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「……伝説の一説にありそうな」
「だろ? だから誰もが思ったのさ。彼は間違いなく勇者だって」
来訪した勇者はそれだけでは終わらなかった。それからあまり日を置かずに、いつも来ない者も含めた複数の勇者達が現れ、森に蔓延っていた魔族を競うように倒していった。
「知ってる範囲では、雷光の勇者を中心とし、何人かの勇者と、レイキア湖に拠点を置く湖の勇者、更に元からこの町にいた癒しの魔法使いなんかも参加したらしい。それからすぐの事だったな。どうやら親玉が倒されたらしいって噂が聞こえてきたのは」
いくら強力な魔族が集まっていても、リーダーが魔王であるとは限らない。魔王でなくても魔族がリーダーを立てて集まる事はよくあり、一般人から見れば大差ない強力な魔族の場合もある。具体的にどのような差なのかははっきりしないが、強さや集団の規模、行動パターンでおおよその区別をされている。
「……魔王と言うには呆気ないように聞こえるが、ただの集団と言うには取り巻きが強すぎる。しかも、通常の集団によくある計画的な行動が見られなくて噂が錯綜していると言う事か」
「そうそう。伝説だって必ずと言っていい程酷い被害が出てるのに、流石に数人で周りに大した被害も出さずってのはちょっと拍子抜けする話だったんだ。人外ばかりのここの強者が苦戦したのは事実だし、単に勇者達が特別強かっただけかも知れねえがな」
所詮噂は噂。関係者ではないのだから、話せるのはこの程度だと商人は締めくくった。
「それで、結局この辺りの魔族は皆いなくなったのか?」
魔族を見たかったらしい小人は少々残念そうにしているが、いなくなったならいなくなったで、安全に跡地を見物して終わるんじゃないかとも思う。けれど、そう上手くはいかないらしく、商人は首を横に振った。
「一応親玉がいなくなって湧きは止まったみてえだけど、集合の方は全然止まってないみてえだな。以前のような襲撃は減ったが、近付くのはあまりお勧めはしないよ」
町に入ってから小一時間。小人の気が向くまま町を回って、魔族が集まる場所側から町を出た。
「……何も出て来ないな」
前回の雨からそれなりに日が経っているのか、町を取り囲む森の中はやや見通しが良くなっているが、たまに小動物がいる程度で、魔族の気配はまるで無い。
「エルフに散々脅されたのにねー」
「……まだ少し遠いだけ?」
魔族の様子が見たいと言った小人の目的は半ばと言った所だが、多少すっきりしていても森は森。気付けばすぐ側なんて事も起こりかねない。
「……絶対死なせないってどう言う意味なんだろうか」
「意味深だよねー」
小人の言い方が軽い。何か聞いているのかと視線を送ってみたが、特に表情は変わらず、はいともいいえともつかなかった。
「ま、一応お墨付き貰ったし、奥まで行ってみようか」
「あれはお墨付きでいいのか?」
女王の事を信じない訳では無いが、この先にいるのは行き合えば確実に死ぬようなレベルの相手だ。小人がぴょんと飛び出して手を振っているが、果たしてそのままついて行っていいのやら。ついと横に目をやると、ドライアドはぱちぱちと瞬いて、小人の後を歩き出した。
「……女王がこれまで絶対なんて言った事は無かった」
「……」
自分は前について何も知らないが、何かが変わり始めているのは何となく分かっている。
多くは語らない、たまに意味ありげな目で見ている女王。御付きと言う立場を崩さない妖精。いつか話してくれそうな気がして、今は殆ど何も聞き出してはいない。
「……少なくとも、死んで欲しがられているようには見えないか」
「ほら! ここはずいっと行こうよ! 今更人生楽しんだもん勝ちだって!」
「……そうだな」
結局、水を得た魚のように勢いを増す小人の言葉に頷く。
ちなみに、どうでもいい事だが、この世界で人と言う言葉は人間だけではなく、知的生命体全てを指す言葉である。
「ん?」
何か違和感を覚えたらしい小人が立ち止まった直後、近くで雷でも落ちたようなどーんと言う音が聞こえた。
「わわわ!」
すぐに暗い空から大粒の雨が降ってきて、小人は雨を避けるようにドライアドに飛び乗った。
「これは流石に出直した方が良さそうだな」
「……うん」
雷雨の中では魔族がいてもいなくても危険だ。そう判断したのに、小人はまだ制止する。
「待って待って。この雨、魔法の気配がする」
「え?」
言われてぱっと上を見上げたが、やはり違いなど分からない。けれど、ドライアドは言われて微かに違和感を感じたらしい。目を凝らすように空を見ていたが、詳細を問うように小人を見た。
「多分、雷の神ならライトニングとかかな。残念ながら、僕は神の名前は殆ど知らないし、何人いるのかさえさっぱりだけど」
遠目に雷の魔法を見た事はあるのだけれどと、視線を集めたものの、全く役に立てそうにないと肩を竦めた。
「ライトニングなら自分も聞いた事があるな。あの辺りで勇者と言えば、ライトニングの勇者と、後は海の神ティアマトぐらいだったからな」
強いて言えば、この二柱の神があの国で信仰されていた神と言う事になるのだろう。しかし、あの国では神よりも王家に祈りを捧げる事が多く、この二柱の神ですら単独での神殿を持たず、他の神と共に祀られた共用の神殿があるのみだった。
「……私の所とは随分違いそうだね」
「ねー、そんな事より、見に行こうよー」
小人がドライアドの頭をぺしぺし叩いている。
「……まさか、あの雷の方か?」
位置は多少変わったようだが、相変わらず雷は鳴り響いている。小人がぐっと親指を突き立てると、ドライアドは躊躇なく歩き出した。




