの夫婦漫才のダシに、俺を使うな」


 大谷部が立花を上手くいなしてくれた事もあり、どうにか場は上手く収まった。……収まったのだ。これで。


  ※   ※


 宵宮は立花に申請書類などをファイルごとに渡す。ずいぶん電子化が進んできているが、公的機関は今でも紙書類を求めてくる。特殊な資材を取り扱う中小業者だと、FAXでなければ注文を受け付けられないところもある。メールだけではすまないものは、今も多い。最低限のサインなどだけ行い、あとの煩雑な事務を立花が行ってくれる。

 そうでなければ、とても宵宮一人でこの研究室を回せない。それを理解しているから、気の合わない立花相手でも結局は折れている。


「こちら、大丈夫ですか?時期的に申請が――」

「ああ、悪いが少し急いでもらえるか。上から順番に。向こうからこれが来ないとどうにも前に進められなかったんだ」

「それならそれで事前に相談がほしかったですね。この分だけ先に進めてもよかったのに」

「……確かに。来期はそうする」


 サクサクとやり取りが進む。宵宮も、何でもかんでも高圧的ではない。……立花相手にそれをやると、積む。


  ※   ※



 多くの書類束を手に、立花がぺこりと頭を下げた。


「では、これで。申請漏れは十四時までなら本日受付として扱います」

「これだけチェックしておいて申請漏れも何も――」


 馬鹿にしているのかと眉を寄せている宵宮の向こうから、声が飛んでくる。


「おねーたま、大好き!絶対十四時までに持っていきますっ!」


 何やらガシガシと朱夕が必死に書類を書いていた。朱夕に乗っかって大谷部が『おれも大好きだぞー』とからかっているが、宵宮は大谷部を無視した。



「三暁洞!俺は、昨日も!今朝も!確認したはずだぞ!?」



「そうだぞー?アタシはちゃんと今朝気づいて出したからな!」


 得意顔の茜に、宵宮が睨みつける。



「……最終確認は、本来昨日までだったんだからな?俺はその書類を見とらんぞ!立花!黒鉄の提出した書類を寄越せ!俺の承認サインがない!書類不備だ!」



「それではこちら、あらためてお持ちください。十四時までですからね?」


 にこりと笑って立花が去っていく。クールな後ろ姿だった。

 なお、望月は宵宮から作成指示を受けた書類はあったが、個人で提出が必要な書類はなかった。南天は提出書類で承認サインが必要なものは余裕をもってサインをもらっている。もちろん提出済み。優等生二人組である。


  ※   ※


 紙を突き破るのかと思うほどの勢いで宵宮はチェックを行い――その書類を茜に投げて寄越した。


「はあ!?何すんだよ、柊!」

「消耗品の申請は、研究室ごとに取りまとめが必要だから、南天にさせろと言っただろうが!」

「南天の奴、取りまとめ早すぎんだよ!来週の分に回されたら、届くまでアタシは、ミラーボールもないのに踊ってるぐらいしかやる事ないぜ?」

「とりまとめとはな!?購入申請の重複がないかも見るんだ!南天が貴様の分だけでなく、研究室全体の在庫を頼んでいるし、黒鉄、貴様はまた単位を間違えている!この部屋を、届いた段ボール箱で埋める気か!」

「うぐぐ……」


 流石にそれ以上は言い返せないらしい。珍しく茜が背を丸めて黙った。


「一個とか百個とか、どうして統一しねえんだよ……あと南天、ありがとうな……」

「あ、いやあ、僕は……僕の方こそ、なんかごめんね、黒鉄さん」

「なんでも謝れば場が収まるものでもないぞ、南天。今度はお前を怒鳴ればいいのか?」

「結構ですっ!」



 そうこうやっている間に、朱夕の書類が書きあがったらしい。


「柊副室長、サインちょーだいっ!」

「人にものを頼む態度か!貴様も購入申請をだぶらせていたら、承知しないからな!?」


 受け取った書類を荒い息のままチェックする。


「……いいか。どの書類も、昨日が室内の提出期限だったんだからな?」


 どうやら朱夕の内容自体は問題なかったらしい。提出期限が守れていないので宵宮からすればその時点で大問題ではあるが。それでもここまでしたなら最終期限には間に合わせてやる人の心はあるらしく、サインを入れている。


「次はない。……いいか、俺が次はないと言ったら本当に――三暁洞!」

「わかったわかった!これで最後!あと、あかねっちの書類は無しになったっておねーたまに言っとけばいいんだよね?」

「……ああ、そうだ」


 ちょっともう諦めたようだ。

 やったー、これで間に合うー!と小踊りした朱夕が、宵宮から書類を受け取る。だがそこで、望月が立ち上がった。



「どうした、望月。お前もか、望月。覚悟はできているな、望月」


「えっ……なんか、聞いていたら不安になって来ただけで……念のため、私も一緒に本館に……」

「ほほう、そうか。不安な書類を俺に寄越したか。そして俺は、そんな書類に承認サインを入れる愚か者だというわけか?」

「えっ!?いや、そういうわけでは……」



「望月、残れ」

「……はい」



 望月が肩を落として席に座った。


「三暁洞、提出したら、まっすぐ帰ってこい。カフェに寄って帰って来たら、承知せん」

「はいはーい!」


 とても良い返事で、朱夕が駆け出して行った。

 ひょこりと扉から顔を覗かせてそれを見送った茜が、そばの透にたずねる。


「……南天。三暁洞はさ、云う事、聞くと思うか?」

「僕は『帰る途中に寄るのが駄目なら、先に寄ればいいじゃなーい?』ってすると思う」


 ありそうだ。すごくありそう。


「甘いな、貴様ら。『それで十四時に間に合わず、立花に泣き落としをしてどうにか受理してもらう』までやるのが三暁洞だ。まあ見ていろ」


 自信満々の宵宮だが、外れてくれた方がいいと切にも願っていた。


  ※   ※


「――なあ、柊?」


 書類作成なんて一番苦手な事なのでこの間ずっと黙って眼と顔を右に左にやっていた大谷部が、久々に口を開いた。


「お前、楽しそうにやってんだな。おれは安心したぜ」

「……そう思うのか、そう見えるのか」


 宵宮が、睨みつける。怒り疲れたのか、いつものような威圧感はなかった。けれど、原因が怒り疲れだけではないのは明らかだった。大谷部は綺麗に並んだ白い歯を見せて笑った。


「ああ、そうとしか見えねえな」




※ 毎週【火曜日】【金曜日】に一話ずつ更新中。

  各話独立、続き物ではないので登場人物さえ覚えれば、多少読み飛ばしても大丈夫!


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