10.レイとの再会
クリスティーナがガーラ国のタウンハウスに来てから数日後、朝練を終えて疲れ切って地面に座り込んでいた3人のもとへ、レイがやってきた。
「おはよう、皆がんばってるな」
「レイ様!」「「師匠!」」
クリスティーナが立ち上がろうとすると、レイが手を差し出してくれた。
「クリスティーナ、宿題はちゃんと熟せたようだね」
前世喪女32歳は、ドキドキして顔を赤らめながら、握っていた手をパッと離した。
「あ、ありがとうございます。はい、レイ様からの宿題はきっちり熟してまいりました」
(レイ様!2年ぶりにお会いできて嬉しい~)
前世で32歳だったクリスティーナは、今世で会う同年代の男の子には全くときめかないのであった……。
クリスティーナが、レイをキラキラした眼差して見ている様子をギルバートは苦笑いで見ていたが、ガイは少し肩を落としていた。
「師匠、クリスティーナですが、次の週末の魔法訓練から俺達と一緒に訓練に参加させてもいいでしょうか?」
「あぁ、問題ない。先ほどの朝練を見ていたが、クリスティーナの体力は君たちと同じぐらいにまで上がっていると思う。クリスティーナの魔力コントロールも良くできている。この2年間、よく頑張ったね」
クリスティーナは、レイにこの2年間の血の滲む以上の努力を認めてもらえたことで、自分の中でガチガチに張っていたものが緩むのを感じた。そしてこの2年間、一切涙を流さなかったクリスティーナの頬に、なぜかとめどなく涙が流れた。
突然涙を流したクリスティーナに、ギルバートもガイもどうしたらいいか分からないでいると、レイはクリスティーナを優しく抱きしめて頭をポンポンと撫で、「ここまで良く頑張った。君はこの短期間に、目標とする特級魔術師への道の3割を進んだ。全速力で走ってきたんだ。ここからは、気持ちを緩めてそして力を抜くことを学んでいきなさい」
クリスティーナは、涙でぐちゃぐちゃになった顔を上げて、レイに頷いた。
(私、体にも気持ちにも200%の付加をかけて訓練してきたんだった。私の体も精神もだいぶ強くなれた。レイ様のいうとおり、これからは力を抜いて自然体で動けるようにしていこう……)
急いで朝食を終えた3人は、談話室で執事のノアと話しをしていたレイの元に向かった。
「「「師匠(レイ様)、おまたせいたしました!」」」
「急がせてすまなかったな。今、ノアと話していたんだが、実はこれからの訓練は場所を変更しようと思っている」
「訓練場所ですか?魔法協会の訓練場ではなく?」
ギルバートは首を傾げていたが、すぐにレイの意図を察すると「そういうことか」とガイと目配せした。
「あぁ。クリスティーナの光魔法は目立ちすぎるからな。あまり人に見られないほうがいいという俺の判断だ」
「でも師匠、この王都にそんな場所はありますか?」
「いや、訓練は王都ではなく、国境ににある魔の森の中でしようと思っている」
「「「魔の森?」」」
レイはそういうと、3人に白色に光る石のついたネックレスを渡した。
「これは転移の魔道具だ。君たちが自力で転移できるようになるまではこの魔道具を使って魔の森へ転移する。魔力不足でも転移できるように、その石に毎日少しづつ魔力を流し込んで溜めておくように」
ガイは暫く無言でネックレスを見つめていたが、戸惑った顔でレイにたずねた。
「師匠、魔の森は瘴気が強く人が入ることは出来ません……」
「あぁ、普通の者は入ることはできない。しかし、私とガイは瘴気の影響を受けない。……君の父の専属侍従から話は聞いているか?」
「……はい、事情は聞いております。しかしガイとクリスには、まだ……」
レイは、ガイの背中をポンポンと叩くと「ガイ、大丈夫だ。彼らはすでに事情を知っている」と言ってソファに座らせた。ガイが二人の顔を見上げると、ギルバートとクリスティーナは、サムズアップしてガイに微笑んだ。
ギルバートとクリスティーナは、レイがグリモード伯爵家を訪れた後に、メナード辺境伯家の事情とレイの素性を父から聞かされていた。そして執事のノアは内密にガイの護衛を命じられており、ガーラ国のタウンハウスはグリモード伯爵家の暗部の者で固められていた。
ギルバートは腕組みをしながらレイを見ると「俺とクリスはどうやって?」と、訓練場所についての話に戻した。
「魔の森には、一部瘴気の薄い場所がある。森の真ん中辺りに位置する竜の滝と呼ばる場所だ。その場所の瘴気をクリスティーナに浄化してもらいたいのだが……」
「竜の滝ですか……。分かりました、私がその場所の瘴気を浄化します」
次の日、レイと3人は転移の魔道具を使って魔の森の中にある竜の滝の側に来ていた。
「ギル、魔力は大丈夫か?」
ガイとクリスティーナは、かなり大きな魔力を持っていたが、ギルバートは中の上ほどの魔力量だった。大量の魔力を要する転移が彼の体に負担になるのではと心配していたレイは、もしもの時ために魔力回復のポーションを準備していた。しかし彼はケロッとした顔で「全く問題ありません~」と興味津々で辺りを見回していた。
「ん?」と思ったレイは目に魔力を集中させてギルバートの魔力の流れを見ると、彼は地面から緑色の魔力を吸い上げ魔力の回復をしていた。そしてふとクリスティーナを見ると、彼女は竜の滝壺から湧き上がる光を吸収していた。
(何なんだ、この二人は?)
レイが何かを考えている横で、クリスティーナは「この辺りの浄化をしちゃいますね!」と軽い感じで手を振り上げ「浄化」と声を発した瞬間、滝壺一面が光り輝き、辺り一面に光の粒が舞った。
「「おぉ~!」」と、ギルバートとガイは光の粒が舞うのを嬉々と眺めていたが、レイは一瞬、滝の裏の洞窟に何者かの気配があるのを感じた。
目を細めて滝を見ていたレイは、辺りに魔獣がいないか確認してくるというと、3人の周りに結界を張り、先ほど気配を感じた滝の裏側に転移してきた。滝裏で感じた気配は消え去っていたが、少し奥に進むと何かが置かれてあったと思われる台座を見つけた。
(これは、グリモード伯爵から報告があったものだな。ここに何かが置かれていた……)
レイはグリモード伯爵家暗部からメナード辺境伯についての調査報告を受けていた。その報告書には、竜の滝の裏側で台座を見つけたことも記されていた。
レイが3人の元に戻ると、ガイが顔色を悪くして呆然と滝を見つめていた。
「どうした、ガイ?」
レイの声に振り返ったギルバートとクリスティーナは、ガイの側に走り寄ってきた。ガイの顔色が真っ青になっているのを見たクリスティーナが、ガイの手を取り「大丈夫ですよ」と言いながら暖かい魔力でガイを包み込むと、ガイはハッとしてみんなの顔を見回した。
「……ここで、沢山の竜人達が暮らしている様子が見えた」
レイは「そうか……」と言うと、滝を見上げた。
「ガイは竜人の血が濃い。竜人は通常は火の魔力を纏っているが、闇の魔力を持ち時空間魔法も操れる者もいるという。ガイの祖母は竜人姫と呼ばれる、膨大な魔力を持つ方だったらしいから、ガイの眼は無意識に過去を見ていたのかもしれんな」
レイは、辺りに響き渡るような音でパンッと手を叩くと、「訓練するには、面白い場所かもしれんな」とニカッと笑ってガイの背中を気合を入れるように叩いた。
「よし、瘴気も浄化されたようだし、訓練を始めよう。クリスティーナは魔力操作の基本は完璧に出来ているようだから、3人とも今日から各自の持つ属性のレベル上げをしていく。
まずは、ギルバート。君は土属性の魔力を持っている。今までの訓練では地面に魔力を流して植物の急激な成長を促して植物で攻撃する術を学んだが、これからは土を自在に操る訓練をする。そして土の鉱物を選り、より強度な土槍や土壁を地面から隆起させるように作り出す訓練をする。
ガイは今まで訓練してきた火の攻撃魔法はほぼ上級レベルとなった。これから先ほど無意識に使った闇魔法の訓練を始めていく。まずは、物を異空間に移動させる訓練からだ。あっ?そう難しそう顔をするな。その転移の魔道具も闇魔法を使っている。俺も火と闇の属性だからな。じっくり教えてやる。
そして、クリスティーナ。君は光と闇属性だ。メインの属性は光だが、魔力の2割ほどは闇属性だ。クリスティーナは、闇魔法を学ぶ前に光魔法の攻撃術を訓練しなさい」
「えっ、光魔法でも攻撃できるんですか?」
「もちろんできる。光の魔力を圧縮させてそれをレーザー光線のように飛ばすんだ。射撃のコントロールは必要だがな」と、レイはクリスティーナにウィンクした。
(えっ……?レーザーのようにって……!レイ様も前世持ち!?それも私と同じ世界!)