004
「ドライアドさん、おはようございます」
「……作物は、セルフでお願いします……ぐー」
果樹も野菜も節操無しに植えられた森か何かのような畑の中、ドライアドは日当りのいい場所で座ったまま眠っていた。体と一体化した幹から伸びる枝葉は太陽に向かって大きく広げられ、よく見れば足元からは作物の間を縫って地面の中に根がしっかりと伸びている。寝るのが趣味だと聞いたが、確かに日光と水さえあれば動く必要もないドライアドの体は便利かもしれない。投げやりな口調はテンションが低いが、寝顔はすごく気持ち良さそうだ。許可を貰ったので、使ってくださいと言わんばかりに置いてあった籠を手に取る。どちらを向いても季節関係なしにたわわに実った作物の中から好きな物を適当に収穫しつつ、額の辺りを少しさすってみた。
「やっぱり何かあるよなあ」
分かり辛いが、額の真ん中に膨らみがあるような気がする。額にある物と言えば宝石か角、それから目。やや上過ぎるから角の確立が高いだろうか。特殊なパターンとして枝や蔓がそこから伸びるパターンも無くはないが、あのドライアドのようにただじっとしていると言うのは性には合わない。更に、口の中をもごもごさせれば全体的に僅かに尖った感触。ややもすれば気のせいだと切り捨ててしまいそうなレベルだが、おそらくは何かしらの牙のある種族になるのだろう。
「にしても、このペースだと完全に変わるまでにどれだけかかるんだか」
「よーっす! 調子はどうだい!」
「うわぁっ!?」
考え事をしながら手を進めていると、突然足元から小人が飛び出して来て、思わず籠から手を離してしまう。しかし、小人は籠を器用に受け止めると、そのまま葉っぱで跳ねて頭の上へと飛び乗った。
「あはは。やっぱり新入りは反応が新鮮でいいねえ」
「それはどうも」
籠をひょいと投げて再びこちらによこすと、小人はぺちぺちと額の辺りを叩いた。
「ほうほう、なんかこの辺に魔力を感じる気がするな?」
この小人、ノリは適当だが、なかなか侮れないらしい。僅かな膨らみの方は全く感じ獲れていないようだが、叩いてくる位置はかなり的確だ。そのまま肩に移動して耳や口元を見聞していく。
「ひゃっ!?」
されるがままにしていると、小人は突然首筋から服の中に滑り込んだ。まさぐられると言うより、どちらかと言えば小動物が入り込んでいるような感覚。唐突過ぎる行動に驚いて声を上げたが、小人は途中で服に捕まって落下を止めると、背中の中央あたりでまた同じようにぺしぺし叩いている。
「ふんふん。この位置は翼かな?」
「あの、背中ぐらい普通に見せるんで、とりあえず服から出ません?」
あまりに遠慮のない行動にさすがに口を挟めば、小人はあっさり叩くのをやめ、どこをどうやったのかいきなり目の前に飛び出してきた。
「いやー、悪かったね。ちょっとやり過ぎたかな?」
取り落とした籠に飛び乗ると、いくつか零れ落ちた果物を拾って、その内の一つを手渡してきた。
「ちょっと落ち着かなかっただけでまあ別にいいけど。これで君がもっと大きかったら思いっきりはたいてそうだけどね」
受け取った林檎を前にどうしようか少し悩んでそのまま齧りつく。地面に落としたはずの林檎に汚れは一切なく、溢れる果汁は甘くて美味しかった。
「小人ばんざい。小さいのは正義だね。まあ、この調子だと尻尾とかもありそうだし、途中で止めてくれて助かったよ」
小人もまた、拾った葡萄を器用に剥いて口に入れる。粒の小さい葡萄のはずだが、食べる人間が小さい所為でまるで巨峰のようだった。
小さくて可愛らしいからと言うより、ただ単に潰してしまいそうだったからと言うだけだが、この調子だと叩いても潰れなさそうな気がする。探求心のままに完全に何も考えずに行動していたと言うこの小人、意外と研究者気質の変人である。
「それは流石にどうだろう……。これで何になるか分かったりするのか?」
「んーある程度? あとどっか違和感のあるとことかない?」
「違和感? 角と牙ぐらいしか気付かなかったけど」
最初だって指摘されるまで耳の事にすら気付けなかったのだ。言われてからは何が起こるか注意深く観察するようになったが、それぐらい自分自身の体に対して無頓着だったとも言う。
「いや、そうじゃなくてざわざわすると言うか……ちょっと説明し辛いんだけど」
ああ、それなら、と答えようとして、背筋にぞわりとした感覚を覚える。内面ではあるが、外的な感覚。無理やり表現すれば、もう一つの体が何か気持ち悪いものに触れたような感じ。それは目の前の小人も同じだったようで、お調子者の雰囲気を消して体を強張らせている。一体何が起こるのかと身構えていたが、思わぬ方向から回答があった。
「結界に誰かが触ったみたい」
揃って振り向けば、いつの間にか起きていたドライアドが遠くに意識を向けるように目を閉じていた。
「起きてても結局目を閉じてるんだなー」
「ツッコむ所そこ? なんかずっとぺしぺしされてる気がするんだけど」
原因が分かった途端に小人は最初の調子に戻る。ついでに言えば、この状況だと言うのに抑揚のない眠そうな声も緊迫感を削いでいる。
「でも、この感覚は僕も初めてなんだよね。以前にもあったの?」
「……私が来てすぐに一度だけ。その後、女王が結界を強化したと言っていた」
雑談のようなノリで小人が問えば、ドライアドの寝言のような返事が返ってくる。全体的に緩んだ空気の中で、逆に自分の方がおかしいのではないかと不安になり始めていると、遠くから駆け足で近付いてくる姿があった。
「おーい、大丈夫かー?」
「いったい何事なんだい?」
「何があったんでしょうか」
駆け寄ってくるのは獣人、竜人、エルフ。緊急事態と言う事で集まったのだろうが、一瞬、よく全員集合する村だなあと思ってしまったのは、二人の空気に毒されたせいだろう。頭を振って、先程のドライアドの解説を全員に伝えた。
「えっ、結界?」
「そんなのあったのか」
「て、敵襲ですか!?」
各々に驚いたり慌てたり。これがきっと正しい反応なのだろう。とにかく様子を見に行ってみようと、感覚を頼りに向かってみれば、そこには予想以上の大物がいた。
「えっ、何あれ! ワイバーン!?」
大きな灰色の体。爪のある翼の腕。普通なら何人もの精鋭騎士が集まって倒すような代物が、ひたすら角を使って頭突きしたり、大きく口を開いて凍える氷のブレスを吐いたりしていたのだ。




