5. 王宮でのお茶会
それから1ヶ月後、王子の婚約者候補を選ぶお茶会の会場で、クリスティーナはシンプルな水色のドレスに身を包み、気配を消して景色になりきり、会場にいる令嬢達を静かに観察していた。
(ん〜、気配を消すのは、まだまだ私には難しいわね〜)
クリスティーナは、伯爵家の裏家業について説明を受けてから、セバスと侍女のリサに、少しずつ暗部としての指導を受けていた。
王子が会場に入ると、ほとんどの令嬢が目をギラギラさせながら、一斉に王子の周りに集まって我先にと話しかけていた。
11歳になった王子は金髪にアクアマリンのような瞳のキラキラした容姿で、来年の王立学院入学前に婚約者候補を決めると王妃が張切りっているという噂だった。
(うわぁ〜、みんな王子の目を引こうと、コテコテに着飾ってるわね〜。7歳から11歳までの令嬢が集められてるけど、この歳であの化粧はないわぁ~。それに、なぜか全員ピンクのフリフリ~)
セバスの裏貴族名鑑を熟読したクリスティーナは、ふんふんと頷きながら、参加している令嬢の顔と名前を一致させる作業をしていた。ふと、後ろ奥のテーブルを見ると、王子からはかなり離れたテーブルに、クリスティーナと同じように集団を眺めている令嬢が座っているのが目に入った。
(あら?あの御令嬢は、グルフスタン伯爵家のフェミリア様ね。グルフスタン伯爵家は、昔から優秀な騎士を何人も輩出してる家柄って、セバスのマル秘に書いてあったわね)
クリスティーナが、フェミリア嬢を見ていると、向こうもこちらに気がついたのか、パチリと目が合った。軽く会釈すると、フェミリアが席を立ち、クリスティーナの座っているテーブルにやってきた。
「はじめまして。グルフスタン伯爵家フェミリアと申します」
髪を高く結びあげ、姿勢よく凛々しい表情で爽やかな雰囲気のご令嬢だった。
(うわぁ、キリっとした笑顔で背が高くて、男装したらモテそうな宝塚タイプね!でも何だか……ドレスがフェミリア様の雰囲気と合って無い感じがするわ)
「ご挨拶ありがとうございます。私は、グリモード伯爵家のクリスティーナでございます。不躾に見つめてしまってごめんなさい」
「いえ、実は、私も気になってチラチラとグリモード伯爵令嬢を見ておりました」
「あっ、私のことはクリステイーナとお呼びください」
「それでは、私のこともフェミリアと」
フェミリアがクリスティーナと同じテーブルに座ると、サッと王宮のメイドがお茶を運んできた。
(さすが王宮のメイドさんたちは動きが機敏ね)
クリステイーナがメイドの動きに感心していると、フェミリアがクリスティーナに話しかけた。
「クリスティーナ様は、殿下の婚約者候補にはご興味がないのですか?」
「フフッ、バレましたわね。全く興味がありませんの。そういうフェミリア様も?」
「はい、全く興味がありません」
そういうと2人は顔を見合わせて笑ってしまった。
2人で楽しく談笑していると、王子の周りにいた集団から3人の令嬢がこちらに向かって歩いてきた。
(あら?あの令嬢と取巻き2人は……。セバスのマル秘に書いてあった、要注意な方々ね。パルア侯爵家のレイリア様とその取巻きか……)
「ごきげんよう。貴方達、殿下がいらっしゃっているのにテーブルに座ったままで失礼ではなくて?」
「はじめまして。グリモード伯爵家のクリステイーナと申します。こちらはグルフスタン伯爵家のフェミリア様です。確かに失礼かとは思いましたが、ほとんどのご令嬢が一斉に殿下の周りに集まっていらっしゃいましたので、落ち着くまでこちらで控えておりました。私たちが殿下の婚約者候補に選ばれることなどありえませんので、隅のほうで遠慮しておりましたの」と、苦笑いの表情を作り、『私達は婚約者選抜闘争には不参加です』と暗に表明した。
「そうね。貴方達が選ばれることは無いでしょうから。そこでお茶でも飲んでいればいいわ。ライバルは少ないほどいいから」
パルマ侯爵令嬢はそう言うと、フワフワの羽の付いた扇で口元を隠しながらフンっと言って、王子の周りを取り囲む集団の中に割り込んでいった。
「クリスティーナ様、ありがとうございました。私、あのようなご令嬢は苦手でして……」
フェミリア様は、苦笑いをしながら、チラッと令嬢の集団を見た。
「あら?フェミリア様は剣を捌くように、ご令嬢の嫌味もサラッと流すのがお得意かと思っておりました」
「いえ、かなり苦手です。私、今まで武術の訓練ばかりで、同じような年頃の女の子とお話する機会もなくて……。それで、ああいった会話のやり取りには、慣れていないんです。母からは、そろそろ御令嬢がするような会話術も出来るようになりなさいとは言われているのですが……」
フェミリアの裏表の無い会話に嬉しくなったクリスティーナは、フェミリアの手を両手で握り、キラキラした目で見つめた。
「私達、お友達になりませんか?実は、私も初めてのお友達なんです」
「えっ、嬉しい!クリスティーナ様、ぜひ!」
♢*♢*♢*♢*♢*
王宮でのお茶会が終って帰宅すると、クリスティーナは、玄関で待っていたセバスにそのまま執務室に連れていかれた。
「ただ今、戻りました」と執務室に入ると、両親が話を聞きたそうに、身を乗り出していた。
「クリスちゃん、お茶会はどうだった?」
「え~っと、グルフスタン伯爵家のフェミリア様とお友達になりました」
母は、娘に初めて友達ができたことに感動したのか、目を瞬かせながらクリスティーナの手を握った。
「まぁ!クリスちゃんの初めてのお友達ね!」
「はい。私と同じように王子の婚約者候補に全く興味がないということでしたので、2人でお腹いっぱいになるまで王宮のお菓子を堪能してまいりました」
「どんな状況でも楽しめるのは流石ね!」とお母様は私にウィンクを飛ばした。
お茶会の様子を報告していると、母がハッと何かを思い出したかのように首を傾げた。
「あっ、そういえば、メナード辺境伯夫人は、グルフスタン伯爵家のご出身だったわね」
「ガイ様のお母様ですか?……ということは、ガイ様とフェミリア様は従兄妹同士になるんですね」
父が、一瞬、険しい顔になったが、すぐに表情を戻した。
「ああ。そしてグルフスタン伯爵家はメナード辺境伯家の分家でもある」
(お父様、どうしたのかしら……。今度、ファミリア様にお会いする時にガイ様のこと聞いてみよう)
「他のご令嬢達はどうだったんだ?」
「パルア侯爵令嬢が、私達に話しかけに来られましたがすぐに王子に群がる集団に戻られました」
父は苦い顔をして首を振った。
「パルア侯爵家か……。あそこは先代から怪しい事業に手を出してるからな。あまり関わらないほうがいい」
お茶会の様子を両親に報告し終わると、セバスが「お部屋までエスコートいたします」といって一緒に執務室を出た。
「お嬢様、お茶会では風景にはなりきれましたか?」
セバスはクリステイーナを見て微笑んだ。
「セバス、気配を消すって難しいわ。付け焼刃ではダメね」
「気配を消すための基本は呼吸です。呼吸法を身につけるためには、まずしっかりした体幹や体を作らなければなりません。しかしお嬢様は諜報より知略担当の方が向いているように思います。お嬢様は、情報の整理がお得意ですから」
クリスティーナは、「確かに……」と、頷いた。
「人は弱点を克服しようとしがちですが、弱点を克服しようと思ってもそれほど強みにはならないものです。 私は何十年も伯爵家に仕える者達を育ててまいりましたが、結局『弱みが強みになった者』を見たことがございません。成果は、必ずその者が持つ強みからでます。これからは、お嬢様の持つ強みを徹底的に磨いてみてください」
クリスティーナは、目から鱗なアドバイスをもらい、なんだか少し肩の力が抜けたような気がした。
実は私は、社交が苦手。今回のお茶会でもフェミリア様以外とは会話が楽しめなかったのよね。無駄な会話とか付き合いとか、まじで意味ないって思っちゃうから、お茶会とか全然楽しめない。特に、大勢の人と気軽に話したり、興味のない話題で盛り上がるのって、ほんと疲れるだけなんだよね。
それに感情表現も苦手だ。感情に流されるのが嫌で、ついロジカルに考えちゃうから、感情を分かち合うのは超苦手なんだよね。
「セバス、ありがとう。セバスには、私が悩んでいる事なんてなんでも分かっちゃうのね。セバス、長生きして私の未来でもアドバイスしてね」
「当然でございます。お嬢様が裏稼業の戦略部隊を指揮できるように、厳しく指導してまいります」
(えぇ~、私も裏稼業に参加予定なのね〜)