6. フェリミアからの相談
王宮でのお茶会から1週間後、グルフスタン伯爵家のフェミリア様から手紙が届いた。
「お嬢様、グルフスタン伯爵家のフェミリア様よりお手紙が届いております」
侍女のリサが手紙とお茶を持って、クリスティーナの自室に入ってきた。
「あら!ちょうど今、私もお手紙を書こうと思ってたのよ」とクリスティーナは、嬉々として手紙を受け取った。
「二人だけのお茶会のお誘いだわ。なになに……、ん、相談事?」
なんの相談かしら?とクリスティーナは首を傾げたが、フェミリア様とまたお話ができるわ!と、すぐに返事を書いた。
数日後、クリスティーナは料理長自慢の焼き菓子と小さなブーケを持ってグルフスタン伯爵家を訪れた。
「クリスティーナ様、ようこそいらっしゃいました!」
玄関口では、グルフスタン伯爵夫人とフェミリア様二人が笑顔で出迎えてくれた。
「今日はご招待いただきありがとうございます」とクリスティーナが夫人に挨拶をすると、「まあまあ!なんて素敵なお嬢さんなの!フェミリアにこんな素敵なお友達が出来たなんて!」と大喜びで、お茶会が準備されたお庭に案内してくれた。
少しの間、夫人も一緒に話に加わっていたが、執事に呼ばれて席を立った。
「うちの母がうるさくてごめんなさいね」
フェミリアは苦笑いをしながらクリスティーナに謝ったが、彼女が一瞬、暗い表情をしたのを見逃さなかった。
(あっ、フェミリア様は相談事があるんだったわね……)
「そんなことないわ。明るいお母様で楽しいわ」と一口お茶を飲むと、クリスティーナは早速本題に入った。
「フェミリア様、相談事って?何かあったのですか?」
フェミリアは、言いづらそうにしていたが、覚悟を決めたようにクリスティーナに顔を向けた。
「クリスティーナ様、正直に思ったことを言っていただきたいのですが……。私のドレス、似合っていると思われますか?」
(ドレス?今日は黄色のリボンがたくさん付いている可愛らしいドレスだけど……。王宮のお茶会の時は、ピンクのフリフリだったわね……。フェミリア様のイメージと少し違っててチグハグな感じは受けたけど……)
「フェミリア様は、そのドレスがお似合いではないと思われてるんですか?」
フェミリアは、大きなため息をこぼすと、今の自分の状況を説明した。
「私のドレスは、すべて母の好みで仕立てられているのですが、私が本当に着たい服はこのような可愛らしいドレスではなく……。でも私は、まだ私に似合う服というものが分からなくて。でもこんなフリフリの可愛い服は似合わないっていうことだけは分るんです!3か月後に親戚を集めた私の10歳のお披露目会があるんですが、そこでこのようなフリフリは着たくないんです……。もうどうしたらいいのかわからなくて」
フェミリアは、悲壮な顔でテーブルに突っ伏した。
(う~ん、まだ10歳だものね。自分の好みもまだ分からないわよねぇ。でも可愛い娘にフリフリを着せたいという夫人の気持ちもわかるわねぇ)
「フェミリア様は、普段はどのような服装をされてるの?」
「普段は剣の稽古をするために、シャツにトラウザーを着用しております。お客様がいらっしゃる時にだけドレスを着るようにしています。母は、常にドレスを着てほしそうにしてますが、ドレスじゃ剣の稽古は出来ませんからね」
(う~ん、まだ付き合いの浅い私ではフェミリア様の好みも分からないし、中途半端なアドバイスしかできないわね。これが似合うわって言っても、彼女が納得できないものだったら今までと同じことになるだろうし……。あまり押し付けも良くないけど、あれを軽く提案だけしてみようかな……)
「実は先日、私の家族総出で家中の不要なものや自分達があまり好きではないものを一斉に処分したんです。その効果なのか、各自それぞれが、自分の好きな物や今の気持ちを自覚することが出来たんです。それを断捨離と呼んでいるんですが、もしよかったらフェミリア様も、自分が好きなものやワクワクするものを知るために『断捨離』にトライしてみませんか?」
「断捨離?」と、フェミリアはキョトンとした顔で首を傾げたが、クリスティーナの話を聞くと是非やってみたいと目を輝かせて頷いた。
クリスティーナは、庭に戻ってきた夫人にフェミリアの気持ちを正直に話し、断捨離についても説明した。そして夫人はフェミリアに自分の好みを押し付けてしまったことを謝り、フェミリアの持ち物を断捨離することに賛成してくれた。
数日後、フェミリアから断捨離が完了したと連絡が入り、クリスティーナは、グルフスタン伯爵家を訪れた。
フェミリアの部屋に案内され一歩踏み入れると、そこは爽やかな色合いでまとめられ、彼女らしい清々しい雰囲気を醸し出していた。
「まあ!素敵なお部屋ですね!フェミリア様らしい、スッキリした爽やかなお部屋になってます!」
先日訪れた際のフェミリアの部屋は、なぜかピンクの可愛らしいものと、ブルー系のカッコいい物達がミックスした統一感の無い印象の部屋だった。しかし今の部屋は、ピンクの可愛らしい物が撤去され、カッコ可愛いものが飾られ、部屋の色調もブルー系に統一されていた。心配だったクローゼットの中も、フリフリなドレスは無くなり、シンプルなドレスが数着と騎士服のみが掛けられていた。
クリスティーナが、スカスカになったクローゼットを唖然と見つめていると、「ほとんどのドレスが無くなってしまいました」とシンプルな白シャツと黒のトラウザーを着たフェミリアが苦笑いしながらもスッキリした表情でクローゼットを眺めていた。
しばらくすると、夫人がお茶を持ったメイドと共に部屋に入ってきた。
「クリスティーナさん、ありがとう。私も色々反省したわ。フェミリアに可愛らしいドレスがあまり似合っていないことは分っていたの。でも1人娘には可愛らしいドレスを着せたくて無理強いしてしまっていたわ。私の我儘で娘を悩ませていたのよね」
夫人はフェミリアに申し訳なさそうな表情で微笑んだ。
「お母様、クリスティーナ様、私、自分がどんなものが好きなのか、断捨離してようやく分かりました。でも、これからどんなドレスを着たらいいのかがわからなくて……。お茶会やパーティーへの参加もこれから増えていきますし」
「実は……」と、クリスティーナは持参したデッサン帳を夫人とフェミリアの前に広げた。
「ここ数日、フェミリア様に似合いそうなドレスの形をいくつかデッサンしてみたんです。フェミリア様は騎士服が物凄くお似合いだと思ったので、ドレスの襟は詰襟かスタンドカラーでデザインしてみました。スカート部分はAラインからマーメイド型と色々ありまして……。この国ではあまり見ないデザインですが、フェミリア様には似合うと思うんです」
夫人は食い入るようにデッサン帳を見て、目を輝かせながらクリスティーナに向かって言った。
「素晴らしいわ!このデザインはフェミリアに絶対に合うわ!クリスティーナさん、グリモード商会で娘のドレスを仕立てていただくことは出来るかしら?このようなデザイン、他の商会では見たことがないもの」
「はい、是非うちの商会で作らせてください!そうとなったら、ご都合の良い日にドレス部門の担当者を連れて参りますね」
グルフスタン伯爵夫人から、デッサン画すべてのデザインの注文が入り、10着のドレスがあれよあれよという間に作られて最終フィッティングとなった。そしてグリモード商会のドレス工房には、フェミリア様のドレスが整然と並んでいた。
「フェミリア様、着心地はどうですか?」と、クリスティーナは、試着しているフィッティングルームのドアをノックした。
フィッティングルームからフェミリアが出てくると、グルフスタン伯爵夫人は、しばらくの間、目を瞠っていたが、涙を流して、うんうんと頷いてフェミリアを見つめた。
フェミリアの深緑の髪色と目の色に合わせたドレスは、詰襟の騎士服のような上半身から、光沢のある生地で足元まで流れるようなAラインに広がるドレスで、フェミリアの凛々しい魅力を上げつつも女性らしい雰囲気を醸し出すデザインとなっていた。
「なんということでしょう……。私の娘がこんなに美しく……!フェミリア、とても、とっても素敵よ!」
フェミリアも涙を流しながら、うんうんと頷いた。
「クリスティーナ様、本当にありがとうございました。私、ドレスを着てこんなに自信を持てたのは初めてです。お披露目会も自信を持って参加できそうです」
そして、今まで自信なさげだったフェミリアが、美しいドレス姿で堂々とした表情で会場に現れ、親戚一同が驚いて10歳のお披露目会は大成功に終わったと、グルフスタン伯爵家から御礼の手紙が届いた。そして、フェミリアに婚約を申し込む釣書が殺到したということで、同じく剣を嗜むご令嬢達からの大量のドレス注文がまとめて届いた。
そしてそれから、フェミリアの変貌に感銘を受けたご令嬢達からの手紙が、沢山クリスティーナ宛に届いた。
「お嬢様、また断捨離カウンセリング依頼のお手紙が届いております」
クリスティーナは、ふぅ~っとため息をつくと、小さく呟いた。
「私一人じゃ捌ききれないわね……」
セバスは手紙の束をクリスティーナに手渡すと、窓の外を眺めながら言った。
「皆様、フェミリア様の変化を見て、自分も変わりたいと思われたのでしょう。何かを変えようと思ったら、まずは自分自身を変えることが必要だと気が付かれた方々だと思いますよ」
「そうね……。そういえば、グルフスタン伯爵夫人も断捨離を始められたそうよ」
セバスは微笑みながらクリスティーナに振り返った。
「そうはようございました。『なりたかった自分』になるのに、遅すぎることは決してありませんからね」
それからクリスティーナは、商会のドレス部門に『断捨離と似合わせ』をアドバイスできる人材を集めて、次々とアドバイザーを育てていった。クリスティーナ8歳(前世年齢32歳)の偉業であった。
(そして、セバス監修の『裏・貴族名鑑』に、ご令嬢達のお家事情を加筆していくことも忘れないクリスティーナであった)