032
「雷もここまで近づくとすごい音だな」
近づく程に雷鳴は大きくなっていく。
「おっ、あれじゃない!」
見れば、雷光が生き物のように木々の間を駆け回っているのが分かる。
「これは…魔族が複数いるな」
混ざり合う叫び声。聞き慣れない声が多いが、亜竜と思しき声も少なくとも2体分は聞こえる。茂みに隠れて静かに様子を窺うと、噂に聞く勇者の姿が確かにそこにあった。
全身に雷光を纏う白銀の姿。体格は十代前半から半ば程度に見えるが、動きは精錬されていて、歴戦の戦士を思わせた。
「綺麗…」
戦いに自分達が手を出す余地は無い。レベル差もそうだが、まるで一つの作品のように完成されていて、そのまま観ていたい気分にさせる。
身長をはるかに上回る光の槍は、見上げるように大きな巨鳥や亜竜を圧倒し、宙を駆けながら鮮やかに斬り裂いていく。隙を突こうと背後から飛びかかった黒い蛇も、彼は舞うように突き刺し、一瞬で魔力に変えた。やがて周囲に静けさが戻ると、彼は槍を振り払い、身に纏っていた雷光を消した。
「……」
圧倒されるとはこう言う事だろうか。ちらりと横を見ると、二人も言葉を失っていて、小人だってこのまま飛び出そうとはしなかった。
「……あれ?」
「え…?」
ふと視線を戻すと、先程まであった姿が無い。きょろきょろと見回していると、突然背後から肩を叩かれる。
「……何をやっているんですか?」
「つっかえ棒」
銀色の髪と鎧。片手に銀色の槍を持ち、青白い雷光をうっすら纏う姿はとても神々しい。
いつぞやに城の侍女たちが話していたのを聞いた気がするが、残念なイケメンってこんなのを言うのだろうか。故郷から遠く離れた所で異国も何も無いが、ドライアドや先程の商人にやや似た、異国らしい薄い顔立ちだ。
「ふむ、戸惑っとるな。ああ、挨拶をしとらんかったな! やあやあようこそ勇者の世界へ!ってそれはなった瞬間に言う台詞や! ともかく、はじめまして、俺は雨と雷の神ライトニングの眷族。勇者のツジ・ユーノスケや。気軽にユーノスケ呼んだってな。何はともあれ、その身を覆う気配は確かにいずこかの神の物! …そやけど、格好は見慣れん気いするし、神の方もかなり若かったりするんやろか? いやでも、馴染んどらんだけで、量は結構あるしなあ…。あかん、色々ツッコミどころある所為で掴み所があらへん。っちゅう訳で、あんたら何しにここへ?」
なんだか、どっと気が抜けるような、いつも見ていた神殿があっさりと崩れ落ちていくような、そんな気分だ。とりあえず、話すのが早いし、長い。外見を全力で裏切る中身だが、一瞬で気配も無く背後に移動するなど、明らかに格が違う。にこにこと笑顔を見せる様は邪気が無さそうに見えなくも無いが、確実に見かけ通りの年齢では無さそうだ。
「えっと……」
「観光!」
「そっかー、観光かー。確かにここ以上に見応えのあるも無いかも知れへんなー……って、え?」
まるで動じた様子の無い小人にぎょっとしたが、その台詞にあちらも呆気に取られていた。
初対面ながら、珍しい表情なのだろうなと見ていると、こほんと咳払いをすると改めてこちらをざっと観察した。
「う、うーん、勇者なのはほんまっぽいし、ある意味では間違いでは無いけど……。いくら死なへんからって観光かー…」
「死なない?」
気になった部分を繰り返すと、彼はまたきょとんとしていた。
「え?なんや、それ聞いたからこんな事しとったんやないんか?」
「一応、絶対死なせない的な話は聞いてたけど、話が無くてもある程度は気にしなかったかもねー」
「……頼むから気にしてくれないかな」
無鉄砲な発言に口を挟めば、冗談だと小さく笑う。
「流石にあの話が無ければいつでも逃げれる準備はしてたって」
ユーノスケはますます呆れたような、訳の分からない物を見るような目を向けた。
「……育成方針には色々あるさかいなあ。どこまで口を出したらええもんかな」
「えーと、あまり気になさらず」
「あー、こんなところにいたー」
木々の向こうから歩いて来たのは、ふわりとした金髪碧眼で、淡い色合いの薄布を何枚も重ねて纏うのんびりとした雰囲気の可憐な女性。どうやらユーノスケの知り合いのようだが、雰囲気や顔立ちは似ても似つかず、赤の他人と言われた方がしっくりくる程だ。
「こんなところにって、マリーがまた寄り道しとっただけちゃうんか」
「そーとも言うかなー」
マリーは自分達に負けず劣らず能天気なのだろうか。
「あれー? えーと、君達は新しい……」
「勇者っぽいで」
「へー。私はマリー・ルチア・フィールズ。癒しの神ヒールに仕える魔法使いだよー。よろしくねー」
「よろしくお願いします」
マリーは柔らかな笑みを浮かべて挨拶をする。こちらは特に年齢不相応な雰囲気は無いが、隙だらけかと言えばそうでもないように感じる。
「マリーは今は一緒に行動しとるけど、普段は治療が必要な人に魔法を使ったり、色んな人の仲間としてついて行ったりしとるんや」
「癒しの力はどこでも需要があるからねー。他の神々の助けを借りて世界各地を回りながら治療をして回っているんだよー」
マリーは気取った所も無く、自然体で話す。紹介するユーノスケの方が自慢げなぐらいだ。
「マリーは癒しの神の眷族の中では神使に次ぐ神のお気に入りでな、マリー以上の回復魔法のエキスパートはおらんのやで!」
「それは凄いですね!?」
世界が違い過ぎて具体的な凄さが分からないが、相当な物には違いない。魔法使いどころか、聖女と言うべき存在ではないだろうか。




