4.グリモード伯爵家の断捨離
ギルバートが辺境伯騎士団に戻ってから数日後、両親はクリスティーナの指導のもと断捨離をスタートした。
母は部屋に山のように積まれたドレスを見上げながら、少し青ざめた表情でクリスティーナに振り返った。
「クリスちゃん、どうしたらいいかしら。ドレスがありすぎて、全て部屋に入りきらないわ……」
クリスティーナは、ドレスの山を見上げると腕組みしながら考えた。
(お母様、デビュタントしてからドレスを全く処分していないんじゃないかしら?)
「お母しゃま、ここ2年ほど着ていないドレスや服で、思い入れのあるものはありましゅか?」
「ん~、ウィルに初めてプレゼントされたドレス以外に思い入れのあるものはないわね。なるほど、そういうことね!わかったわ、昔の古いドレスはすべて断捨離しましょう」そう言うと、クリスティーナは、古いドレスを全て商会の中古ドレス販売部門の倉庫に運ぶように指示した。
母の自室に置いてあった本は全て図書室に移動させ、そして、処分に困っていた義母や友人からの頂き物も、罪悪感を捨てて、すべて教会へ寄付することにした。
「ふぅ~。頂いた物を処分するって罪悪感を感じてなかなか出来なかったんだけど、思い切って処分したらスッキリしちゃったわ」
(お母様、憑き物が落ちたようなすっきりした顔をしてるわね……)
「お母しゃまも、ホントはそれらを処分してしまいたかったんだと思いましゅよ」と言うと、「そうね……」と不用品の入った大量に積み上げられている箱を見上げた。
「私……、何を遠慮してたのかしらね?でもこの断捨離で、贈答品は消費してしまえるものがいいってことがわかったわ。クリスちゃん、ありがとう。こんな機会が無かったら、不要な物をずっと持ち続けてモヤモヤしていたと思うの。すっきりしたら、ボヤっと抱いてた不安が消えてしまったような感じよ。見晴らしが良くなったような気がするわ。断捨離って不思議ね……」
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母の部屋が一段落すると、クリスティーナは父の部屋を覗いた。
「お父しゃま、断捨離の調子はどうですか~?」
父の部屋は、服等の断捨離は終わっていたが、過去に各国を周って購入したと思われる思い出の品々が床を埋め尽くしていた。
「お父しゃま、これは……」
床に座り込んで、箱の中からひとつひとつと取り出して懐かしそうに眺めていた伯爵は、クリスティーナに気が付くと、「思い出の品々を見ていたら、手が止まってしまっていた」と苦笑いで娘を見上げた。
「お父しゃまの思い出の品々ですか!素敵でしゅね!あっ、お父しゃま。大切な思い出の品は、家族の談話室に飾るのはどうでしょうか?私、しょれを見ながらお父しゃまのたくさんの冒険談をお聴きしたいでしゅ」
「なるほど!すべて手放してしまおうかと思っていたが、それはいいな。何度も思い返したい思い出の品だけ残そう。流石はクリスだ」
父はそう言うと、床に並べてあった物から、懐かしそうにときめく思い出の品だけを拾い上げていった。
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「お嬢様、食堂と調理場の断捨離が完了いたしました」
執事のセバスが伯爵の部屋へクリスティーナを呼びに来た。
セバスと一緒に食堂へ入ると、料理長が腰に手をあてて、食器等を仕舞うパントリーの中を眺めていた。
「料理長、どうしたのでしゅか?」
クリスティーナが中を覗くと、ピカピカに磨かれた高級食器や様々な器やカトラリーが整然と棚に並べられ、すべて取り出しやすいように整頓されていた。
「うわ~!綺麗に整理されてましゅね!」
「はい。お嬢様が、溢れるほどにあった食器類を見て、『一度にこの屋敷に滞在できるお客様の十倍以上の量があるわね』と仰っていた言葉で、我々はようやく必要数以上のものがあったことに気が付いたのです。それで、食器の数量を決めて、過剰だった食器類は全て処分することにいたしました」
「料理長、素晴らしいでしゅ!」
「食器を厳選しましたら、それに盛り付ける料理のアイディアがどんどん出てきまして。お嬢様、新メニュー楽しみにしていてください」
料理長は、ポッコリと太めなお腹をポンと叩きながらクリスティーナに微笑んだ。
そして伯爵家が営む商会も少しづつ断捨離をしたり、前世の『棚卸し』を導入して、古い在庫を溜め込まずに商品の回転を速くスムーズに行えるよう、商会の仕組みの改善も進めていった。
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クリスティーナも7歳になり魔力鑑定を受けたが、魔道具の指輪のおかげで無事に『魔力無し』として登録された。そして、日々の断捨離や商会・領地の改善を続けて8歳を過ぎた頃、王宮からお茶会の招待状が届いた。
「クリス、王宮からお茶会の招待状が届いた。王子の婚約者候補を決めるためのお茶会らしい。伯爵家以上の令嬢を集めたお茶会らしいが……。王宮からの招待は暗黙の了解で強制参加となるが、病気と偽って欠席してもいい。クリスはどうしたい?」
執務室で父と一緒に商会の帳簿を整理していたクリスは、「お父様、大丈夫ですわ。私が婚約者候補に選ばれることはあり得ませんから、王宮のお茶会を楽しんできます」とニッコリと微笑んだ。
「そうか……。親の企みで子供を動かす家もあるから気を付けてな。セバスに裏情報が載った貴族名鑑を準備させる」
(そんな裏事情が載ってるものなんてあるの!?)
クリスティーナが、えっ~!っと驚いたような顔をセバスに向けると、セバスはフフフっと微笑んだ。
「商会を営んでいるのですから、裏情報を得ることは容易いのです。私が監修した自慢の一冊となっております」
(セバスが作ったのね!セバスって、何者?)
「そういえば、クリスにはまだグリモード伯爵家のことを詳しく説明していなかったな。ギルには10歳になった時に話したが……。セバス、クリスにはもう話してもいいと思うがどうだろう?」
セバスは穏やかな表情で頷いた。
「お嬢様にはもう話しておいた方がよろしいかと。そしたら裏帳簿も管理していただけるようになりますし」
「えぇ~!裏帳簿!?」
「クリス、この伯爵家は表向き、領地経営と商会経営を営んでいる。しかしもう一つ、「諜報」という裏稼業がある。諜報員はこの国や他国にある商会の支部に従業員として潜らせてある」
「諜報ですか……。仕事はどこから依頼されるんですか?」
「ギルドからだ。冒険者ギルドが裏でやっているのが諜報ギルドだ。まぁ、他にもいろんな裏ギルドがあるが。今うちが請け負っているのは諜報のみだ。先々代までは、諜報の他にも幅広く暗部の仕事を請け負っていたようだがな」
「えっ、もしかして……セバスも!?」
「はい。現在は現役を退いておりますが、指導役を務めております」
(セバス。只物ではないと感じてはいましたが、諜報のスペシャリストだったとは!)
伯爵家の裏稼業について詳しく説明を受けていると、執務室のドアをノックして慌ててお母様が入ってきた。
「クリスちゃん、王宮からお茶会の招待状が届いたって聞いたわ!」
「はい、今お父様から話を聞いて、参加することにしました」
お母様はパッと笑顔になると、「初めてのお茶会だから、気合をいれてドレスを作らないと!どんなドレスがいいかしら♪」といってウキウキしていたが、私はそれをパシッと止めた。
「お母様、今お父様からこの伯爵家の裏のお仕事について話をお聞きしました。私は王宮では目立つことは避けたほうが無難。ということで、影が薄くなるような風景となじんでしまえるような地味なドレスをご用意いただけますか」
「はっ!私としたことが……。そうだったわね。さすがはクリスちゃんだわ。でもいつかはキラキラしたドレスを用意させてね」
「はい、その時はお母様にドレスを選んでいただきますね……って、セバス、涙なんか流してどうしたの!」
クリスティーナの向かいの机に座っていたセバスは、ハンカチで目頭を押さえていた。
「お嬢様、私は感動しております。裏稼業に関して説明したばかりなのに、すぐに自分の立場を理解され……。華やかなドレスをお召しになりたい年頃にもかかわらず……」
「セバス、大丈夫よ。私には将来なりたい夢があるの。その夢に向かう道に、キラキラしたドレスを着た私はいないのよ。だから全く残念でもなんともないわ」
「「「将来の夢!?」」」
両親とセバスが身を乗り出して、クリステイーナを見つめた。
「私ね、特級魔術師になって魔法協会に登録したいの。この間ギル兄様が教えてくれたんだけど、魔法協会はどの国にも属していない独立した組織だから、どの国の王族も魔法協会の魔術師を囲い込むことはできないらしいの。魔法協会と各国の国王が契約魔法を結んでいるらしいわ。魔法協会に登録出来たら、この国の王族に煩わされることも無くなるしね」
父は心配そうな顔でクリスティーナにたずねた。
「クリスは魔術師になりたいのか?」
(前世では魔法なんて無かったから興味があるだけなんだけど……。魔術師になった先は、まだ見えてないのよね。私は、この世界で何がしたいんだろう……)
「魔法協会に登録したいっていうのは、色んなしがらみから解放されて自由になりたいからっていうのが本音かな……」
クリスティーナは苦笑いをしながら肩をすくめた。
「そうか。私達はクリスのしたいことを応援する。思いっきりやりたいことをやりなさい」
両親は、反対することなく、クリスティーナの思いを応援してくれた。
「お父様、ありがとうございます。お母様も、光魔法について色々教えてください!そうとなったら、レイ様にお会いさせていただきたいとお兄様に手紙を書かなきゃ!それでは、失礼いたします」というと、駆け足で自室に向かっていった。
「クリスちゃん、廊下は走っちゃダメよ~!」
「セバス……。クリスの淑女教育は順調なのか……?」
「たぶん問題ないかと……」
遠い目でクリスティーナを見つめる3人であった。