第5話 「第七工廠」
第七工廠は、大陸中央部の谷間に築かれた巨大な複合施設だった。
高い煙突が林立し、昼夜を問わず黒煙を吐き出している。敷地内には無数の引き込み線が走り、組み上げの途中の戦車や、翼だけがずらりと並んだ格納庫が見える。エイゼンライヒ国が誇る兵器開発の中枢であり、大陸大戦を見据えた最新技術が、ここに集約されているのだという。
「……すごい規模ですね」
輸送車から降り立ったレンは、思わず呟いた。隣に立つガイウスも、口笛を吹きそうな顔で施設を見渡している。レティーツィアだけは、慣れた様子で先を歩いていた。
「フォン・ヴァンダール家の者は、代々この施設との関わりが深いのです。父も、祖父も、ここで軍刀の性能試験に立ち会ってきました」
「へえ……」
「感心している場合ではありません。ロークハルト少佐がお待ちです」
急かされるように、レンたちは工廠の奥へと案内された。
出迎えたのは、ヴェルミナと――もう一人、白髪交じりの髭を蓄えた、痩身の老人だった。作業着の胸には無数の焼け焦げやオイルの染みがあり、片眼鏡越しの目は、好奇心に満ちた光を宿している。
「これはこれは。噂の『道具強化』の恩寵持ちかね」
老人は杖代わりのスパナを片手に、レンの周りをぐるりと一周した。
「ドルシス・ヴァイエルン。この工廠の主任技術者をしておる」
「黒崎レンです。よろしくお願いします」
「うむうむ。……ふむ、面白い目をしておる」
ドルシスはそう呟くと、ヴェルミナに向き直った。
「して、少佐。今日は何を試させるおつもりかな」
「これだ」
ヴェルミナが指し示した先――工廠の中央に据えられていたのは、鈍色に輝く一台の中戦車だった。履帯は太く、主砲の砲身は長い。だが、その傍らに立つ整備兵たちの表情は、あまり明るくなかった。
「これは……」
「試作三号戦車『グライフ』だ。装甲・機動力は既存の戦車を上回る設計だが、主砲の貫通力に難がある。実戦投入の目処が立たず、開発は停滞している」
ドルシスが渋い顔で頷いた。
「儂らの技術では、これが限界でな。装甲厚を増やせば重量が増して機動が死ぬ。主砲を強化すれば、今度は砲身がもたん。堂々巡りよ」
ヴェルミナはレンを見据えた。
「貴官の恩寵で、この限界を超えられるか」
レンは、目の前の戦車を見上げた。錆びたナイフや木の盾とは、比較にならないほどの巨大さと複雑さだ。無数の部品、装甲板の継ぎ目、砲身の内部構造――どこから理解すればいいのか、見当もつかなかった。
「あの……正直に言うと、自信はありません。ナイフや盾とは、規模が違いすぎます」
「知っている。だからこそ、ここに連れてきた」
ヴェルミナは意外なことを言った。
「貴官の恩寵は理解度に応じて効果が変わる。ならば、答えは単純だ――理解すればいい」
「理解、と言われても……戦車の設計図なんて、見たこともなくて」
「ならば、見せてやろう」
ドルシスが、皺だらけの顔ににやりと笑みを浮かべた。
「儂と、儂の弟子どもがこの戦車に注ぎ込んだ知恵の全て――設計図から、部品一つ一つの由来、鋼材の配合比まで、洗いざらい教えてやる。何日かかっても構わん。お前さんの頭に、この鋼鉄の塊の全てを叩き込んでやろうじゃないか」
その日から、レンの「工廠生活」が始まった。
朝から晩まで、ドルシスや若い技術者たちに囲まれ、戦車の構造を叩き込まれる日々。装甲板の圧延方法、エンジンの燃焼効率、主砲の内腔にかかる圧力――専門用語だらけの説明に、最初は頭が追いつかなかった。それでも、レンは食らいついた。分からない箇所は何度も聞き返し、時には自分の手で工具を握り、実際に部品を分解させてもらうこともあった。
「お前さん、筋はいいな」
一週間ほど経った頃、ドルシスがぽつりと呟いた。
「戦闘の才はからきしだろうが、モノを理解する才は本物だ。儂が長年見てきた技術者の卵の中でも、指折りかもしれん」
「そんな、大げさですよ」
「大げさなものか。……よし、そろそろ試してみるか」
工廠の試験場に、試作三号戦車『グライフ』が運び込まれた。周囲には、ヴェルミナ、レティーツィア、ガイウス、そしてドルシスとその部下たちが見守る中、レンは車体に手を触れた。
一週間かけて積み上げた理解が、頭の中で像を結ぶ。装甲板の一枚一枚がどんな鋼材で、どんな熱処理を経ているか。エンジンのシリンダーがどんな爆発を繰り返して動力を生み出しているか。主砲の砲身が、どれほどの圧力に耐えるよう設計されているか――その全てが、今、レンの中で繋がっていくのを感じた。
「……強く、なれ」
呟いた瞬間、車体全体が、これまでにない強さの光を帯びた。
装甲板の継ぎ目が、まるで一枚の鋼のように滑らかに融合していく。エンジンの唸りが、一段も二段も低く、重く変わる。そして――砲身が、ぎしり、と音を立てて僅かに伸びたように見えた。
「な……」
ドルシスが、片眼鏡を落としそうになりながら目を見開いた。
「馬鹿な、貫通力の理論値が……儂の計算の、三桁は違うぞ」
試験場に静寂が満ちた。レンは、光が収まっていく戦車を見つめながら、荒い息を吐いた。まだ、この力の底が見えない。ただ一つ分かるのは――理解を積み重ねれば、この鋼の塊は、まだいくらでも強くなれるということだった。
「……見ものだな」
レティーツィアが、初めて感心したような声で呟いた。ガイウスは、腕を組んだまま、満足げに口の端を上げている。
ヴェルミナだけが、変わらぬ無表情のまま、手元の記録簿に何かを書きつけていた。だがその筆先は、いつもより幾分か速かった。
第七工廠での日々は、まだ始まったばかりだった。




