023
振り上げられた剣が空を切る。そこへガラスのように透き通った槍が突き出されるが、その槍もまた難なく躱される。振り切らずに返された剣が再び小さな的を狙い、相手の動きを読んだ切っ先が正確に空中を跳んだ体を吹き飛ばした。
「勝負あり」
「あー行けると思ったのになー!」
真剣で吹き飛ばされたはずの小人はすぐに起き上がる。いつもドライアドを相手にやっていた模擬戦。今回は予想通り待ち構えていた小人とやる事となった。いつもは枝などを使っていたから特に気にせず真剣を使っていたのだが、今回やりあうのは生身の相手。初めは別の物を使おうと提案したのだが、小人曰く、女王に頼んで怪我しないようにエリュシオンの設定を変えてもらったらしい。設定とは何かと聞くと、異界はどこでも支配者がルールだからと言う、分かるような分からないような答えが返ってきた。
「小人も結構強かったぞ」
「社交辞令いらなーい」
「いや、お世辞ではなく」
あっさり倒された事がくやしいらしい小人は口を尖らせるが、本当にその言葉に偽りはない。
実戦のみで磨かれたと言う野性味を感じる自由な動きは洗練された物を感じ、もし、初めからちゃんとぶつかれていれば、もっと苦戦したと思える物だった。
「もしかして、昔は魔法を使ってたんじゃないのか?」
指摘すれば、小人は驚いて口を開けた。
「別に、使えないものを使おうとしたという訳じゃない。ただ、使えるつもりで動いて、慌てて戦術を組み直したように見えたんだ」
最初の動き出しでの不自然な僅かな遅れ。その直後の動きは慌てたように粗が多く、その後は粗が減っていったが、立て直しが間に合わずにどんどん押されて行った。
「普通に熟練レベルだと思うし、もう何度かやったら負けるかもしれないとも思うな」
「よく分かるもんだねえ。それこそ熟練っていうんじゃない? ……もしかして、魔法の種類まで予測ついたり?」
「魔法は詳しくないからなあ。とりあえず、懐に誘い込んでカウンターで吹っ飛ばす攻撃の起点の能力かなって予測したけど」
少なくとも後攻で出す技。それも無詠唱の種族魔法。一瞬何が出るかとひやりとしたものの、予測できないものは仕方がないと突撃に賭けた。逆にここで警戒して引き下がっていれば、イーブンぐらいには持ち込まれたはずだ。
「やっぱりそこまで予測できるのかー。ところで、詠唱省略って知ってる?」
「省略?」
「読んで字のごとくだけどね。言葉の力を借りないから最低でも威力半減、素人がやると発動すらしない、不意打ちか緊急時しか使えない小技があるんだよ」
「魔法って色々あるんだな……」
そもそも、以前自分が姫君に聞いた魔法は、結局戦闘とは無縁の初心者に聞いたに過ぎない物なのだから、姫君も知らなかったような物が沢山あってもおかしくはないのだろう。それにしても、かつて人魚であったはずの小人が呪文を使っていた事は予想外だった。
「あー、実は、人魚って言っても殆ど形だけみたいなもんだったんだよね」
「え、形……?」
「そ。水流を操ったりとか、歌で魅了したりとか、そういう能力全然なくて、ぶっちゃけ、ただの人間に魚くっつけたみたいな感じだったよ」
後半は笑いながら言う。人魚と言えば、複雑な海流の中に住み、無謀な人間を引き寄せる恐ろしい存在。しかし、飛びぬけた生命力を持つ彼らの肉は不老不死の力を持つとされ、その肉を喰らって、長い時と高い再生能力を得た人間もいたという。
「寿命は人並み、ちょっと泳ぎが得意で、水の中でも息ができるだけ。だから、普通に神の力を借りる事もあったし、人魚の中から勇者が選ばれる事もあった。と言うか、神の力を借りる為にそういう力を対価として支払ったらしいんだ」
かつては様々な能力を持っていた祖先の人魚。人のいない静かな海で暮らしていた彼らの元に、ある時人間が移り住んできた。人間達は人魚がいる事をもともと知っていた訳ではなかったが、偶然戦い慣れしていない人魚を見つけたとなれば、やる事は決まっていた。
一人でも食われればきっと勝ち目はない。そうでなくても戦いに縁がなかった彼らに逃げ惑う以外の選択肢はなかった。そんな状況の中で、小さな子供や、動きの鈍い弱い人魚が取り残された。何とか岩場に隠れたものの、まともに戦える者がいない集団では、捕らえられるのも時間の問題。その時、ある聡明な子供が提案したらしい。イチかバチか、彼らの神に頭を下げて保護してもらおうと。
人がいるところには大抵神がいる。その時も、人が来てから急に霧がよく出るようになった事から、確実に霧の神がいるだろうと思われた。けれど、人魚狩りに神が力を貸した様子はなかった。もしかすると、神は人魚の力を求めてはいないのではないかと考えたのだ。
霧が辺りを覆った時、人魚達は霧神を呼びながら、必死に祈りをささげた。それまで祈りとは無縁だった人魚に正しい祈り方など分からない。とにかく声を上げながら、必死で縋った。そして、霧の中から人影が現れた。
人間のような姿に人魚達はびくりと震えた。けれど、海の上に立つ姿はどう見ても人間ではなかった。そして、人魚達は頭を下げて頼み込んだ。何でも差し出すから、命だけは助けてくれ。人間達から自分達を守ってくれと。
「人でない者達は神に祈るという事自体に馴染みがない。それどころか、他の種族に対して横暴な人間に味方する事から嫌っているような奴も珍しくない。でも、僕達は、生まれた時からとても身近な物だった」
「……その霧神は優しかったんだな」
表情を見ていれば考えなくても分かる。と、同時に、今のよそよそしい雰囲気の原因に思い当たるところがあった。




