9. レイからの宿題
クリスティーナは、留学するまでの課題として、レイから宿題を出されていた。レイから出された宿題は、留学するまでに、体力をつけ、身を守るための術を身につけることだった。
「クリスティーナ、君はかなり大きな魔力を持っている。君が光魔法の魔術師となった暁には、あらゆるところから狙われることになるだろう。誘拐、監禁、様々なことが考えられる。大きな光魔法を持つ者はそれだけの価値があるんだ。危篤にある者を治したり、貴重なポーションや薬を調合できるからね。だから、ここグリモード伯爵家に居る間に、身を守る術を身に付けなさい。
そして、大きな魔法を使用するには、かなりの体力が必要になる。重くて長い剣を振り回した時に、体力や筋力が無ければ剣に振り回されてしまうだろ。それと同じく、自分の魔力に振り回されないように体力をつけて身体を鍛えることは重要なんだよ。魔術が学びたければ、まずは留学するまでの間に身体を鍛えておきなさい。これが、私からの宿題だ」
レイがグリモード伯爵家を訪れた際にクリスティーナに出した宿題。クリスティーナは、光魔法の魔術師になるということの現実を知り、覚悟を決めた。
「やるからには、絶対に光魔法の特級魔術師になる!」
(そこから先は、自分がまだどうしたいのか分からないけど、とにかく今、私がやりたいのはキレッキレの魔術師になることだ)
身体を鍛えるため、そして身を守る術を身に付けるため、クリスティーナは、本格的に伯爵家の暗部の訓練を受けることを決めた。
クリスティーナは、出された宿題を熟すために、毎朝、日の出前に起床し、自分で身支度を整え、家の周りを10周した後、グリモード伯爵家暗部の訓練に参加した。朝の訓練の後は、商会の帳簿の確認をして、王立学院の入学試験のための受験勉強。午後は、セバスからのレイピアや体術の個人指導で、体力の限界を越えるところまで3時間休みなしでの指導。その後は、母からスパルタ指導で光魔法を学ぶ。
セバスには、他の訓練生と同じく手加減無しで指導してほしいとお願いした。そして、暗部の訓練であざだらけになっても、レイピアの特訓で血だらけになっても、クリスティーナは一切の泣き言を言わなかった。娘の覚悟を感じた両親も何も言わずに、見守ってくれていた。母も涙を堪えながら、血だらけの身体に治癒魔法をかけて治してくれた。
クリスティーナは前世で、祖母と二人暮しだった。いじめられて帰宅した私を、祖母は空手道場に放り込んだ。祖母の口癖は、『やられたら倍返しだ』だった。私が国税局で働く事を決めたのも、祖母が、お金に詳しくなれば他人に騙されることもなくなると言ってたからだった。そういえば、前世でも身を守るために必死だったなと、ふと前世の自分を思い出した。
そうして2年が経ち、クリスティーナは11歳になった。
「お父様、御呼びでしょうか?」
クリスティーナが執務室に入ると、父は1通の手紙を渡した。
「えっ、合格通知書!」
ガーラ王立学院からの入学試験の合格通知書だった。
「あぁ、入学の年齢には1年早いが、入学の許可がでたよ。入学試験ではトップだったそうだ。頑張ったな」
クリスティーナは、ガーラ国でも一番難関だといわれているガーラ王立学院に入学を希望した。兄がその学院に通っていることも理由にあったが、経営科の教授が前世の経営学に引けを取らない内容の論文を出していたからだった。その教授の授業を受けてみたいと、暗部の訓練と並行して、必死で試験勉強をしたのであった。
「よかった……。まずはスタート地点に立てた」
♢*♢*♢*♢*♢*
「ガイ、クリスから手紙が届いた!学院の入学試験に合格したって。今年の秋に入学してくるぞ!」
ギルバートとガイは、ガーラ国にあるグリモード伯爵家のタウンハウスから学院に通っていた。当初は学院の寮に入る予定だったが、ガイの仮面の事情から寮生活は難しいということになり、二人でタウンハウスで暮らすことになった。ガイの侍従もメナード辺境伯領に帰し、魔術師となるため自立した生活の訓練も兼ねてのことだった。
「クリスティーナ嬢がこの屋敷に来るんだったら、俺は出て行ったほうがいいな」
「なに言ってんだよ~。クリスは誰がいても気にしないよ。むしろこの屋敷にいて魔法を教えてくれってせがまれるぜ。ガイはここに絶対いてくれ」
「でも、俺、気味悪いしな……」
騎士科でも主席の成績なのにもかかわらず、自己肯定感の低いガイであった……。
「全然、気味悪くないですよ~」
「「はっ?えっ……。えぇ!」」
2人が後ろを振り返ると、クリスティーナが満面の笑みでそこに立っていた。
「ガイ様、初めまして。クリスティーナと申します」
「「えっ……。えぇ!」」
ガイとギルバートは、クリスティーナを見て、唖然とした表情で口をあんぐりと開けて数秒間固まった。
「クリス、なんでもうここにいるんだよ~!」
「へへっ!早くガーラ国に来たくて、手紙を出してすぐに出発してしまいました~」
「クリス、1人で来たのか?侍女も付けずに?」
「そうよ。たぶんお父様は私に影をつけているでしょうけど。私、この2年間、護身の訓練して結構頑張ったのよ~。さっきも私が後ろにいたのに全然気が付かなかったでしょ。かなり気配消すのも上達したのよ」
「マジか!」
「ガイ様、ということで、魔法のご指導お願いいたしますね。あっ、私もお兄様達の朝練に明日から参加いたしますので、体術とレイピアのお相手もお願いします」
「マジでか!」
二人が呆然としていると、セバスの弟子である執事のノアがお茶を持って談話室に入ってきた。
「クリスティーナお嬢様、長旅お疲れ様でした」
「ノア、久しぶりね。向こうの屋敷での訓練の時はお世話になったわね。こちらでの指導もお願いしますね」
「はい。セバス様よりこれからの指導内容をまとめたものが届いておりますので、明朝から始めさせていただきます」
突然現れたクリスティーナと、その話の内容についていけなかったガイは、青い顔になりながらたずねた。
「えっ、……クリスティーナ嬢が、レイピアってどういうこと?」
「あっ、ガイに言ってなかったな。うちの家、裏家業で暗部の仕事、請け負ってるんだわ」
「暗部……」
「私、レイ様から宿題を出されたんです。身体を鍛えて、身を守る術を身に付けなさいって。で、宿題を熟しているところです。ガイ様も、宿題のためにご協力お願いしますね!」
「宿題で、暗部……。でも、女の子がケガとかしたら……」
「あっ、大丈夫です。母に治癒魔法をがっつり叩き込まれたので、血だらけになっても問題ありませんから」
「血だらけ……」
訓練を始めた当初は、母が涙を堪えながら治癒魔法をかけてくれていたが、母は私に治癒魔法を教え込んだ方がいいと覚悟を決め、かなりスパルタな指導を受けたのだった……。
「ですので、手加減無しで訓練のお相手をお願いいたしますね」
クリスティーナは、にっこりと微笑むと「あっ、荷物の荷解きしなきゃ」と、ノアと一緒に部屋を出て行った。
ガイはクリスティーナが部屋を出て行った後も呆然としていたが、ギルバートが申し訳なさそうな顔でガイの背中をポンポンと叩いた。
「ガイ、申し訳ないが、この屋敷に居てくれ……。俺だけじゃ、あいつの相手は無理そうだわ……」
ガーラ国の屋敷に到着したクリスティーナは、長旅の疲れもあってか、夕食を終えると早々に就寝した。談話室に残っていたギルバートとガイは、執事のノアに今までクリスティーナが訓練していた内容を聞いた。ノア曰く、クリスティーナの訓練の内容は凄まじいものだった。血だらけなんて生ぬるい話ではなく、クリスティーナが身体強化と治癒魔法を使えるようになってからはかなり激しい訓練となったらしく、手足がおかしな方向を向こうが、体中にナイフが刺さろうが……という具合だったらしい。指導を受け持っていたセバスも、クリスティーナがどんな敵からも身を守れるように、そしてどんな恐怖にも立ち向かえるように心身を鍛える訓練内容を課していた。自分の孫のようなクリスティーナを鬼のように指導するのはどんなに辛かったか……。周りの者達はそんな二人を陰から支えるように見守り、労わっていたのであった。