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杏々のおさんぽグルメ  作者: わかめ


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9/18

8食目 回転寿司♪


 昼下がり。


 杏々は今日も、特に目的地を決めずに歩いていた。


 てくてく。


 てくてく。


「…………」


 パン屋さん。


「…………」


 カレー屋さん。


「…………」


 焼肉屋さん。


「…………♡」


 少し惹かれる。


 でも。


 その向こう。


 大きな看板が見えた。


『回転寿司』


「…………!」


 杏々の足が止まった。


 入口の横には、色鮮やかな写真。


 まぐろ。


 サーモン。


 えび。


 いくら。


 穴子。


 そして。


 何段にも積まれたお寿司。


「お寿司……♡」


 決まり。


 杏々は、そのまま店へ入った。


 ◇


「いらっしゃいませー!」


 一人だと伝えると、カウンター席へ案内された。


 杏々は椅子へ座る。


 目の前。


 レーン。


 その上を。


 お寿司が流れている。


「…………」


 サーモン。


 通過。


「…………」


 まぐろ。


 通過。


「…………」


 えび。


 通過。


 杏々は、少しだけ店員を見る。


「これ」


「はい?」


「取っていいの?」


「もちろんです」


「好きなの?」


「お好きなお皿をどうぞ」


「…………!」


 杏々の目が輝いた。


 まず。まぐろ。


 取る。


 次。サーモン。


 取る。


 えび。


 取る。


 いくら。ねぎとろ。えんがわ。


「…………♡」


 楽しい。


 待っているだけで。


 食べ物の方からやってくる。


「すごい」


 杏々は、まぐろを一貫持ち上げた。


「いただきます」


 ぱく。


「…………♡」


 しっとりした赤身。


 ほんのり温かい酢飯。


「おいしい」


 次はサーモン。脂が甘い。


「これも好き」


 えび。


「ぷりぷり」


 いくら。


「ぷちぷち」


 えんがわ。


「…………!」


 少しだけ目が大きくなる。


 こりっとした食感。あとから広がる脂。


「これも」


 杏々はレーンを見る。


 また、えんがわ。


「…………♡」


 取る。


 ◇


 十皿。


 二十皿。


 三十皿。


「…………」


 杏々の横に皿が積み上がっていく。


 店員が通りかかる。


「…………」


 一度見る。


 もう一度見る。


「お、お客様」


「?」


「お皿、お下げしましょうか?」


「まだ食べるよ?」


「いえ、食べ終わったお皿の方です」


「うん」


「あ、はい」


 店員が皿を回収する。


 数分後。


 また積み上がる。


「…………」


 今度はタッチパネル。


『炙りサーモン』


 注文。


『穴子』


 注文。


『赤えび』


 注文。


『炙りえんがわ』


 注文。


『茶碗蒸し』


 注文。


『あおさのお味噌汁』


 注文。


「…………」


 一度止まる。


『プリン』


「…………♡」


 注文。


 店員は、少し離れたところからその様子を見ていた。


 ◇


 しばらくして。


 店内に軽快な音楽が流れた。


『ご来店中の皆様へお知らせいたします!』


「?」


 杏々は、茶碗蒸しを食べながら顔を上げる。


『まもなく、本日最後のファイター交流イベントを開催いたします!』


 壁の大型モニターの表示が変わる。


『ファイター協会公認


 FIGHTER CHALLENGE!』


『本日の勝利報酬


 職人おまかせ 極上五貫盛り』


「…………!」


 杏々の手が止まる。


 画面には、大トロ、うに、いくら、赤えび、炙りのどぐろ。


「…………」


 ごくり。


『正規登録ファイター限定イベントです』


『参加希望者が複数の場合、ファイトにより勝者を決定します』


『勝者には極上五貫盛りを無料提供!』


『獲得した提供権は、正規登録ファイター間に限り譲渡可能です』


「…………」


 杏々は、じっと画面をみる。


 近くにいた店員へ聞く。


「これ」


「はい?」


「無料なの?」


「はい。こちらは協会との共同イベントなんです」


「協会?」


「ファイターに興味を持ってもらうための交流企画ですね」


 店員がモニターを指す。


「イベント運営費や食材費の一部を協会が補助してくれているので、お店としても開催しやすいんですよ」


「へぇ」


「一般のお客様にもファイトを見て頂いて、『ファイターって楽しそうだな』と思ってもらえたら、という企画で――」


「勝ったらお寿司もらえる?」


「…………」


「?」


「はい」


「やる」


「説明、そこしか聞いてませんでした?」


「聞いてたよ」


「本当ですか?」


「お寿司」


「そこです!」


 杏々は、もう参加する気だった。


 ◇


 参加受付。


 杏々がファイター資格証を提示する。


「確認できました」


「うん」


「では、参加者として登録しますね」


「お寿司」


「勝ったらです」


「うん」


 その時。


「俺も参加で」


「…………?」


 後ろから聞いたことのある声が聞こえた。杏々が振り返る。


「…………」


 男が杏々を見る。


「…………」


「…………」


「なんか言えよ」


「バインミーの人」


「やっぱそれで覚えてんのかよ!」


 以前。


 最後のバインミーを巡ってファイトした男。


 その時は。


 まだバインミーを食べたことのない一般客へ譲るため、二人でファイトを途中でやめた。


「また会った」


「こっちの台詞だよ」


「お寿司食べに来たの?」


「ああ」


「私も」


「見れば分かる」


 男が杏々の横を見る。


 皿がすでにかなりの枚数積み重なっている。


「……お前、何皿食った?」


「分かんない」


「怖ぇよ」


 男はモニターを見る。


「極上五貫、狙ってるんだろ?」


「うん」


「俺も」


「…………」


「…………」


「じゃあ」


「ファイト?」


「今度こそな」


「今度こそ?」


「前は途中で終わっただろ」


「うん」


「今日はちゃんと決着つけようぜ」


「分かった」


 杏々は少し考える。


「極上五貫食べたい人来たら?」


「この報酬はファイター限定だから、一般客には譲れないし大丈夫だ」


「そっか」


「今回は最後までやれるだろ」


「うん」


 杏々は少し嬉しそうに頷いた。


「じゃあ、やろ」


「お前、寿司のことしか考えてねぇな?」


「うん」


「認めるんだな」


 ◇


 店内併設のファイトスペース。


 普段はイベントステージとして使われているらしい。


 周囲には安全柵。


 観客席。


 食事中の客たちも、興味津々で集まっている。


『それでは、本日のファイターチャレンジ!』


 店内放送。


『参加ファイターは二名!』


 拍手。


「…………」


 杏々は、少しだけ周囲を見る。


 子ども。家族連れ。若い客。


「ファイターって、こういう感じなんだ」


「すごいね」


「どっちが勝つかな」


 そんな声が聞こえる。


「…………」


 でも。


 杏々が一番見ているのは、イベントスペース横の見本写真の極上五貫。


「おい」


「?」


「俺を見ろよ」


「見てるよ」


「さっきまで寿司見てただろ」


「うん」


「正直すぎんだよ!」


 男が構える。


「前の俺と同じだと思うなよ」


「違うの?」


「お前の戦い方、ちょっと研究してきた」


「…………」


 杏々の目が、少しだけ変わる。


「そうなの?」


「ああ」


「じゃあ、楽しみ」


「……そういうこと、さらっと言うんだよな、お前」


 杏々の姿が変わる。


 小さな身体から。


 長い手足。


 静かに整った重心。


 戦うための姿。


「…………」


 観客席が少しざわつく。


 男も構える。


『双方、準備はよろしいでしょうか!』


「うん」


「ああ」


『それでは――』


 一拍。


『ファイト、開始!』


 ◇


 男が先に動いた。


 一気に距離を詰める。


 拳。杏々は避ける。


 すぐ腕を取ろうとする。


「それ!」


「?」


 男が腕を引く。半身。


 杏々の手が空を掴んだ。


「…………」


「前にやられたからな」


「覚えてたんだ」


「当たり前だろ!」


 逆。蹴り。


 杏々は身体をずらす。


 男は、そのまま追う。拳。蹴り。フェイント。


 前より杏々との距離を意識している。


「…………」


「どうだ!」


「前よりやりにくい」


「だろ!」


 男は嬉しそうだった。


「ずっと腕取られて投げられてたまるか!」


「…………」


 杏々は少し考える。そして。


「じゃあ」


「?」


「腕取らない」


「……え?」


 杏々が入る。速い。


「っ!」


 男が反応する。腕を守る、その瞬間。


 杏々の足が、男の前足へ触れた。


「うおっ!?」


 重心が崩れる。


「そっち!?」


「腕守ってたから」


「くそっ!」


 男は、なんとか立て直す。


「それなら!」


 今度は足も警戒する。


 杏々は男を見る。


「…………」


「なんだよ」


「いっぱい守ってる」


「お前がどこから来るか分かんねぇからだよ!」


「そっか」


 杏々が一歩。


「じゃあ」


 もう一歩。


「全部じゃないところ」


「何――」


 掌。


「!」


 男が防ぐ。


 杏々は触れる。押さない。流す。


 男の腕が外へ流れる。懐が空く。


「しまっ――」


 杏々の肩が、軽く、胸元へ。


 ドンッ!


「ぐっ!」


 男が三歩下がる。


「…………」


 止まる。まだ倒れない。


「やるな……」


「そっちも」


「前より強い?」


「前より考えてる」


「褒めてんのか、それ」


「うん」


「ならいい!」


 ◇


 観客席が盛り上がる。


「すごい!」


「ファイターって、あんなに動くんだ!」


「やってみたい!」


 イベント担当の店員は、少し嬉しそうに二人を見ていた。


 協会がこのイベントへ補助を出している理由。


 それは、こういう瞬間のためでもあった。


 誰かが見て。興味を持つ。


 ファイターになれば、食べ物を奪える。そんな制度ではない。


 ルールの中で競い、勝っても、負けても、最後には同じ店で食事ができる。


 そんな文化を知ってもらうためのイベント。


 そして、今。


 戦っている二人の目的も、非常に単純だった。


 寿司。それだけ。


 ◇


「はぁっ!」


 男が踏み込む。


 杏々は避ける。


 男は、すぐに方向転換した。


「今度は!」


 蹴り。


 杏々は腕で受ける。


 バシッ!


「…………」


 少し、重い。


「入った!」


「受けたよ」


「分かってる!」


 杏々が少しだけ笑う。


「でも、よかった」


「何が?」


「前より当たった」


「だから!」


 男が、もう一度踏み込む。


「俺は成長して――!」


 杏々は、その踏み込みを待つ。


「!」


 腕、今度は取らない。


 肩、触れる。男が前へ出る力を少しだけ横へ。


「うおっ!?」


 男の身体が流れる。


 杏々は横へ回る。足。位置。腰。重心。


「まさか――」


「うん」


 くるり。男の身体が浮く。


「結局投げるのかよぉぉ!!」


 ドンッ!


 安全マットへ着地。


「…………」


 男は仰向けになった。


「くそ……」


 起きようとする。


 杏々は静かに待つ。


「…………」


 男が身体を起こす。


 杏々を見る。


「まだやる?」


「…………」


 数秒。


 そして。男は笑った。


「参った」


『勝負あり!』


 歓声。拍手。


 杏々の姿が、いつもの小さな姿へ戻る。


「勝った」


「そうだな」


 男が立ち上がる。


「前よりはマシだったろ?」


「うん」


「次はもっとやるからな」


「うん」


「……相変わらず張り合いねぇな」


「でも」


「ん?」


「楽しかった」


「…………」


 男が少しだけ止まる。


「そりゃどうも」


 杏々は、すぐ横を見る。


「お寿司」


「余韻!」


「?」


「もういいよ!」


 ◇


『それでは勝者へ、本日の特別報酬です!』


 職人が一枚の皿を運んでくる。


「…………」


 杏々は完全に集中していた。


 大トロ。


 うに。


 いくら。


 赤えび。


 炙りのどぐろ。


「…………♡」


「職人おまかせ、極上五貫盛りです!」


 杏々の前へ置かれる。


「わぁ……」


 さっきのファイトより。


 明らかに目が輝いている。


 男が横から見る。


「……そんなに顔変わる?」


「お寿司」


「分かってるよ」


 店員が説明する。


「なお、こちらの提供権は規約上、正規登録ファイターの方に限り譲渡も可能です」


「…………」


 杏々は男を見る。


「…………」


 男も杏々を見る。


「…………」


 杏々が言う。


「ファイターなら、あげてもいいんだって」


「……お?」


 男の目に、少し期待が浮かぶ。


「まさか、お前――」


「でも」


「うん」


「私、食べたいからあげない」


「期待させんな!!」


「?」


「最初からそう言え!」


「食べる?」


「譲らないんだろ!」


「うん」


「じゃあ聞くな!」


 杏々は納得した。


「そっか」


「くっそ……極上五貫……」


 男が悔しそうに呟く。


 杏々は皿を見る。


 そして。


「いただきます」


 まず、大トロ。


 ぱく。


「…………」


 ゆっくり。


 目を閉じる。


「…………♡」


 舌の上で。


 脂がほどける。


「とろける」


「実況すんな……」


 男は横で、普通のまぐろを食べている。


 杏々は次に、うにを口へ運ぶ。


「…………!」


 甘い。


 濃い。


「これ好き」


「俺も食いたかった……」


 いくら。


「ぷちぷち」


「知ってる」


 赤えび。


「甘い」


「くっ……」


 最後。炙りのどぐろ。香ばしい皮。


 脂。酢飯。


「…………」


 杏々は、ゆっくり噛む。


「おいしい」


「……そうかよ」


 皿が空になる。


「ごちそうさまでした♪」


 男がため息をつく。


「満足したか?」


「うん」


「じゃあ俺は普通に食って帰るかな」


「…………」


 杏々。


「なに?」


「お寿司食べよ」


「今食っただろ」


「これはファイターのお寿司」


「…………」


「次は普通のお寿司」


「お前、さっきから普通の寿司も大量に食ってたよな?」


「うん」


「…………」


「食べる?」


 男は少し考える。


「…………食う」


「うん」


 二人はカウンター席へ戻った。


 ◇


「まぐろ」


「俺、サーモン」


「えんがわ」


「赤えび」


「穴子」


「炙りサーモン」


「いくら」


「お前、まだ加速すんの!?」


「?」


 二人の前へ。


 お寿司が次々と運ばれてくる。


「…………♡」


 杏々が食べる。


「うま」


 男も食べる。


「…………」


 少し前まで。


 ファイトしていた。


 でも。


 今は。


 ただ二人でお寿司を食べている。


「これ美味しい」


 杏々が言う。


「どれ?」


「炙りえんがわ」


「じゃあ俺も頼む」


「うん」


 男が少し食べる。


「……あ、これうまいな」


「でしょ?」


「だから、なんでお前が得意げなんだよ」


「美味しいから」


「前にもこれ言った気がするんだけど」


「?」


「覚えてないか」


「バインミー」


「そこは覚えてんだよな!」


 杏々は、次のお寿司を口へ運ぶ。


 ぱく。


 ◇


 しばらくして。


 男が杏々の横を見る。


「…………」


 皿。


「おい」


「?」


「今、何皿?」


「分かんない」


「店員さん」


 男が店員を呼ぶ。


「あの、今この子、何皿くらい食ってます?」


「少々お待ちください」


 店員が端末を確認する。


「現在」


「うん」


「八十七皿ですね」


「…………」


 男が止まる。


「は?」


「八十七」


 杏々は少し考える。


「あと十三」


「なんで!?」


「百」


「目標にすんな!!」


「ちょうどいい」


「何が!?」


 杏々はタッチパネルを操作する。


「まぐろ」


 注文。


「サーモン」


 注文。


「えんがわ」


「おい」


「赤えび」


「聞け!」


「穴子」


「まだ食うの!?」


「回転寿司だから」


「理由になってねぇよ!」


「?」


 杏々は首を傾げながら、流れてきたサーモンを取る。


「いただきます」


「いや今さら!?」


 ぱく。


「…………♡」


 今日も、杏々のおさんぽはとても美味しかった。


 そして、店内では。


『ファイターに興味のある方は、協会公式案内をご覧ください!』


 イベント案内が流れている。


 一人の子どもが。


 さっきのファイトスペースを見ながら呟いた。


「ファイターって楽しそう」


 その横で杏々は。


「九十二」


「自分で数え始めた!?」


「あと八」


「本当に百まで食う気かよ!」


 お寿司は、まだまだ回っていた。


 ――そして。


 いつもの『杏々ちゃんねる』へと続いていく。

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