005
「あれは魔族ですね。まだまだ未熟なようですが、不完全ながら無理やり空竜の姿をとったようです」
魔族と言うのは、好戦的で昔からさまざまな種族に喧嘩を売ってきた種族である。過去には何度も伝説の中に登場し、魔族の大群に立ち向かう者は勇者や英雄などと呼ばれてきた。しかし、名前だけは有名なものの、これが魔族だと言えるような特徴は殆ど知られていない。物語の中でも人や獣、小さな虫けらから強力なドラゴンまで、様々な姿をして登場している。
「魔族の特徴は、様々な種族の姿を模倣する事。再現できる対象には現時点での魔力量による制限を受けますが、魔力さえ鍛える事が出来ればどんな種族にもなる事が出来るんですよ」
「へー」
詳しく解説をするエルフに流石元魔族と感心する。今は長い耳とさらさらとした金色の髪、森のような穏やかな緑の瞳とどこから見てもまごう事なきエルフで、言われても彼がかつては魔族だったなどとはなかなか信じられないだろう。
「んー、そろそろあれどうにかした方がよくない?」
「だな」
話している間にも嫌な感覚は徐々に強くなっている。腰に下げていた剣を構えると、横から大きな炎が上がった。
「ちっ、外したか」
横からは竜人の舌打ち。空まで焼き尽くさんとする炎が消えれば、結界から少し距離を置いてホバリングするワイバーンの姿が見える。結界への攻撃を止めたワイバーンはこちらをずっと見据えており、生半可な魔法攻撃は容易く躱されてしまうだろう。
「ああも高く飛ばれては手が出せないな……」
知らず手にした剣を握りしめる。だが、一歩前に出た竜人は不適に笑う。
「いや、あの程度、高いにはいらないね」
そう言って竜人は力を滾らせるように吐息に炎を混ぜ、ぐっと踏み込むと空高くへと飛び上がった。
「私も援護します!」
エルフが手を振り落ろせば、ワイバーンに叩きつけるように強い風が上空から真下に吹き下ろす。不完全な空竜と言えど空気の塊にワイバーンが大きく体をぐらつかせると、炎を纏った爪がワイバーンを切り裂いた。
「グワオオオ!」
しかし、それで怯むほどワイバーンは大人しくはない。首をひねって大きく開かれた口からは激しい吹雪が吐き出された。
「ぐっ!」
上空にいる竜人にまともに吹雪のブレスが襲い掛かる。咄嗟に身構えたものの、触れた所から真っ白な氷塊に覆われ、凍り付く指先と体全体に降りかかる強烈な冷気に竜人は顔をしかめた。そして、そうこうしている間にも自然落下し始め、結界の向こうでだんと音を立てて地面を踏みしめた。
「やっぱり空中戦は面倒だな」
「一応私の魔法なら射程が長いけど、あまり強くはないからなあ」
「おー、また魔族来てたんだ」
「随分育ったものね」
「女王!?」
長期戦を覚悟していると、新たな声が背後から聞こえた。しずしずと歩く女王と、額に手をかざしてワイバーンを見上げる妖精。そして、ぴょんと小人が飛び出した事から、おそらく小人が二人を呼んできたのだろう。
「女王だったらあれ倒せたりしない? 無理でもその怪力妖精に竜人か獣人辺りを上まで運んでもらえたら助かるんだけど」
「いやいや、あんなところまで持ち上げられても凍らされるだけだからな!?」
ちょっと隣人に頼み事をするぐらいの気安さで話を進める小人に獣人がツッコミを入れる。それもそのはずで、獣人の強みはスピードと単純な物理攻撃力。それなのに妖精に抱えられていてはその強みは半減だし、あの吹雪への耐性を持ち合わせているはずもない。
「ふむ、つまり貴方達が戦いやすいようにフォローしてほしいと」
「出来ればさくっと倒してくれた方が嬉しいかな」
前半を無視した女王に小人は歯に衣着せぬ言い方をする。どちらも穏やかな笑顔を見せていたが、新たな戦いが始まったようにも見えた。
「良いでしょう。では、空中に足場代わりの結界をいくつか設置しましょう」
どこからか取り出した杖を地面に突き立てて鳴らすと、あちこちに結界を切り取ったような円型で半透明の足場が生まれ、更にエリュシオン全体を覆う結界がぐっと広がり、外にいたワイバーンと竜人を取り込んだ。
「内側からも外側からも通り抜ける事が出来ない結界を設置しました。後は好きに戦うといいでしょう」
「頑張ってねー」
そう言って女王は立ち去り、お付きの妖精もそれに続いた。
「えっ、どうなったんでしょう?」
「……これは逆に大変な事になったんじゃないか?」
エルフが戸惑う一方で、自分は冷静に分析をしていた。エルフ以外のメンバーもおおよそ同じ結論に辿り着いたようで、全体に緊張が走る。
「これ、ほっといたら村に被害が及ぶよね」
「あっ!?」
その通りだ。小人の説明でエルフも事の重大さに気付いたようで、思わず口に手を当てて驚いた。そんな中でも相変わらずドライアドだけは眠そうな顔で、どこかだるそうな表情をしていた。
「ガアアア!」
敵は待ってはくれない。空と言うアドバンテージが失われたと悟ったか、足場の間をすり抜けて突進してきた。
「わーー!」
皆がぱっと避けた中で響く情けない悲鳴は小人の物。ただ、人の頭にしがみついて難を逃れた辺りはちゃっかりしていると思う。それから、意外にも俊敏な動きを見せたのがエルフで、敵の動きをしっかり見据えていて、随分戦い慣れた様子が見受けられる。初めから離れた位置にいたドライアドは一歩も動いていないが、うねうねと踊る蔓はいつでも伸びられるように構えていた。
「次にアイツが来たら私が一瞬動きを止める。その瞬間に誰かが乗って追撃して」




