4食目 おさんぽケバブ♪
4コマ
https://x.com/anano3po/status/2094084113259270234
昼下がり。
杏々は今日も、あてもなく街を歩いていた。
いつもの小さな身体。
左右のお団子頭を揺らしながら。
てくてく。
てくてく。
雑貨屋。
古着屋。
カフェ。
見慣れない文字の看板。
この辺りは、いろいろな国の店が集まっているらしい。
「…………」
杏々が歩く。
その足が。
ぴたり。
止まった。
「……お肉」
風に乗ってきた。
香ばしい匂い。
肉。
香辛料。
焼けた脂。
「…………!」
杏々の顔が上がる。
少し先。
大きな肉の塊が、縦向きの串に刺さって回っていた。
じゅう。
じゅう。
表面が焼けるたび。
店員が長いナイフで薄く削いでいく。
『KEBAB』
「ケバブ……♡」
杏々の目的地が決まった。
◇
「いらっしゃい!」
「ケバブください!」
「ソースどうする?」
「どれが美味しい?」
「全部美味いよ」
「…………」
杏々が真剣な顔になる。
難題だった。
「甘口」
「うん」
「中辛」
「うん」
「辛口」
「うん」
「ヨーグルト」
「うん」
「ガーリック」
「うん」
「全部」
「全部?」
「全部かけられる?」
「混ぜるの!?」
「だめ?」
店員が少し考える。
「……まあ、できるけど」
「じゃあ全部♪」
「チャレンジャーだなあ」
杏々は期待に満ちた顔で待つ。
パン。
野菜。
たっぷりの肉。
さらに肉。
そして。
ソース。
ソース。
ソース。
ソース。
ソース。
「お待ち!」
「わぁ……♡」
ずっしり。
普通より明らかに重量感のあるケバブ。
杏々は両手で持った。
「いただきます!」
ぱくっ。
「…………!」
肉。
香ばしい。
野菜。
しゃきしゃき。
甘い。
辛い。
酸っぱい。
にんにく。
「…………?」
いろいろ来る。
「…………」
もぐ。
もぐもぐ。
「おいしい」
「ほんとか!?」
店員の方が驚いた。
「うん」
もう一口。
「味がいっぱいする」
「だろうな!」
杏々は気に入ったらしい。
もぐ。
もぐ。
食べ進める。
◇
「……それ美味しい?」
「ん?」
突然。
隣から声をかけられた。
杏々が見る。
一人の少女。
年齢は杏々とそう変わらないように見える。
すらりとした身体。
後ろで高く結んだ髪。
動きやすそうな服。
手には。
普通のケバブ。
「うん」
「ソース全部入ってるよね、それ」
「うん」
「味ぐちゃぐちゃにならない?」
「いっぱい味する」
「それ褒めてる?」
「?」
少女は杏々のケバブを見る。
杏々も少女のケバブを見る。
「そっちは?」
「辛口」
「辛い?」
「結構」
「一口ちょうだい」
「いきなりだな!」
「だめ?」
「……まあいいけど」
少女がケバブを差し出す。
杏々が少し食べる。
「…………」
一秒。
二秒。
「辛い」
「だから言ったじゃん」
「でも美味しい」
「でしょ?」
今度は少女が杏々のケバブを見る。
「じゃあ、そっちも」
「うん」
杏々が差し出す。
一口。
「…………」
「どう?」
「…………」
「?」
「情報量多いな」
「美味しいよ」
「不味くはないんだけどさ……」
二人はそのまま。
なんとなく隣り合ってケバブを食べた。
特に話すこともなく。
ただ。
肉を食べる。
「…………」
「…………」
もぐ。
もぐ。
先に食べ終わったのは。
「ごちそうさまでした」
杏々だった。
「早っ」
「?」
「私より後から食べ始めたよね?」
「そうだっけ」
「そうだよ」
少女はまだ半分ほど残っている。
「美味しかったから」
「それで説明つくの?」
「うん」
「そっか……」
少女は少しだけ笑った。
「じゃあ私も食べよ」
「うん」
杏々は急かさない。
そのまま。
近くのベンチに座った。
待っているわけでもない。
次に何を食べようか。
周囲の店を見ているだけだった。
◇
「ごちそうさま」
数分後。
少女も食べ終える。
「美味しかった」
「うん」
杏々が頷く。
そのとき。
「よし!」
ケバブ屋の店員の声。
二人が振り返る。
「今日の肉、あと一人前くらいだな!」
「…………」
「…………」
二人の視線。
回っている肉へ。
じゅう。
「…………」
「…………」
そして。
二人同時。
「もう一個ください」
「もう一つ」
店員が止まった。
「…………」
杏々。
少女。
見る。
「…………」
「…………」
店員が肉を見る。
「悪い」
量を見る。
「どっちか一人分だな」
「…………」
杏々が少女を見る。
少女も杏々を見る。
「食べるの?」
「食べるよ」
「さっき食べたよ?」
「それはお互い様でしょ」
「そっか」
「そっかじゃない」
「…………」
二人とも。
譲る気配がない。
ただし。
怒っているわけでもない。
食べたい。
それだけである。
「じゃんけん?」
杏々が言う。
「それでもいいけど」
少女が。
杏々をじっと見る。
「…………」
「?」
「さっきから気になってたんだけど」
「なに?」
「立ち方」
「?」
「あと歩き方」
「?」
「普通じゃない」
「普通だよ」
「いや」
少女が笑う。
「あなた、ファイターでしょ?」
「うん」
あっさり。
「やっぱり」
「そっちも?」
「うん」
少女がスマートフォンを取り出す。
「正規登録済み」
公式資格証。
杏々もスマートフォンを取り出す。
「私も」
二人が互いの画面を見る。
「…………」
少女の視線が。
杏々の資格証で止まる。
「……ん?」
「?」
「その印章」
「黄色」
「…………」
「同じ?」
少女は一度。
杏々を見る。
もう一度。
画面を見る。
「…………」
「?」
「……まあいいか」
「?」
少女はスマートフォンをしまった。
「じゃあちょうどいい」
「なにが?」
「最後の一個」
ケバブを指差す。
「ファイトで決めない?」
「…………」
杏々が肉を見る。
もう食べ終わっている。
店側も。
「うちは構わないよ」
店員が笑う。
「ちゃんと二人とも納得してるならね」
「だって」
「…………」
杏々は考える。
最後の肉。
美味しかったケバブ。
「やる」
「即決」
「食べたいから」
「私も」
少女が笑った。
「じゃあ条件は簡単」
「勝った方が最後のケバブを買える」
「うん」
「負けた方は文句なし」
「うん」
「途中で腹減ったとか言って取り返しに来るのもなし」
「そんなことしないよ」
「念のため」
双方。
条件確認。
正式に合意。
ファイト成立。
「ところで」
杏々が聞く。
「名前は?」
「今聞く?」
「呼び方わかんない」
「それはそうか」
少女が答える。
「凛」
「りん」
「そう」
「私は杏々」
「杏々ね」
凛が少し笑う。
「覚えた」
◇
近くのファイトスペース。
簡易的な柵。
十分な広さ。
店員は最後のケバブ用の肉を残したまま。
興味深そうに二人を見ている。
「ケバブ冷める前に終わらせよう」
凛が言った。
「まだ作ってないよ」
「そういう意味じゃない」
「?」
「まあいいや」
凛が構える。
杏々も前に立つ。
空気が変わる。
小さかった杏々の身体が。
戦うための姿へ切り替わる。
長い手足。
引き締まった身体。
低く安定した重心。
「…………」
凛が目を細めた。
「へぇ」
「なに?」
「いや」
凛も構えを深くする。
「面白そうだなって」
「?」
「行くよ」
「うん」
開始。
◇
凛が。
消えた。
「……!」
速い。
杏々の正面から。
一気に左。
踏み込み。
蹴り。
杏々が腕を上げる。
バンッ!
「…………!」
重い。
杏々の腕がわずかに弾かれる。
そのまま。
凛が着地。
逆方向へ。
もう一度。
蹴り。
杏々が身体を反らす。
鼻先。
足が通過する。
「……速い」
「ありがと!」
着地。
すぐ前へ。
今度は拳。
杏々が受け流す。
凛の身体が。
その流れに逆らわない。
「!」
そのまま回る。
肘。
杏々が半歩下がる。
「へぇ」
凛が笑う。
「避けるね」
「当たりたくないから」
「普通そうだよ!」
凛が入る。
一発。
二発。
拳。
蹴り。
距離が変わる。
杏々が思う。
(上手)
今までの相手とは。
少し違う。
力任せではない。
速いだけでもない。
杏々の反応を見ながら。
次を変えている。
「そこ!」
凛の前蹴り。
杏々が横へ。
その動きを。
凛は見ていた。
「――!」
蹴り脚を途中で引く。
着地。
踏み込み直す。
拳。
「……!」
杏々が腕を上げる。
間に合う。
だが。
凛の拳が。
途中で止まった。
「?」
下。
脚。
ドッ!
「っ!」
杏々の脇腹へ。
蹴り。
杏々の身体が横へ流れる。
一歩。
二歩。
「…………」
止まる。
周囲が少しざわついた。
凛は追わない。
「入った」
「…………」
杏々が。
自分の脇腹を見る。
痛い。
ちゃんと。
当たった。
「大丈夫?」
「うん」
「なら続ける」
「うん」
杏々が顔を上げる。
さっきまでより。
少しだけ。
目が楽しそうだった。
「…………」
凛が気づく。
「なに?」
「もう一回」
「え?」
「今の」
「いや」
凛が笑う。
「同じの二回食らうつもり?」
「今度は避ける」
「そういう意味か!」
凛が再び踏み込む。
「じゃあ行くよ!」
「うん!」
拳。
杏々が流す。
蹴り。
杏々がかわす。
さっきと同じ。
杏々が横へ。
凛が切り替える。
「そこ!」
下段。
だが。
杏々は。
既にそこにいない。
「!」
凛の目の前。
杏々。
懐。
「早――」
掌。
胸元。
ドッ!
「っ!」
凛が後退する。
二歩。
しかし。
すぐ止まる。
「なるほど」
「?」
「一回見れば対応するんだ」
「そうかな」
「自覚ないの?」
「ない」
「……厄介」
言いながら。
凛は笑っていた。
◇
また。
二人がぶつかる。
凛の蹴り。
杏々の掌。
拳。
受け。
歩法。
間合い。
攻撃。
反撃。
今までのファイトより。
明らかに。
杏々が動いている。
「はっ!」
凛。
高い蹴り。
杏々が沈む。
凛はそのまま。
跳ぶ。
「!」
空中。
身体を回す。
二撃目。
杏々。
腕で受ける。
バンッ!
大きな音。
杏々の身体が押される。
「どう!」
「強い」
「素直だね!」
「ほんとだから」
杏々が前へ。
掌。
凛が流す。
「!」
今度は。
杏々の動きを。
凛が利用する。
腕を取る。
「取った!」
身体を回す。
投げ。
だが。
「…………!」
杏々の足。
地面から離れない。
「重っ――」
「軽いよ」
「そういう重さじゃない!」
杏々。
腕を返す。
「っ!」
凛の手首。
外れる。
逆に。
杏々が腕を取る。
「まず――」
重心。
崩す。
凛の身体が傾く。
だが。
倒れない。
足。
一歩。
強引に支える。
「まだ!」
凛が肘を返す。
杏々が離れる。
「…………」
二人。
距離。
「ふぅ」
凛の息が。
少し乱れている。
杏々も。
呼吸が。
ほんの少しだけ深い。
「楽しい?」
凛が聞いた。
「?」
「顔」
「顔?」
「さっきより楽しそう」
「…………」
杏々は考える。
「そうかも」
「やっぱり」
「凛、強いから」
「…………」
凛が。
一瞬黙る。
「それ」
「?」
「結構嬉しいな」
「そう?」
「そう」
構える。
「でも」
凛の目が鋭くなる。
「負けるつもりはない」
「私も」
「ケバブ欲しい?」
「欲しい」
「じゃあ」
凛が笑う。
「決めよう」
◇
二人。
同時。
前へ。
凛。
最速の踏み込み。
杏々。
正面。
拳。
杏々が流す。
凛は止まらない。
蹴り。
杏々が避ける。
次。
さらに次。
「はぁっ!」
連続。
杏々。
一歩。
二歩。
下がる。
「逃がさない!」
凛。
踏み込む。
杏々の背後。
柵まで。
まだ距離はある。
だが。
「…………」
杏々の足が。
止まる。
「!」
凛が気づく。
来る。
杏々。
前へ。
「っ!」
凛の拳。
杏々が。
受けない。
身体。
ほんの少し。
ずらす。
拳が頬の横。
同時。
杏々の手。
凛の腕へ。
「しま――」
触れる。
流す。
肘。
肩。
杏々。
懐へ。
凛が反応する。
膝。
上げる。
杏々は。
その膝へ。
掌。
押す。
「!」
重心。
一瞬。
浮く。
杏々。
一歩。
腰。
「ちょ――」
凛の身体が。
宙へ。
「わっ!?」
投げ。
ドンッ!
「っ……!」
地面。
しかし。
杏々は手を離さない。
凛の腕を制したまま。
追撃できる位置。
「…………」
凛も分かった。
ここから。
逃げられない。
「…………」
数秒。
「……参った」
杏々が。
すぐ手を離す。
「終わり?」
「終わり」
凛が地面へ寝転がる。
「はぁ~~……」
空を見る。
「負けたぁ」
「強かったよ」
「慰め?」
「ほんと」
「ならいいけど」
凛は。
少し悔しそうで。
でも。
笑っていた。
◇
「お待ち!」
最後のケバブ。
肉。
たっぷり。
杏々が受け取る。
「わぁ……♡」
凛が横で見る。
「…………」
杏々。
ケバブを見る。
凛を見る。
またケバブを見る。
「…………」
「何?」
「一口食べる?」
「いいの?」
「うん」
「私、負けたんだけど」
「でも」
杏々が言う。
「美味しいのは一緒に食べた方がいいでしょ」
「…………」
凛が。
少しだけ目を丸くした。
「……じゃあ」
「うん」
「一口だけ」
杏々が差し出す。
凛が食べる。
「…………」
「美味しい?」
「うん」
「よかった」
杏々も。
ぱく。
「ん~~♡」
凛はそれを見る。
「…………」
さっき。
あれだけ戦った。
負けた。
悔しい。
なのに。
今は。
妙に。
悪くない。
「杏々」
「ん?」
「また会ったら」
「うん」
「もう一回やろう」
「ファイト?」
「そう」
「何賭ける?」
「そこから!?」
「?」
凛は少し考える。
「……次に会ったとき決めよう」
「わかった」
「次は勝つから」
「うん」
「…………」
凛が少し眉をひそめる。
「そこは『次も私が勝つ』とか言わないの?」
「まだわかんないし」
「……私が勝つかもしれないって?」
「うん」
「凛、強いから」
「…………」
凛は一瞬黙った。
それから、小さく笑う。
「ほんと、変な子」
「?」
「まあいいや。次は絶対勝つ」
「うん。楽しみにしてる」
杏々はまたケバブを食べる。
「おいしい」
「……結局それなんだ」
「うん」
◇
「じゃあ私こっちだから」
「うん」
食べ終わったあと。
二人は道の分かれ目にいた。
「またね」
「また」
凛が歩き出す。
三歩。
「…………」
止まる。
「杏々」
「ん?」
振り返る。
「一個だけ聞いていい?」
「なに?」
「本当に」
凛が少しだけ真面目な顔になる。
「自分の印章、黄色だと思ってる?」
「?」
杏々がスマートフォンを出す。
資格証。
印章。
見る。
「黄色でしょ」
「…………」
「違う?」
凛は。
杏々を見る。
「…………」
何かを言おうとして。
やめた。
「いや」
「?」
「なんでもない」
「そう?」
「うん」
凛が手を振る。
「じゃあね」
「ばいばい」
杏々も手を振る。
そして。
凛が見えなくなる。
◇
「…………」
一人になった凛。
歩きながら。
自分のスマートフォンを取り出す。
ファイター資格証。
自分の印章を見る。
そして。
思い出す。
杏々の資格証。
「…………」
色。
質感。
光。
どう見ても。
自分のものとは違う。
「……何なんだろ、あの子」
凛が呟く。
少し。
口元が上がる。
「でも」
拳を握る。
「次は勝つ」
まだ。
ライバルでも。
宿敵でもない。
ただ。
今日たまたま。
同じケバブを食べ。
同じ最後の一個を欲しがり。
戦った。
一人のファイター。
それだけだった。
◇
一方。
杏々は。
「…………」
別の店の前で。
もう止まっていた。
『トルコアイス』
「…………♡」
さっきまで。
強いファイターと戦っていたことなど。
すっかり頭の外。
「これ食べよ」
今日も。
おさんぽは。
まだ終わらない。
――そして。
いつもの『杏々ちゃんねる』へと続いていく。




