◆ それぞれの迷い ◆
次のプロセスに進めないでいる――その言葉が気になるまま、私は他の人達を何となく見回した。二十席ほどの木製のテーブルがあり、その更に奥をのぞいてみると、椅子の音がした。
「悩みなんてぇのは、どの国にも蔓延してるもんだなぁ」
陽気に歩いてきたのは、体格がよく、骨付き肉の仮装をした人だ。手にしているのは黒い炭酸ジュースだろうか。
「あれはドイツの熟成ビールですよ」
クロウが皿を拭きながら、またしても心の疑問に答えてくると、その人が近づいて来た。
「悪くねぇところだろう? 国境を越えたアンサーを得られる上にタダで飲み放題だ」
「はあ、まあ……」
半端に返事をした拍子に、私の椅子がクイッと回った。急に鼻すれすれまで顔を近づけてきたその人には、猫耳がついている。
「本棚の奥に顔を突っ込もうだなんて、そこからしてフツーじゃない。で? あなたもパートナーとうまくいかないとか?」
ボディラインが際立つシマ猫の仮装をした人が、舐め回すように私を見つめてきた。オレンジジュースを飲んでいるようだが、クロウによるとイタリアンドリームというらしい。
「あ、いや、そういうのじゃなく、その……作る方でちょっと……」
私は文章で作品を書きたい。つまり、そういう存在になりたいということであり、具体的な職業はというと――それを思い浮かべても、先に苦い思い出が邪魔して口が動かなくなる。
「建築関係の人かい?」
爽やかな声にびくりと肩が跳ね、振り返ると、そこにはスラリと背の高いドラキュラの仮装をした人がおり、青い瞳をまたたいていた。
「あ、いや……文章の方を……」
「ライター!? そりゃかっこいいや!」
「違います小説家ですっ!」
言ってしまった。周りの声はめっきり途絶え、その場は、クロウが食器を触る音だけになる。
目を丸くさせるシマ猫の人が、背もたれに身を預けて足を組みをした。
「脚本家でも監督でもなく、そっち?」
面の影で瞼が下りてしまう。とくんと、心臓の音が響いた。その次に来るのは笑いだろう。ところが、ドラキュラの人が前のめりになった。
「それめっちゃクールだよ! 超イかしてる! どんなのを書くの?」
「え……?」
私は、モヤモヤがこもる面を少し浮かせてしまった。自分が打ち込んでいることに、英語圏の人が初めて興味を持ってくれた。今日まで誰にもそんな質問をされたことはなかった。
「まぁ、色々です。よく分からないけど、多分エンタメ系になるかと……スリルがあるものを書いてみたくて、勉強してて……」
「スゴイじゃん! 読んでみたいな! ペンネームは? どこかでシェアしてる?」
かつてないほどの食いつかれように、私はクラクラしてしまった。ろくに気持ちや夢を言語化してこなかったせいで、伝えるのにたどたどしくなり、顔を伏せてしまう。
するとそこへ、ぬるっと、白塗り顔をした子どもが現れた。血の涙のペイントをしており、ドラキュラの人はすっとんきょうな声を上げて転んでしまう。一つ一つのリアクションがあまりにも大きく、どっと笑いが起きた。
ひょっこり現れたその子はアジア系で、真顔でミルクのような飲み物に喉を鳴らすと、私を見上げてきた。
「ボクはね、一年前もここに来たんだ。ごはんをいっしょに食べたいだったり、色んな国のともだちがほしいだったり、どんな気もちを話してもいいからスキなんだ」
「ほう……」
不思議なことに、その子が口にするシンプルなものに身体がほぐれていく。と、落ち着く間もなくまた小さな子どもが足元にやって来た。
「ここでなんのきかいもつかえないのはね、こういうじかんがだいじだからなの!」
キノコの帽子を被った幼い子どもがぴょんぴょん跳ね、私の膝に割り込んでくる。
「ここでは、みんなのおはなしをきいたり、みんながはなすことがきまりなの」
金髪のおさげを揺らし、自分も説明をしたいという気持ちを全力で放っている。そして、肩にかかるキノコの鞄から、キノコ柄のノートをいそいそと取り出した。
「そうそう! きもちやこころのいれかえをするの。なやみがあれば、かいけつをしたり、かいけつできなくても、そのキッカケをさがせる。それがここでもらえるものよ!」
言うべきことを言えてサッパリしたのか、その子はクロウに差し出されたベリーの香りが漂うグラスを背伸びして受け取ると、一気に飲みほしていく。
「そのサフトは色が濃いのでこぼさないように、リトルダケ。しかし上手く説明できましたね、昨年に仕込まれただけの割には」
クロウは言うと、皿をカウンターに並べていく。そのわけを知る人達は、心を躍らせるように席についた。
「もちろん! あたしのゆめは、クロウとまじょオニキスのおてつだいさんになることだもん!」
リトルダケと呼ばれたその子が満面の笑みで声を上げた、その時――ダンッと、テーブルが叩かれた。
「魔術師と呼びな、リトルダケ。でないと誰かによっちゃ、胸につっかえ棒ができちまう」
じんと身体に響く声に、私はそろりと隣をうかがった。そこには、全身真っ黒な姿をした誰かが、杖を握って座っていた。杖の先には、玄関のものと同じ黒い球――“夜の地球”と瓜二つのものが回っていた。




