007
「どう、とは」
「あなたは、女王に何を期待する?」
ドライアドは真っ直ぐこちらを見つめる。疑問形ではあったが、確信している事を感じさせる口調だった。
「期待と言われても、こうして居場所を貰える以上の事は求めない」
嘘偽りのない言葉だった。もともと居場所が無かったのだ。例え野垂れ死にしようとも全てを悔いる事すらなかったかもしれないぐらいに。けれど、向かい合うドライアドの目は、更に理由を求めているように感じる。
「理由は、自分は騎士だ。誰かを守る事はあっても、誰かに守られる事を求めたりはしない。以前だって、居場所をくれただけの人物に対して剣を捧げていたんだ」
「女王は、剣を捧げるに足る?」
ドライアドは更に質問を重ねる。しかし、それは難しい質問で、迷っている所でもあった。
「女王は決してただの善人ではないのだろう。そして、守りが必要であるほど弱いとも思えない。けれど、どこかで自分達を必要としているのも事実だ」
きっとそこに忠誠心はいらない。例え反発されたとしても、ただそこにいるだけで用が足りてしまう気がする。
「察しがいい」
「似たような考え方の人間に合った事があるからな」
こちらはあまり思い出したくない類の人物だが、思いの外すんなりと言葉に出た。そのままドライアドはじっとこちらを観察していたが、どうやら質問は打ち止めらしい。言ってから深く聞かれたくはないと思っていたから、そこはありがたかった。ドライアドはもう一度茶を口にすると、今度は自分の考えを話し始めた。
「女王は善人ではないけれど、きっと悪人でもない。能力全てを私達の為に使ってくれる訳ではないけれど、いなかった時より悪化する事は無い、と思う」
それについては自分も同感だ。今日の一件だって、家々が被害を受けるリスクは発生したものの、あのまま戦って大怪我しなかったとは言い切れない。住人が全員揃っていた状況で守るべき民も存在しなかったし、他の住人の前で口には出来なかったが、例え村が被害を受けたとしてもそれで生活に支障が出るほどエリュシオンは平凡な場所ではないように思える。もしかすると、大怪我すらどうにかなってしまう可能性もあり、ここがエリュシオンと言うだけで実際は何一つリスクなんてものは存在しなかったのかもしれない。
「察しのいいあなたには話しておくけれど、私は前にも似たような状況で戦わされた事があった」
それは確かに予想していた事だ。ワイバーンに結界内に入れられた時、自分はつい敵よりも仲間の様子をよく見ていた。その時のドライアドの戸惑うでもないただうんざりような態度。何よりも戦い方に引っかかる物があった。
「何となく気付いてはいたな。ドライアドも元からドライアドであったわけではないと聞いていたし。元は人狼だったんだろ? それにしては植物の扱いに慣れていると思ったよ」
「……もうドライアドになってから結構経つから」
その空白は何か思う所があったか、ただ眠かっただけか。ただの眠り娘のように見せて、結構な食わせ者かもしれない。
「……夜に眠れるのは幸せな事。安息が無ければどんな幸せも掴めはしない。……私はきっとあなたと同じだと思う」
それからドライアドは残った茶を一息に飲み干すと、後は少しずつ話していくとだけ告げて帰って行った。
数日後。
「はっ! はっ!」
ドライアドの畑のすぐ傍。不自然に生えた枝葉の少ない、太い棒のような樹に向かって剣を振る。ドライアドの能力によって作られた、見かけよりも硬く重い幹に少しずつ傷が入り、ずずんと音を立てて倒れた。
「おみごとー」
パチパチとドライアドの頭の上に乗った小人が拍手をする。すると、地面から根っこのような物が伸びて倒れた樹が跡形もなく回収され、更に大きな樹が生えた。
「次」
「よし、行くぞ!」
「おー、精が出るねえ」
通りすがりの竜人が感心する。
「けど、やっぱりこいつはこの間のワイバーンの所為かい? 言っちゃなんだが、そこまで必死に備える必要もないと思うぞ?」
「いえ、これは前からの習慣のような物なので」
相変わらず趣味も目標も分からないが、鍛練をしていると以前のように何もしないでいた時よりも気分がすっきりしているような気がする。ちなみに発案者はドライアドで、更に鍛錬に協力までしてくれてありがたい限りだ。竜人はまだ何か言いたげにしていたが、本人達がいいならいいかと納得したらしい。
「ま、無理はするなよ。ドライアドもな」
竜人の背を見送りながら鍛錬を再開すると、入れ替わるように珍しい顔が現れた。
「おはよーさん」
よっと手を上げる妖精に、自分とドライアドは同じく軽く手、ドライアドは蔓だったが、を上げて軽く挨拶をする。
「あ、妖精さん。おはようございます。何か御用ですか?」
驚く小人を尻目に訊ねつつも、自分とドライアドはある程度姿を現した理由に見当はついている。と言うのも、実は彼女らがこう動く事を狙っていたような物なのだ。我ながら白々しいと思うが、妖精は気に留める事無く用件を話した。
「いやー、用って程でもないんですけど、女王からいい物を渡されましてね。と言う訳で、ちょっとその剣貸してもらってもいいですか?」
にこにこと話す妖精は明るく、何も知らなければ最初に会った時と何ら変わらない雰囲気だ。
「どうぞ」
何の躊躇いも無く、先程まで使っていた普通の鋼の剣を差し出す。すると、妖精は重さを感じさせぬ手付きで自らの身長の数倍は軽くある剣を上に向け、その刀身に何かを押し当てた。
「……これでよし。これならどれだけ使っても刃こぼれも歪みもしませんし、万一曲がったり折れたりしたとしても時間経過で直りますよ」
「どうも」
すぐに再び手渡された剣を受け取る。見かけには何の変化もないし、振ってみても特に違和感などは無い。けれど、何かが変わったのは確実であるし、今言った言葉だけが全ては無いだろうと思う。ふと顔を上げると片目を閉じた妖精と目が合い、何かを含んだ視線が交錯した気がした。
「では、少し見学したら帰りますかね!」
すぐ帰るかと思われた妖精は、そう言ってドライアドが纏う枝の一つに腰かける。ドライアドは視線すら向けずに何の反応もなかったが、頭の上の小人はちょっと居心地が悪そうだ。自分が再び鍛練を再開すれば、ドライアドも何事もなかったかのように樹を生やしていった。




