006
「分かった!」
「来るぞ!」
次の狙いを見定めていたワイバーンは、一番人間らしい自分を標的と決めたらしい。さっきあっさり避けられた事を踏まえて複雑な軌道を描いて接近してくるワイバーンに大量の蔓が襲い掛かった。
「ガアッ!」
人であれば絞殺されそうな蔓の嵐にもワイバーンは殆どダメージを喰らっていないらしい。もともとさっきより遅いスピードを更に遅くしながらも、紙きれのようにいとも簡単に引きちぎっていく。
「ここからが本命」
ドライアドが手を上に軽く振ると、ワイバーンが向かう先、丁度翼が通るだろう場所の地面にひび割れが入る。蔓に気を取られながらもまっすぐ進もうとするワイバーンの前に、二本の樹が太い枝を大きく広げて待ち構えた。
「今」
「任せろ!」
剣を振り上げて飛び上がる体は以前よりも軽い。頭の上を目指した切っ先は、胴体のど真ん中に突き刺さった。
「グガアアア!」
全てを振り払おうとワイバーンは滅茶苦茶に暴れる。もう何度か斬りつけてやろうと思ったが、翼を覆う枝は二度三度と翼を叩きつけられて砕け散った。急上昇に伴う激しい揺れを、刀身の三分の一ぐらいが突き刺さった剣にしがみついて、振り落とされまいとどうにか耐える。
「だっ!」
しかし、上空で激しく旋回を繰り返されれば、突き立てた剣はあっさりと抜けてしまった。今度は地面に叩きつけられる衝撃を予想して受け身をとろうとしたが、その前に弾力のある感触が背中を受け止めた。
「え?」
ぼよんぼよんと揺れるのは確かに女王が用意した足場で、ゴムと言うよりは丈夫な布か何かを強力なバネで張ったような感触だった。
「大丈夫か!?」
下から追って来たのは獣人で、この高さに来るまでにこの不思議な足場の使い方に多少慣れたようだった。
「あの女王が自分の箱庭で適当やるのはいつもの事だが、対応するこっちの身にもなってほしいぜ」
ただ、慣れたように見えたのは本人的には違ったらしい。それでも隣の足場に移ると、揺れに合わせて大きく跳び上がり、爪のある腕を大きく振り下ろした。ワイバーンは咄嗟に体をよじって避けようとしたが、傷付いた翼ではそれも敵わず、繰り返し傷付けられた翼はとうとう浮力を失って落下し始めた。
チャンスだと思った瞬間に体が動き、自由落下するワイバーンに飛び乗る。初めよりも随分暴れ方が弱弱しくなったワイバーンを何度も斬りつけ、途中何度か足場に当たりながら、地面に叩きつけられると同時に斬りつけた最後の一撃によって魔力の塊となって霧散した。
「何とか倒せたようだね」
「大した怪我も無くて何よりです」
突発的な襲撃に戦闘経験がある者が自発的に集まり事なきを得た。穏やかな雰囲気が強いこの村でこの人数が集まったのは意外でもあったが、意外であるからこそ各々が少しでも力になろうとした側面もある。
「と言うか、そこまで危なくもなかったけどね」
確かに、終わってみれば結構一方的な展開だったかもしれない。初めこそ攻撃を当てるのに精いっぱいで回避できない展開もあったが、そこから先は全ての攻撃を誘導したり回避したりしているのだ。ちなみに、初めに氷のブレスで凍った指先はその後炎で溶かされて大したダメージにはなっていなかったらしい。
「いやー、うっかりしてたね。そういや炎使えるんだった」
「慣れないとやっぱり昔の感覚で考えちゃうよねー」
あははと笑う竜人と小人。随分軽い感想だが、結局のところそもそも時間をかければ普通に倒せそうな相手だった。慣れない体での戦闘。しかも、ここではそうそう戦闘がある訳でもないらしい。そのために少々手間取ったが、戦力的には十分だった。
「女王もちょっと余計な事したよね。呼びに行った僕が言う事ではないのかもしれないけど」
「大して労力をかけていないとはいえ、あれこれ作った物が壊されかねなかった訳だからな」
小人がぼやけば、真っ先にワイバーンに立ち向かった竜人も同意する。彼らが今回特に率先して動いていたのは、他の人より守りたいものが多かったからなのだろう。
「ちょっとぐらい文句は言いたいかも」
穏やかそうに見えたエルフも二人に同意して口を尖らす。個人的にはそこまで不満に思うほどでもなかったのだけれどとちらりと横に目を向ければ、不満すらうかがえない、諦めたような溜息を吐いた者がいた。
「……女王は敵ではないけど、味方でもない。自分の為にしか力を使わないから」
「あー、確かにそんな感じはしたかも」
ドライアドの言葉に自分は相槌を打つ。初めから女王は自分に都合のいい部分だけを聞いていた。お付きの妖精も頑張れの一言だけで、特に手助けをするようなそぶりは見せなかった。
「ああー、なんだ、つまり、俺達が助けられたように感じてる部分は、たまたま俺達を助ける事がアイツの目的に沿ってただけっつー事か?」
口には出さずとも、当初は小人達と同じく不満げだった獣人はどかっと座って息を吐いた。
「悪かったね。僕もあれだけ皆の為に尽力してくれた女王がああいう立場だとは思わなかった」
小人が獣人の頭に乗ってぽんぽんと撫でれば、獣人は小人を落とさぬ程度に頭を振った。
「いや、お前が謝る事じゃねえ。けど、なーんか釈然とはしねえよなあ……」
その夜、特に何をするでもなく過ごしていると、思わぬ来客があった。
「……こんばんは」
「えっ、……ドライアド?」
すっかり日も暮れた時間。いつも通り眠そうに頭をこてんとして、蔓を手のように揺らした。
「どうぞ」
「……こんな時間に起きてるのは久しぶり」
ドライアドが持ってきた茶葉を使って茶を淹れる。茶など淹れた事が無かったので言われるがままにやったに過ぎないが、話をするなら茶があった方がいいらしい。余分をいくらか貰ったので、一人の時にも挑戦してみてもいいかもしれない。
「で、話ってどうしたの?」
敬語は面倒だからいらないと言われて砕けた言葉で尋ねる。ドライアドは淹れたばかりの茶を少し口にすると、息を吐いて話し始めた。
「……あなたは女王についてどう思う?」




