◆ パワーストーンのヒント ◆
「オニキス様のお出ましだ!」
ドラキュラの人がはしゃいだ途端、周りは大はしゃぎする。BARの勝手を知る人が、クロウが並べていた皿を次々に配りはじめた。
「一体何がはじまるのかしら?」
ブラックスワンの仮装をした人が、偽物の牙をむいて笑う。
私は手渡された皿から、ふたたび魔術師を横目に見る。
分かりやすい魔法使いの姿だが、仮装をした私達とは明らかに雰囲気が違った。鋭さを感じつつも、どこか温かみがある。黒い瞳に金の光のうねりがチラチラと瞬き、それもまた、玄関や魔術師の杖の先にある“夜の地球”に似ていた。
ところでそれは確か、日本で開催された国際博覧会で話題になっていたものではないだろうか――
「同じじゃないよ。しかしあれを生み出した職人の腕と、その創造物が災害を超えて無傷であったというのは、本当に奇跡だね」
心の呟きを聞きつけられ、私は背筋を伸ばすと、魔術師をおそるおそる見た。
「あの……お二人とも、その……こちらの疑問に気づけるなんて、凄いですね……?」
触れてよいものかどうかとしどろもどろしつつも、やはり口にしてしまった。
「それはどうも。私は主の使いの者でして。こうして話せるのは今夜から三日間だけと決まっています。なので、カラスとの会話は今のうちですよ」
つまりそれ以外の日はただのカラスなのだと、あのリトルダケが甲高く言い添えてきた。
「だからあたしが、もうひとりのおてつだいさんになるの!」
やる気満々なリトルダケに、魔術師は穏やかに鼻で笑った。
「クロウよりは苦労せんだろうね」
「え」
魔術師からどこかしら隙間風を感じてしまった。
「ところで主。あえて言いますが、人間に魔術を授けることはリスクがある」
クロウは、スタウトビールとシャンパンのボトルを取ると、それらを緩やかにステアし、魔術師に差し出した。そのグラスに顔を突き出して見つめる私に、ブラックベルベットですと補足をすることも忘れずに。
「そうさ。それにわざわざそれを与えなくとも、人間はすでに、“表現の術”を持っている。だろう?」
魔術師が向けてきた流し目に、私は宙に視線を泳がせる。
「そう、ですか……でも、手と頭を動かすだけで、特に華は無いかと……ひたすら取材するところも……」
ストーリーを書くことを魔法や術のように置き換えるなど、私には経験がなかった。
魔術師はスッと目を逸らすと、グラスを啜り、そこにたゆたうブラックベルベットを眺めた。
「強い意志がおありだね。真っ直ぐに向き合えば、一生挑めるような」
魔術師の得意気な言葉は、私の中でどんどん波紋のように広がっていく。
「真っ直ぐ……」
そこへまた、リトルダケが足元から横入りしてきた。
「オニキスは、うそがきらいなの」
その子が伝えたいことにウズウズし、落ち着かないでいたその時、ストンとした声が割り込んだ。
「でも世の中はニセモノやウソの話だらけだし、ウソつきも多いじゃん」
壁際の席には、どこか一歩引いて周りを眺める小学校高学年くらいの子どもがいた。全身を黒服で揃え、ボール紙でできたスナイパーライフルを背負っている。
リトルダケがキュッと口を結んでしまった時、パチンと指が鳴った。何事かと背筋が伸びた矢先、スナイパーのその子の皿から湯気が立った。出てきたパンはパウンドケーキにも見えるが、表面には少し艶があり、バンズのようだ。
「バームブラックです。この時季、アイルランドで食されるスパイス入りのフルーツケーキですが、パンとも表現されます」
クロウの説明に、私はこくこくとうなずきながら目をこらした。バームブラックの表面から、大きな赤い石が飛び出している。
「嘘ってのは本来、死と破壊を呼ぶものなんだ。扱いには気を付けたいものだよ。あんたはそれをよく知っているんだね」
魔術師はグラスを静かに置くと、その子をジリリと見た。
「世の創作物は、誰かの指針、夢、キッカケ、ヒント、ゴール、決断へ導くもの。でも、それらを“嘘だ”と表現したいかい?」
静かでありながらも響き渡る声に、私はとっぷりと聞き入ってしまう。
「お話のはじまりだ、警戒スナイパー。例えば今、あんたがその姿になっていることを“嘘だ”と表現されるのは、どんな気分だい?」
その子はしばし指先をいじると、ゆるゆると頭を振った。
「いい気はしない。でも俺はだまされたくないし、違うと思ったものの中にはまぎれたくない」
ここを俯瞰するようにして過ごすその子は、その仮装どおりの気質を常にまとっているのかもしれない。とすると、その警戒心を開くキッカケは何だったのだろう。
魔術師の密かな笑いに続き、また指が鳴った。
バームブラックが乗る皿が光ると、輝きは次第に石を取り囲み、魔法陣があらわれた。その瞬間――力強い火花に弾け飛ぶ。
向き出していた赤い石は、太陽の型にはまるペンダントに変わった。スナイパーの子どもはキャップを脱ぎ、それをまじまじと見つめる。
「チャレンジと達成へのカーネリアン」
燃えるように赤く、角度によっては濃い橙を放つ。粗い表面を残したままの石を、その子はそっと摘まみ上げた。
「騙されたことが、ひどく痛かったんだね。その経験から、あんたはいい目と頭を得たんだ。ところが近頃は、よく確かめる前から物事を決めつけがちでいる。見定めた真実を守りたくて気持ちが沸騰するも、そのまま蒸発して終わるのもしばしば……」
石を見つめたままじっと耳を傾けるその子は、今、キャップ帽の影から鋭い眼差しを向けていた時とは違っていた。
「そうなってしまうのは、過去に、意志を貫こうとするところを指差されたから。それが足枷となり、外へ出る自信と勇気が持てなくなった」
魔術師の言葉に、ペンダントを摘まむ手が強まって見えた。何も言い返せないでいるというより、その赤い光の中にいる自分を見つめているようだった。
「でもそれを支えにすれば、ここでの真実を思い出せるよ。ここの存在を確かめてみたいという素直な気持ちを受け入れられた、自分自身のこともね」
「……これを持ってりゃ、俺の声は届くようになるの?」
その声は、初めに聞いた時よりも小さなものだった。その様子にどこか覚えがあり、私は背中が丸まるその子をじっと眺めてしまう。
間違っていることに声を上げることの難しさや、本当に見たものを信じてもらうことの難しさと向き合う姿に、手を添えたくなった。
「私が贈るのはいつだって原石だ。届けようと焦るのではなく、じっくりと磨くことだよ。そのための守りにするといい」
言葉を受け取ったその子は、何かを噛み締めるようにペンダントを握ると、首にかけた。ムッとしていた表情は、ここに漂う温かい光のように柔らかくなっていた。
空気がほぐれたかと思った矢先、クロウの咳払いが聞こえた。
「主、皆さんストーンに飢えていますよ」
その声に半ば被さるように、ドンッと、床に振動がはしった。杖の刺激が、辺りにパッと湯気を立たせたかと思うと、それぞれの皿から甘い香りが立ち込める。
「さあ、さっさと食べて探して持っておいで」
皆は声を上げると、バームブラックをせかせかと口に運んでいく。ただ食べるのではなく、何かを掘り探しながら。




