009
今回の話は(物理的に)ちょっと汚い所があります
絶海の孤島。と言っても、人間でも登って登れない事も無い程度の山と申し訳程度の崖。あとは白い砂浜や小さな魚でも潜んでいそうな岩場に囲まれた、山がちな普通の島。青と緑によって構成される景色は綺麗なもので、殆ど旅らしい旅をした記憶が無く、初めて見る海はそれだけで来た甲斐があったと思わせる。
「もっとも、エリュシオンを出たらいきなりここだったから、感動より戸惑いの方が大きいんだけど」
「……今更」
どういう訳か、自分、ドライアド、妖精の三人は外の世界へと降り立っていた。
「外へ行ってみない?」
時は遡る事30分ほど。とある日の妖精の第一声。神出鬼没に朝一番に寝起きの顔を覗いていたそれに、はいやいいえと答える前に言うべき事があった。
「自分達の出自を覚えておいでで?」
思わず問い質すような言葉になったのは仕方がないと思う。自分達はだいたいが国を捨てるつもりで行方を眩ましたような身。ドライアドと二人、自主的に方針として彼女達に従うと決めても、少なくとも自分はあくまで失う物も無ければ目標も何も無い現状故の仮の物という側面も無くは無い。ドライアドの方はもう少し思う所があるように見えるが、今のところ詳しく聞いた事は無い。多少の恩義はあれど、精神的に余裕が無かった時に勢いで決めた事。時間が経ってある程度周囲に目を向ける余裕が出てきた今、ちょっと迷いが出てきたのは仕方ない事だと思う。
とは言え、一度決めた事を易々と覆すつもりはない。それから、先程の態度はある意味では最も気安い態度かもしれないとも思った。ベッドから出ながら目を向ければ、人の家、と言っても一月ほど前に彼女達から貰い受けた物だが、の中で、妖精はくるくると踊るように飛んでいて、先程の自分の言い方を気に留めた様子はない。そもそもここにいてくれさえすれば良い彼女達にとっては、その程度の事は何ら問題にもならないのだ。
「もちろん。外と言っても、かつての君らの事など知らない遠い場所ですからね!」
なるほど。最低限のこちらの事情は考慮してくれるらしい。暗に従う意思は伝えてあるし、それならあえて拒否するほどでもない。
「と言う訳で、今回のお出かけ用装備みたいな物ですよ」
「はい?」
返事をするよりも早く、妖精は額の小さな生えかけた角に触れる。一体何かと思えば、見る間に着ている物が魔法の光と共に寝間着から動きやすそうな衣装に変わっていく。
いきなり着せられた服は突飛と言うほどではないが、あまり見ない形ではある。ただ、強いて言えば女王や妖精が着ている服をアレンジすればこうなるだろうか。露出は少ないものの、様々な太さの何本もの帯が重ねられたような構造は、例え体から何かが生えても問題がなさそうなつくりとなっている。確かに、外へ出るのには以前と違う格好の方が後々都合がいいだろうし、ついでに言えば、このエリュシオンでは次第に大きく姿が変わっていく。変わった種族によっては元の服だけでは都合が悪い事も多いだろう。
「今の感覚を覚えれば、いつでもどこでも一瞬で着替えられるようになります」
「……何故そんな複雑な事を」
「便利でしょ?」
他意などないととぼける妖精は、やはり思惑までは簡単には教えてもらえないようだった。
時間は戻って今。
「ところで、どこをどうやってここに繋がったんです?」
集合場所として提示されたのは、以前にワイバーンと戦った場所。大方そこから女王の不思議な力か何かで移動するのかと思って行ってみれば、既に風景が一変していたのだ。確か、以前は多少メルヘンチックな雰囲気のあるエリュシオンに似合う明るい森の向こうに普通の深い森が続いていたはずだったが、今日見たその場所は明るい森が突然途切れ、その向こうに潮の香りがする海辺にある崖下の岩陰へと繋がっていたのだ。
「エリュシオンはどこにでもありますからね」
そう言えば、初めにそんな説明を聞いた気がする。その時はいまいちピンと来なくて割と流していた気がするが、いずれは真面目に理解する時も来るかもしれない。
「しかし、わざわざ外と繋がって魔族の襲撃を受ける必要もないのでは?」
ふと思いついた疑問だったが、言ってからちょっと迂闊だったかもしれないと思った。折角協力していく方向で動いているのに、これでは相手を責めているようなものではないか。だが、妖精は誤魔化すそぶりも見せずに事情を説明した。
「エリュシオンはどこにでも存在できますけど、どこかには存在しなければ消えてしまう場所ですからねー」
妖精は残念そうに話す。もしかすると、彼女達の望みはその辺りに関係するのだろうかとも思ったが、その場で聞く事は叶わなかった。
「おんやあ? お前さん達旅人かね」
突然の声にドライアドが一瞬びくりと震える。妖精の方は逆に明るい顔で手を振って現れた何者かを出迎える。振り返ってみれば、そこにいたのは日焼けした肌の漁師らしき人間の男性。
「こんにちはー! また来ました!」
「ほう! それはそれはいいタイミングですなあ。またいつものですかね?」
「んー、ちょっと違うけど大体そんな感じですね。後で案内よろしくお願いしますよ!」
それとなくじろじろと自分達の事を見てくる視線に警戒心は少なく、どうにも好奇心に近いものを感じる。
世間話も無しにいきなり要件を話し始める二人に、何の事なのかさっぱり分からず、ドライアドを見れば自分と似たような反応で、聞くなとばかりに首を振られた。もう一度漁師の方を見れば今度はしっかりと目が合い、何故か期待を込めた目で親指を立てられた。
「坊主達も頑張れよ!」
やはり何の事だかさっぱり分からず、再び二人で目を見合うのだった。




