002
「これは……」
「このエリュシオンではよくある事だな。この村で過ごすうちに少しずつ姿形が変わっていく。聞いた話だが、魔族だった奴がエルフになったり、妖精だった奴が竜人になった事もあるらしい。俺自身、ここに来る前はエルフだったしな」
「え!?」
驚いて思わず獣人の方を見るが、どうあってもエルフだった頃の彼の姿がイメージできない。無理やりイメージしようとして見たが、エルフらしからぬごつい姿の何かが頭に浮かんだだけだった。
「はっは。驚いたか。俺も初めて聞いた時はお前と同じぐらい驚いたさ。なんたって、元魔族のエルフも元妖精の竜人も、今の姿の方がずっとしっくりきていたからな」
まさか、姿が変わる事によって内面も変わってしまうのだろうかと不安になれば、獣人はそんな事は無いと首を振った。
「俺は昔からこんな感じの性格でな。大雑把だし、旅人から習った釣りもエルフらしくないって常々言われてたんだ。無論ここに来てからはそんな事も言われなくなって、逆に獣人らしいと言われるようになった。それで思ったのさ。今のこの姿こそが本当の俺の姿なんじゃないかって」
考えた事も無い感覚だった。かつては自分も騎士らしくあれと言われた事はあったが、本当の自分は一体何なのだろうか。
「耳が尖ってるからエルフか妖精か……。獣人はねえかな、性格的に。でも、大概の種族は人間よりは耳が尖ってるしなあ」
獣人は楽しそうに色々予想を立てているが、いまいちしっくりくる種族が思い浮かばないようだった。意識すれば体全体が変わっていくようなざわついた感覚を覚えたが、不思議ともう恐れは感じなかった。
「そういや、お前はこれから何をやって暮らしていくつもりなんだ?」
「それが、何も思い付かなくて……」
幼い時から趣味も無く、言われるがままに働いてきた。こんな場所では騎士のような仕事は無いだろうし、かといって城下に下りた事も碌にない身では一般的な職業をよく知らない。
「じゃあ、しばらくは何もせずに過ごしてみたらどうだ?」
「いや、そういう訳には……」
初日は女王達に色々貰ったが、いつまでも他人に甘えているわけにはいかないだろう。と思っていったのだが、獣人に豪快に背中を叩かれる。
「なーに遠慮してんだか。見てみろ。ちょっと釣り糸を垂らしただけでこの魚の量だぞ? ここではどんな物も簡単に手に入る。生活に便利な魔法を使える奴も多いし、一人ぐらい怠け者を養うぐらいどうって事ないぜ」
「それは……」
確かに、ちょっと雑談の片手間に釣っていただけで、持ってきた二つの魚籠は溢れそうになっている。あまり考えずに釣っていたが、二人分を優に超える量があるだろう。
獣人は竿や餌をしまうと魚籠を持ってすっくと立ちあがった。
「そんなお前にいい物を見せてやるからついて来な」
慌てて見よう見まねで竿をしまい、返事も待たずにずんずん歩きはじめる獣人の後を追いかけた。
「おや、早速新入りを連れ歩いているのかい?」
自分が貰った家とそう大きくは変わらない扉をくぐれば、竜人の女性がいた。竜人と言えば、ドラゴンと共に人では決して辿り着けないような険しい山や断崖絶壁の荒れ狂う海に囲まれた孤島などに暮らすとされる種族。従者とも言える立場の彼らはドラゴンの命が無ければ外へ出る事も無く、どんな冒険家でもまず出会う事は無い。
尖った耳と真っ直ぐな二本の角。顔の横を残して肩のあたりで切り揃えられた赤髪は、最初に見た妖精のそれが橙よりであるのに対して、この女性は紫交じりの紅と言うべき色合いだ。つり目がちの金の瞳は柔らかさも持ち合わせており、親しみやすい姉御と言った雰囲気。これで大酒など呑ませてやれば絵になりそうだが、この場所の例に倣えばあまり間違いではなさそうな気がする。ただ、家の中にあがらせてもらえば、割とシンプルで、よく見れば意外にも可愛らしいインテリアなども見かけられた。
「姉さんも俺の時は随分連れ回してくれたじゃないですか。で、いつも通り魚釣って来たんで、調理を頼むよ」
獣人が差し出した魚籠を受け取ると、魚にざっと塩をふりかけ、おもむろに一匹の尾を掴んで顔の前に持って行く。釣ったばかりの魚はまだ動いていたが、竜人は魚に向かっていきなり炎を噴き出した。
「わっ!?」
「はいよ。これで一匹完成だな。本当は串とかに刺してじっくり焼くんだろうが、まどろっこしくて私はいつもこんな感じだ」
勝手知ったるとばかりに獣人が用意してきた皿に焼き立ての魚が置かれる。一瞬で出来上がったとは思えないぐらいに綺麗な焼き目が付いていて、よだれが出そうないい匂いを漂わせていた。
「さて、私は残りの魚も焼いておくから、アンタは他の連中を呼んできな」
「へいよー」
どちらを手伝うべきかと悩んだが、声をかける間もなく獣人は家から出て行ってしまった。竜人は自分で言った通りに魚を焼いていくのかと思ったが、観察するような目でこちらを見てきた。
「私の事はどれぐらい聞いてるんだい」
「いえ、何も……。ああ、でも、元妖精の竜人がいるっていう話は聞きましたね」
「へえ。やっぱり最初にその話をしたか」
竜人は今しがた出て行った獣人を気にかけるように目をやった。ここへ来たばかりの獣人を案内したのはこの竜人だと言うし、二人しか知らない事柄もあるのだろう。しかし、こちらが見ているのに気が付くと、口元に笑みを浮かべて表情を隠してしまった。
「いや、こっちの話だ。だが、何となく分かっていると思うが、ここにいる連中はおそらく全員が訳有りだ。ちゃんとした覚悟も無しにあまり過去について詮索してやるなよ」
「ええ、分かっています」
正直、人間以外の種族とまともに言葉を交わした事が無い身では、どんな悩みを持っているかなど全く想像がつかない。自分についてはそれほど隠したい過去がある訳でもないが、面と向かってきかれた時にちゃんと平静で答えられる自信はない。
真っ直ぐ目を見て答えれば、竜人は杞憂だったかと言うように目を和らげた。




