003
「あれ? まだ焼けてなかったの?」
第三者の声に顔を向ければ、いつの間に来たのか、手のひらサイズの小人が机の上で魚籠と焼き魚を見比べていた。三角帽子とお揃いの緑の服。こげ茶色の柔らかそうな髪と幼い顔立ちはマスコットのような雰囲気だ。
「こういうのは焼き立ての方が美味いだろう。ああ、でも最初に焼いたのが多少冷めてしまったな。少し待っておれ」
竜人が弱く炎を吹きかければ、すぐにまた美味しそうに湯気を立てる。小人は小さなナイフを取り出して、適当に切り分けた魚にかぶりついた。
「こっちはお前の分だ。他の連中を待ってやる必要はない。熱いうちに食べな」
更にもう一匹焼かれた魚が目の前に差し出される。確かに、熱々の魚は美味しそうで、獣人達を待っているのはもったいないような気もしてくる。小人が美味しそうに食べるのを身ながら、戸惑いがちに手を伸ばす。恐る恐る口にした魚は表面がパリッとしていて、中はほろほろと柔らかい。
「どうだ。竜人の焼き魚は美味いだろ」
「ええ、美味しいですね」
「何故お前が自慢するのだ」
何故か得意げな小人に竜人が呆れた目を向けるが、どこか照れたような雰囲気もある。どんどん食べ進め、一匹をそろそろ食べ終わりそうな頃、再び扉が開いた。
「呼んできたぞー。お、やっぱりもう食べ始めていたか。竜人の料理は美味いだろ」
「だから何故お前が自慢するのだ」
小人と同じような事を言う獣人の後ろには見慣れない顔が二つ。全員が揃ったところで、魚を食べながら、新たに来た二人を合わせて改めて自己紹介をする事になった。
「じゃあ、まず俺から。つっても、さっき話をしたし、大して言う事も無いけどな。お前の一つ前にここに来た元エルフの獣人。趣味は釣りだ」
「次は私だな。私はコイツの前にここに来た元妖精の竜人。趣味と言うほどの物は特にないが、気付くと家に色んな奴が集まっている事が多いな」
「では、次に私が。私は竜人の前にここに来た元魔族のエルフ。趣味は歌を歌ったり作ったりする事。リュートも得意だから、たまに聞きに来てもらえると嬉しいな」
「この流れなら次は僕かな? 僕は元人魚の小人。趣味は散歩で、よくあちこちの家にお邪魔してるよ!」
「……私は元人狼のドライアド。村の外れで果物を中心に色々作ってる。趣味は寝る事で……」
最後は途中で寝始めてしまったが、どうやらこれで住人は全員らしい。それにしても様々な種族がいる。城にいた頃には時々獣人の姿を見かける事があったが、それ以外は全く見た事が無い。元として紹介している種族も一切見た事が無く、機会があればどんな姿なのか聞いてみたい気もする。
「えっと、最後は自分かな。自分はもともとは人間だったけれど、これからどうなるかはさっぱり分からない。仕事人間だったもので趣味なども無く、これからどうしようかと決めあぐねている所だ」
我ながら語る部分のない自己紹介だ。誰も名前を名乗らなかったが、基本的には種族名辺りで呼べばいいのだろうか。徹底的にここに来る以前の事を話さないのだなと感心していれば、竜人からそれを肯定する説明が追加された。
「基本的には種族名で呼ぶが、何になるかが確定するまでは原則新入りなどと呼ばれるのが慣習だ。種族名で呼ぶのも慣習で、明確に決まりがある訳ではないがな」
各々食べ終われば、自然と集まりは解散された。一番最初に出て行ったのは小人で、気が済むまで食べると、真っ先に机から飛び跳ねて窓から出て行った。ちなみに、一番たくさん食べていたのも小人であり、一人で五匹も口にしていた。あの小さな体のどこに入ったのか不明だが、食べる速度も大概でたらめである。
「皆結構個人主義なんだな」
多少歓迎会のような雰囲気はあれど、どちらかと言うとちょっとご飯作り過ぎたから食べてってと言った感じのノリだ。
「そうそう。お前もここではあんまり気遣ってばかりいないで思うままに行動した方がお互いに楽だぞ」
机に肘をついて、他人の家とは思えないほどに寛いだ獣人が言う。一方の家主はいつの間にか用意されていた酒を飲んでうつらうつらしている。
それから、適当に切り上げて家に戻って来た自分は、ベッドの上で大の字になって寝転んでみた。
「何もしないってのもありかもしれないなあ」
ここにはあれこれ命令と言う名の口出しをしてくる上司はいない。人の事情に土足で踏み込んでくるような馬鹿もいない。寒さや飢えに怯える必要すらなく、何かをしなければならない理由がまるでないのだ。
「何か必要になってから適当に隣人にでも聞けばいいだろう」
ここではどんな物でも簡単に手に入る。どこかふわふわとする不思議な安心感の中で、手始めに生まれて初めてとも言える惰眠を貪る事にした。
目が覚めたら朝だった。
なんだか前にも似たような展開があった気がするが、まだここに来て三日目である。むしろ、夜に起きる事が可能なのかどうか、機会があれば試したいと思う。
などとその日食べる物も用意していないのに、呑気な事を考えている状況もまだ不思議な感じがする。今日も特に予定はないのだが、とりあえず村外れにあるらしいドライアドの畑にでも行ってみる事にしようか。その段になって詳しい位置を聞いていなかった事に思い当たったが、意外にもすんなりと目的地に到着する事が出来た。しかし、辿り着いてすぐにエリュシオンの環境の特殊さを思い知る事になる。
「これは……」
訪れた畑は思ったよりも沢山の物が植わっていたが、その種類よりも植え方の方が目に付いた。ちょっとした一軒家が二、三軒は立ちそうなスペースに、これでもかと言うほどの作物が所狭しと植わっていたのだ。




