第31話 魔法陣、入門編
ミットリオはアウドールと共に屋敷の裏庭へと来ていた。
裏庭にはニカラとターブツが育てている農園があり、少し離れた区画にはシトレアとデフィーが丹精込めて世話をしている花や木がある。
これから火魔法を試すのだから、二人はその両方から十分に距離を取った切り株のあたりで向かい合っていた。
「それで? 花火とやらを作るに当たって、肝心なのが最初の花火と最後の花火なのはどういう事なんだい?」
ここに来るまで一切の説明もされず放っておかれていたアウドールは、先ほどのミットリオの一言がずっと引っかかっていたらしく、食い気味に聞いてくる。
「えっとね、まず花火は誰もこの村で見たことがないでしょ?」
「そうだね。少なくとも僕とシトレアが聞いたことはないから、見たことがある人はこの村にはいないと思うよ」
アウドールが頷く。
「だからまず皆に花火とはこういうモノだよ、と分かるような花火を打ち上げて、最後に感動するような花火を作るのさ」
ミットリオは手にした木の棒で、カリカリと地面に拙い絵を描いていく。
花の形にも稲妻の形にも見える、なんとも言えない図形が土の上に増えていった。
「なるほど。最初に花火のインパクトで心を掴んで、最後にその感動を余韻として残すんだね」
「そういうこと」
伝わっているか怪しいと思っていた説明が、思いのほかすんなりと父親に届いたことに、ミットリオはニッコリと笑う。
「でも、それだけの魔法をどうやって作って、打ち上げるつもりなんだい?」
「それなんだよ…………」
まさに今悩んでいた問題をずばり突かれ、ミットリオは露骨にゲンナリとした顔をする。
(……鋭いなぁ、父さん)
そんな息子の引きつった表情に、アウドールは苦笑いを浮かべた。
「俺、他の子供と比べて魔力だけは馬鹿みたいにあるけど、高度な魔法はまだ扱えないし、複雑な術式も組めないんだよね……。それに、火薬と魔法を組み合わせるやり方が全然分からなくて悩んでたんだ」
「だから、珍しくミットリオがあんなに難しい顔をしてたんだね……」
落ち込むミットリオを、アウドールが痛ましいモノでも見るような眼差しで見下ろしてくる。
(火薬そのものの扱いなら、前世の知識でなんとかなるんだけどな……。でも魔方陣に組み込むとなると話は別だし……、そもそも子供の手で火薬をイジるのは色々とマズいと思うし)
本音を飲み込んだまま、ミットリオはただ唸ることしかできなかった。
と、ミットリオが不意に顔を上げ、アウドールをまっすぐ見つめる。
何かを訴えかけるような、期待と甘えの入り混じった目だった。
「……あ~、そこも僕がやれば良いのかい……?」
その視線だけでミットリオの魂胆を察したアウドールは、苦笑いをさらに深くしながら、息子の考えをずばりと言い当てる。
「流石父さんっ。俺の考えている事がよく分かったねっ!」
「……流石にそんな意味深な顔で見られたら、嫌でも分かるよ……」
ニコニコと無邪気なミットリオとは反対に、アウドールの苦笑いにはほんの少し影が差していた。
(……まあ、これも息子のためだと思えばいいか。それに、今のうちに魔術や魔方陣を見せておくのも悪くないかな)
喜ぶミットリオをよそに、アウドールはそんなことを考えていた。
いずれ来るだろう貴族の魔法学校への入学。
ミットリオには間違いなく天賦の才がある。
それは両親どちらの目から見ても揺るがない事実だった。
ならば今のうちに学ばせ、将来大きな事や役目を成すための土台をしっかり作っておかねば。
(……それに、ミットリオの事だから学校に入るのも渋るだろうし。今こうして借りを作っておけば、逃げ道も一つ塞げるだろうしね)
アウドールの頭の中には、既に息子の将来の道筋と行動計画がすっかり組み上がっている。
いつしかアウドールの苦笑いは、少し影のある笑みに変わっていた。
そんな父の企みなど知る由もなく、ミットリオはのんきに棒で地面へ花火の簡略図を描き足していた。
「それじゃあ、ミットリオの頭の中には花火の構造は出来ていないのかい?」
「……ん~、頭の中ではぼんやりとは出来てるけど……、複雑なのはやっぱり無理かな……?」
ミットリオは腕を組んで唸る。
「取り敢えず頭の中に描いている構造を言ってごらん」
「……んーとね、火薬を詰めて、その周りを魔方陣か魔術式で覆って、空に打ち上げて爆発させる感じ……?」
「……なるほど」
ざっくりとしたミットリオの説明に、アウドールも唸りながら腕を組んだ。
親子揃って同じ格好で悩む姿は、傍から見ればさぞ似ていて微笑ましいだろう。
「……魔方陣と術式を組むとして、火薬は何で包むのかな?」
「……う~ん」
言われてみれば、空に打ち上がる花火が何で包まれているのか、これまで気にしたこともなかった。
(まあ、市販の花火だって紙で包んであるんだから、同じように少し頑丈な紙で包めばいけるんじゃないかな……)
「……少し頑丈に紙で包めばいけると思うよ」
自分の中で結論を出しつつ、ミットリオはそのまま口に出す。
「なら直接紙に魔法を付与してもいいわけだ」
「そうなるね」
「ちょっと待ってて」
そう言うと、アウドールはふらりとどこかへ消えた。
その間、ミットリオは頭の中でどんな花火が映えるか考えながら、棒先で地面をガリガリと書き殴っていく。
やがて、数分もしないうちにアウドールが戻ってきた。
手ぶらのまま戻ってきたので何をしに行ったのかとミットリオが首を傾げていると、アウドールは何もない空間から紙と小さな袋をひょいと取り出した。
「……収納魔法に仕舞ってたんだ」
「火薬は取り扱いが難しいからね。屋敷の中には置いておけないよ」
小さな袋を軽く掲げて見せながら、アウドールは苦笑いを浮かべる。
切り株の上に置かれた一枚の紙と、袋に収まった少量の火薬。
その二つを前に、ミットリオはうんうんと唸っていた。これをどう紙で包み、どんな魔方陣や術式を刻めば花火になるのか。
肝心のその構造が、まるで見えてこないのである。
(くそ~っ、こんな事なら前世でもっと魔法陣とかそういう知識を齧っとくんだったな~……。こういう事に詳しい同僚のあいつがここにいたら、もっと簡単に教えてくれるんだろうけど……。いないしな……、火薬の扱いなら余裕なんだけどな……)
ミットリオの頭の中に、こういう事に詳しかった同僚がサムズアップ姿で思い浮かぶ。
ミットリオがそんなことを考えている間に、アウドールは紙を一枚手に取り、スラスラと何かの術式を刻んでいく。
指先が紙をなぞるたびに、術式がスーッと吸い込まれるように浮かび上がり、ものの数秒で完成してしまった。
「……あっという間に出来るんだね」
「小規模の爆破の術式なら簡単に出来るもんさ」
「……そうなんだ」
その見事な手際に見惚れているミットリオに、アウドールは完成した術式を見せる。
「……見せられても分かんないよ……」
まだ魔方陣も術式も学んだことがないミットリオには、紙いっぱいの記号がただの模様にしか見えない。
「大丈夫。基礎中の基礎しか書いてないからね。ミットリオにも分かるようにしてあるよ」
アウドールはミットリオにも分かるよう、一から丁寧に説明していく。
「例えばここの線は、何を表して何のためにあると思う?」
「……う~ん。魔力の通り道?」
「正解」
「じゃあこっちの線は何のためにあるの?」
「ここの線は魔法の方向を決めるものだね」
「……なるほど」
アウドールの話にミットリオは思いのほか食いついた様子で説明を飲み込んでいく。
ミットリオは、紙に刻まれた魔法の術式を手に取り、まじまじと眺めていた。
その真剣な眼差しに、アウドールは思わず目を細める。
(……理解するのが、随分と早いな)
初めて見る術式なら、普通は意味の分からない記号の羅列にしか見えない。
それでもミットリオは、何かを読み解こうとするように紙の上へ視線を這わせている。
まだ幼い息子の姿に、アウドールは内心で小さく驚きながらもどこか誇らしげな気持ちを抱いていた。
(やっぱり、ミットリオには才能があるかもね)
アウドールは我が息子に対してそう思わずにはいられなかった。
やがて小一時間ほどかけたその講義を受けて、ミットリオはようやく魔法の術式と魔方陣という世界の、入門の扉を叩くことになった。
「なるほどね」
「どう? ミットリオなら興味を持つと思ったんだけど」
説明を終えたアウドールがミットリオの顔色をうかがい、どこか興奮した様子で聞いてくる。
「うん。面白いかもね」
ミットリオは素直にそう口にした。お世辞ではなく心の底から知りたいと思った。
「そうかそうか」
それだけで満足したのか、アウドールは満面の笑みでミットリオの頭を何度も撫でた。
「さて、問題はこれがちゃんと花火とやらになるのか、と言う事なんだけど……」
アウドールは自分が術式を刻んだ紙を手に取り、ほんの少しの火薬を包んでいく。
紙はキュッと小さく丸まり、やがて目の前には小さな球体が出来上がった。
白い紙玉。
それだけのものなのに、ミットリオの胸はなぜか高鳴った。
(これが成功したら……)
ミットリオの脳裏に、祭りの夜が浮かぶ。
屋台の料理を食べて、冷たいかき氷を食べて、皆と騒いで。
最後には空いっぱいに広がる花火を眺めながら、何も考えずにのんびりしながらその光景を眺める。
そんなことを考えるとなぜか無性に胸が高鳴る。
(……うん。絶対に成功させよう)
楽をするためなら、必要なところくらいは頑張る。
それがミットリオの、自堕落に生きるための生き方だった。
「父さん、俺が打ち上げてみてもいい?」
「えっ? ミットリオが打ち上げるのかい?」
てっきり自分が打ち上げるものと思っていたアウドールは、息子の申し出に目を丸くする。
「任せてよ。ちゃんとやってみるから」
自信満々に言い切ったミットリオを見て、アウドールは一瞬考え込んだが、いい経験になるだろうとやらせてみることにした。
それに今のミットリオは魔力の制御に関して兄妹随一の上手さを見せている。
任せても大丈夫だろうという判断だった。
何が起きても対応できるよう、一応身構えて待機するアウドール。
その隣でミットリオは袖を捲り上げる。
「よーしっ」
祭りを最高に楽しむための一発目。
その花火を打ち上げるため、ミットリオは自信満々に魔法を発動させようと構えるのだった。
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