第4話 「参謀本部からの使者」
ダミアン中尉の報告書がどれほどの速さで前線から本国へ送られたのか、レンには知る由もなかった。ただ、榴弾砲の一件からわずか三日後、基地に一台の軍用車が到着したことだけは確かだった。
「黒崎レン、出頭せよ」
呼び出しを受け、テントの外に出たレンを待っていたのは、見慣れない軍服の一団だった。先頭に立つのは、灰色がかった金髪を短く整えた女性士官。年齢は二十代半ばだろうか、眼鏡の奥の目は、値踏みするように鋭かった。
「参謀本部特務課、ヴェルミナ・ロークハルト少佐だ」
淡々とした自己紹介だった。感情の起伏をあまり感じさせない声音に、レンは思わず背筋を伸ばす。
「貴官の恩寵に関する報告書を読んだ。木の盾一枚で榴弾の爆風を防いだというのは事実か」
「え、あの、防いだというか……盾自体はひび割れてしまって」
「防いだかどうかを聞いている。結果を聞いているのであって、貴官の謙遜を求めているのではない」
にべもない返答に、レンは思わず口を噤んだ。ヴェルミナは手元の書類に視線を落としたまま、続けた。
「貴官の恩寵《アイテム超強化》は、対象への理解度に応じて効果が変動する――そういう性質のものだと聞いている。相違ないか」
「はい、その通りだと思います」
「ならば話が早い。貴官には、参謀本部直轄の特務部隊への転属を命じる」
あまりに急な話に、レンは目を丸くした。
「て、転属……ですか。でも、自分は戦闘の役に立つような力は」
「役に立つかどうかは、こちらで判断する」
ヴェルミナはそこで初めて、わずかに口の端を上げた。それが笑みなのかどうか、レンには判断がつかなかった。
「貴官の力の本質は、破壊力ではない。理解と応用の速度だ。前線の消耗品として使い潰すには、あまりにも惜しい」
その時、天幕の入り口に、もう一人の人影が現れた。すらりとした長身、金の巻き毛を軍帽の下にまとめた若い女性士官だった。腰には、儀礼用にしては使い込まれた軍刀を帯びている。
「ロークハルト少佐、輸送の準備が整いました」
「ご苦労、フォン・ヴァンダール士官候補生」
名前を呼ばれた女性は、レンの方へちらりと視線を向けた。値踏みするような、どこか挑むような目つきだった。
「この者ですか。榴弾砲の直撃に耐えたという」
「そうだ。今日から、貴官の部隊に同行させる」
「……冗談でしょう。剣も握れない男を、私の部隊に?」
レティーツィア・フォン・ヴァンダール――後にそう名乗ることになる彼女は、あからさまに眉をひそめた。
「私は軍刀術の家系の生まれです。実戦経験もない、ただの偶然で恩寵を得ただけの男を、対等に扱うつもりはありません」
「対等に扱えとは言っていない」
ヴェルミナは表情を変えずに切り返す。
「護衛せよとも言っていない。ただ同行させ、その恩寵の運用を検証せよと言っている」
レティーツィアは不満げに唇を結んだが、それ以上は反論しなかった。上官の命令には従う、という一線は守るつもりのようだった。
「……分かりました。ですが」
彼女はレンに向き直り、まっすぐに見据えた。
「足手まといになるようなら、容赦なく置いていきます。よろしいですね」
「あ、はい。ご迷惑をおかけしないよう、頑張ります」
あまりに素直な返事に、レティーツィアは拍子抜けしたような、それでいてどこか苛立たしげな表情を浮かべた。
「……変な人ですね、あなた」
「よく言われます」
小さく笑ったガイウスの声が、天幕の外から聞こえた。いつの間にか、彼もこの場に呼ばれていたらしい。
「レン、俺も一緒に行くことになった。お前一人じゃ、何かと危なっかしいからな」
「ガイウスも……?」
「ロークハルト少佐のご配慮でな。恩寵の運用検証には、身体能力に優れた護衛が必要だとよ」
ヴェルミナは特に否定も肯定もせず、書類を鞄にしまいながら踵を返した。
「出発は明朝だ。行き先は、大陸兵器開発局――通称、第七工廠。貴官の恩寵を、初めて『兵器』に対して試してもらう」
その言葉に、レンの胸の奥で何かがざわついた。
これまでは、錆びたナイフと木の盾。目の前の脅威から、自分と仲間を守るための強化だった。だが、これから向かう先にあるのは、もっと大きな何か――戦車であり、戦闘機であり、この大陸大戦の帰趨そのものを左右しかねない、巨大な鋼の塊たちだ。
「……俺に、務まるんでしょうか」
思わず漏れた呟きに、ヴェルミナは足を止めることなく、背を向けたまま答えた。
「務まるかどうかではない。務めさせる。それが、私の仕事だ」
天幕の外では、いつの間にか陽が傾き始めていた。第七工廠へと向かう長い道のりの、最初の一歩が静かに刻まれた瞬間だった。




