表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人斬りスローライフ  作者: 遠梶満雪
第二章 欠けたるものを名残惜しみ、新たに生まれたるを愛おしむ
PR
32/37

32 新たに目指すべき場所について

 騎士と魔術の国、イザリア。

 その本質は魔術規制の一点で合意した諸都市の連帯であり、それぞれの領地が独立した政治機構を有している。


 農業と牧畜で生計を立てるベレタ村はイザリアの北部、山脈の国境近辺に存在する小さな村だ。

 そんな二十人に満たない住人が細々と暮らす村に、最近、旅亭ができた。

 その名を奇逢亭(きほうてい)

 遠方から流れ着いたらしい、不思議な兄妹が営んでいる、ということになっている。


***


 奇逢亭の主人スヤンは、軒先で鳴く小鳥の声で目を覚ました。

 耳の辺りで巻いた癖のある黒髪、隈の染みついた目元に浮かぶ、満月のような金色の瞳。痩せて骨の目立つ身体だが、それでも近頃は少しふっくらとしたほうだ。


 スヤンは藁で出来た寝台に起き上がろうとして────完全に塞がってもまだどこか生々しさの残る傷跡が目に留まる。


「傷も随分よくなりましたね。湯浴みができるか、次の往診で聞いてみましょう」


 そう言いながら、青みがかった黒髪を高く結んで丸めた背の高い少女、シャオが湯桶を抱えて入ってくる。

 今年で十七歳、スヤンの一回り年下になる彼女は、彼にとって血の繋がらない妹であり、娘であり、頼れる相方でもある。


 スヤンが怪我の後遺症で高熱を出したため、今は主に彼女が表に立って開業の準備を進めている。


 面倒をかけるのは申し訳ないと思いつつ、それで気が紛れて自分のことを放っておいてくれるなら、とスヤンは考えていたのだが、そう上手くは行かなかった。


 今日もシャオが甲斐甲斐しく兄の世話を焼いていると、開け放した入り口から、切り揃えられた金色交じりの白髪が覗き、つんとした顔立ちの女が二人を呼んだ。


「粥を作ったよ。起きられるかね」

「問題ない」

「それでは向こうで待っていよう。冷めないうちにおいでなさい」


 魔術協会の狩人、(ガローテ)のストラス。

 一度はスヤンと殺し合いもした人物だが、何を気に入ったのか、今は監視と称して奇逢亭に居ついている、掴みどころのない女だ。


 一応、スヤンが確認したところ、彼女の自認は客ではなく従業員だった。

 とはいえ、この年齢不詳の魔女は気分屋で、かつても農作業を手伝うようなことはなかったから、こうして進んで家事をやってくれるのは彼女なりに気を遣っている今だけだろう。


 それでも十分ありがたくはあるのだが、そのうち庭で茶を飲むだけの従業員に給料を払うことになると思うと複雑な心境だった。


 それから、スヤンはもう一人の従業員────シャオのことを考えた。

 スヤンがこの異邦に流れ着く前、人斬りとして暮らしていた頃からの部下にして、スヤンの過去の中で唯一手元に残った存在。


 初めは普通の暮らしを覚えさせたあとに独り立ちさせるつもりだったが、紆余曲折あって時機を見失ってしまった。


 自分は宿を開くことにしたが、シャオまでそれに付き合う必要はないだろう。

 彼女も彼女のやりたいこと、好ましいものを見つけ、いつかは人生を共にする相手とも出会うはずだ。自分のために足止めさせている場合ではない。


 スヤンはそう思って尋ねてみた。


「シャオ、お前はこれからどうしたい? 何かあるなら……」

「? シャオは変わらずお傍におりますよ」


 不器用な質問に、少女はきょとんとして首を傾げた。


「不安になってしまわれたのですか? 熱を測りましょう。ぶり返したのやも」

「そういうことでは、ないのだが……」


 体温計を咥えて、もごもごと呟く。

 未だ、思うように羽ばたけない。

 自分とは、急に変われるものでもないのだろう。


 熱がないことを確かめてから、ストラスを追って居間に出る。

 旨味の効いた粥を腹に収め、一息ついていると、丁度、戸口を叩く音が響いた。


「スヤンさ~ん、お見舞いに上がりましたよ~」

「シャオ、私も来たよ!」


 その声はもはや馴染みのある親子のものだ。

 ベレタ村の代表で、スヤンたちを何度も助けてくれているエピ。

 昔は名の知れた騎士だったという評判も、余裕のある雰囲気と、栗毛の長髪が似合う穏やかな表情によく滲んでいる。


 その娘で、深緑の髪帯が可愛らしいジョスラン。

 青い目が父親とそっくりな少女は、シャオとは少し年の離れた友人となり、スヤンは嬉しく思っている。


 快活な父子は大きな編み籠を手土産に持ってきていた。


「これは妻から。ジャムとバター、どっちも我が家の手作りです!」

「わあ~、ありがたいです!」


 ほかにも村中から届いた採れたての野菜や果物、薬をもらい、村の近況について話した。


 スヤンたちが逗留するきっかけにもなった竜の渡りの終わりが近づき、南の峡谷の往来が回復することをエピは非常に喜んでいた。

 彼は家族を愛するのと同じくらい村を愛し、発展に尽くしているのだ。


 彼の楽しげな言葉に頷いていると、スヤンの左の袖は不自然に揺れる。

 それを見て、ジョスランは眉尻を下げて呟いた。


「……腕、本当になくなっちゃったんだね」

「……ああ」


 歪曲災害。人間が欲や感情を抑えきれなくなったとき、怪物に成り果てる現象。

 数週間前、無理やりに願望を表出させられたスヤンは濡れ、羽ばたけぬ歪みとなって暴走してしまった。


 皆の協力を受けたシャオの応戦で何とか正気を取り戻したが、結果として、そのときの負傷がもとで左腕を失うこととなった。


「まだ羽が残っていたときには付いていたんだがな、人の姿に戻ったときにな」

「ぷちっ、とですね……」

「イヤッ具体的には聞きたくない!」


 大型化しているうちは薄皮一枚でも保っていたが、本来の肉体に戻ったことで自重に耐えられなくなったという訳だ。

 光景をつい想像してしまい、ジョスランは両腕を互いに押さえて震えあがる。


 スヤンは何ともないという顔で、部屋の隅に置いてある、膝丈ほどもある円柱の容器を指差した。


「一応、取っておいてある」

「わあ~、大きな缶詰……」


 言葉を濁してエピは缶を見つめる。


 内部の時間を引き延ばし、劣化を抑える三等級(つかいきり)魔術で、開けない限りはスヤンの腕に蛆が湧くこともない。

 一度きりとはいえ強力な魔術で大変高価なものだが、金のないスヤンに快く与えてくれた人物がいた。


「私が貸したのだよ。無様に千切れた四肢でも元通りにくっつけたり生やしたりする方法には、心当たりがない訳でもないからね」


 何故か自慢げなストラスの言葉を肯んじながら、スヤンは物知りな村の代表に向き合った。


「それで、あなたなら伝手があるやもと聞いた」

「……確かに、今日はその話もするつもりで来たんです」


 エピはいつもより真剣な面持ちになると、ジョスランに席を外すよう言った。

 シャオの自室にあたる、ロフトに少女たちが上がっていくのを見たあと、残ったスヤン、エピ、ストラスの三人で治療法について話し始めた。


「スヤンさんは妖精の湖に行ったことがあるんですよね? ほかにもそういった噂はイザリアには多くありますが、そのほとんどは都市伝説のようなものです」


 水に触れた者の願いを叶える妖精の湖は、二回、スヤンの命を救って、使い切ってしまった。

 イザリアの各地では、そのような摩訶不思議な場所、物、人に出会った者の話が、荒唐無稽なお伽話(ロマンス)として様々に伝わっている。


「そのうち僕が実際に見たことがあるのは、癒しの右手を持つ遍歴騎士(アンダンテ)や、彗星の一族で自己再生に特化した氏族の首長でした」


 そういった人々は争いに巻き込まれることを避け、能力を隠す傾向にある。

 しかしながら、やむを得ず使った場面を人に見られると、世の中に噂として出回ることになる。


「ご存じとは思いますが、遍歴騎士はその名の通り各地を放浪しているので、特定の騎士を短期間で探し出すのは厳しいです」


 数人、名前や正体を知っている騎士はいるが、狙って連絡は取れないという。

 かつて本物の遍歴騎士だったエピのことだから、それは実感を交えた意見だろう。


 スヤンはもう一つの心当たりについても聞いてみることにした。


「彗星の一族……というのは?」

「特殊な形態の魔術を扱うことで知られる一族です。僕から説明してもいいんですが……ルセロに聞いたほうが確実かもしれませんね。お二人になら話してくれると思います」

「分かった。あとで聞いてみよう」


 どうやらそちらも、なかなか出会えない珍しい人々のようだ。

 スヤンは腕を組もうとして、ふと気づいて、そのまま左の袖を押さえた。


「まあ、結局、元通りにするのは現実的ではない、ということか」

「腕の保存ができているので、医学に優れた支配者や都市を頼るという手もありますが……」

「私たちも医学の知識がある訳じゃあないからね。こればかりは金と時間をかけた上で医者が傷を診て何と言うかの賭けになってしまう」


 それも峡谷の橋が使えるようになって初めて選べる手だ。

 時間がかかると聞くとスヤンが渋る様子を見て、エピは恐る恐る尋ねた。


「やっぱり、今すぐどうにかしたいですか?」

「うん」


 するとスヤンは上を指差し、ロフトから漏れ聞こえるシャオの声に耳をそばだてるよう、ほかの二人に促した。


「私の腕が未熟なあまり兄上を苦しめてしまうのですから、ここは私が夜明けから月の落ちるまで一寸たりとも片ッ時も離れず三食入浴就寝身づくろいのお世話をするしか……」

「というようなことを言っているのでなるべく早く自立したい」

「なるほど」


 エピとストラスが同時に頷く。

 少しの沈黙を置いて、溜息と共に切り出した。


「そうなると、やはり義手かね」

「そうなっちゃいますねえ」


 意味深長な二人の言い方に、スヤンは首を傾げた。


「それは剣を握れるようになるか?」

「出せる金によるな。それなりの工房に依頼すれば、剣を握るどころかビームさえ撃てるようになるとも」

「びー、む……?」


 よく分からないが多分、要らない。そう思った。


 詳しく聞くと、イザリアでは欠損した部位は魔術を組み込んだ機械で補うのが一般的だと返ってきた。

 ビームは冗談として、元の腕とそう変わりない程度のスペックであれば、技術者の腕前次第で魔術さえ必要としないことがあるという。


「ただ、これは昔、耳に挟んだことなんですが、一度、機械に置き換えると、たとえ治療の目途がついても生身に戻すことはできなくなるそうなんです」

「それで踏ん切りがつかず、かといって荒唐無稽な存在に出会えるほどの幸運もなく、身を欠いたまま死んでいく人間を、私も幾度となく眺めてきたものだ」


 当然、義体には維持費用がかかる。不可逆な変化であれば、将来を恐れるのも尚更だ。


 しかし、それを問題としないような裕福な人間でさえ、躊躇うことがあるという。

 身体能力が生存に直結する遍歴騎士や支配者(オーバーロード)でもそうだ。

 彼らは未来への不安以上に、失くした肉体(むかし)への名残惜しさを忘れられずにいるのかもしれない。


「後悔は先立ちませんが……よく考えて、それでもいいと思えたならまた教えてください」


 去り際、もう一度念を押すように言ったエピの顔を見て、スヤンは困ったように眉をひそめた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ