021
日差しも傾き、空が赤く染まっていく。帰還までの残り時間は丁度折り返し地点。気温の所為で全く実感出来なかったが、時期的にはまだまだ春である。
そして、ミシェが言った通りに戦いは日が暮れてからが本番だった。
「次が来るぞ!」
連戦に次ぐ連戦。昼間は魔族を探している時間の方が圧倒的に長かったと言うのに、夜になってからは戦っている時間の方が長いほどだ。
「正面からワームの接近を確認! 備えろ!」
夜の闇に溶け込む淀んだ黒の体色。ワームは、頭部はドラゴンの形をしているが、翼は無く、手足は殆ど無いか短い。空は飛べない代わりに堅い地中でも、すり抜けるように自在に動き回る能力を持つ。不完全な地竜、ワームの姿をとる魔族。多数の敵に囲まれた中では特に警戒すべき相手だ。
「グアオオ!」
咆哮を上げるワームから知性は感じられない。戦術も無く暴れ回り、何匹かの魔族が巻き込まれて潰されている。ワームに気付くと同時に距離をとって様子を窺うスコーピオンや、さっさと逃げてしまった小型魔族のトサカを持つ毒蛇バジリスクの方がよっぽど賢そうに見える。
しかし、いくら愚鈍でもあの体躯で暴れ回られれば脅威である。以前のワイバーンとは桁違いの大きさ。例え掠り傷でも大怪我は避けられない。
「どわっ!? あ、あれホントに勝てるんだろうな!? アイツはいつも適当に町から遠ざけて逃げるような奴だぞ!」
自分は倒すつもりで備えろと言ったのだが、どうやらミシェは町を守る誘導程度で下がるつもりだったらしい。及び腰で攻撃を避け続けるミシェは半ば涙声だ。
「攻撃さえ通れば大丈夫っだ!」
隙をついてワームの背に飛び乗り、駆け上がって頭の少し後ろ辺りを思い切り斬りつける。鱗は思ったよりは柔らかく、下の肉までは届かなかったものの、狙った鱗はちゃんと砕けていた。
「よし! 同じところを狙えば普通に攻撃できるぞ!」
体をよじるワームから飛び降りながら叫ぶ。
「ホントか! ってあんなのどうやって狙えってんだあ!」
叫んではいるが、ちゃんと倒す気になったらしいミシェは、ワームを真っ直ぐ見据えて隙を窺う。
「適当に背後を狙っていればそのうち倒せるから大丈夫だ」
再び死角を縫って先程と同じワームの背を斬りつける。
「なんでそんな的確に斬れるんだ。アサシンか何かか?」
「まさか」
正面から打ち合えない事が多い魔族との戦いで正々堂々と戦おうとするのは馬鹿のする事だ。個人的に主君のために働けるのなら暗殺者でも何でもいいが、騎士と暗殺者は全く異なる物。今の立場となっても騎士としての在り方を捨てたつもりはない。
「アイツの視野は広い。だが、気配には鈍感だから、動きを読んで真後ろに立つだけだ」
「お、おう?」
ミシェは見様見真似ながらきちんと背後をとる。足が無いために背中に乗るのは難しいかと思ったが、動きに合わせて尾びれを引っ掛け、同じ場所に銛を突き立てた。
「貰ったあ!『霧よ、集いて水の槍となれ!』」
「グギャアッ!」
ミシェが早口で呪文を唱えると、突き立てるのに合わせて周囲の霧が銛に集まり、巨大な槍のようになる。呪文によって更に深く攻撃が通り、ワームは悲鳴を上げた。
「お、やった!」
危なげなく大きな一撃を与える事に成功したミシェは思わず喜びの声を出す。
「すごい威力だな。あれだけあればそんな小細工いらなかったんじゃないのか?」
「そんな事ねえよ。ワームの鱗は水に強い。同じ衝撃でも物理や風属性の技とは効き方が違う。でも、漠然とした攻撃と明確な追撃でここまで威力に違いが出るとは俺も知らなかったけどな」
魔法と言うのは思ったよりも色々な法則があるらしい。後で聞いた話によると、ミシェは水の属性の技しか持っておらず、守りと言う面では土や風に有利らしいが、攻撃面では不利。本来であれば強敵には近隣の異なる属性の神に助っ人を頼めるといいのだが、生憎近場に神はいない。だから、適当に町から遠ざけるか、代わりにたまにふらりと訪れる“流浪の神”の勇者の活動を見逃す事によってしのいでいるらしい。ちなみに、炎属性に対しては逆の相性である。
ワームは思わぬダメージを負った所為か、単純に痛みの所為か狙いすら定めずにより激しく暴れ出す。周囲で様子を窺っていた小型の魔族も危険を感じてすっかり姿を消していた。
「周囲に魔族は全くいない。私も援護に入る」
ワームへの有効打に乏しいために周囲の警戒に当たっていたドライアドが告げる。
「ああ、足場を頼む!」
ワームが周囲を見ていた時は足場なんか作ってもすぐに壊されるのが目に見えていた上、かえって不意打ちの邪魔になる可能性があった。しかし、逆に激しく暴れて背中に乗るのも困難になれば簡易的な足場は有効だ。一回ぐらいは強く踏み込める程度のシンプルな樹が自分の動きに合わせて次々生やされて行く。
「はっ!」
「ギャッ!」
「っと!」
接敵、斬りつけ、すぐ離脱。互いの動きにも慣れたもので、協力して効率的に体力を削っていく。
「グギャアアア!」
「ん、倒れたか」
何度目かも分からない攻撃の後に巨体が倒れ、体の端から順に魔力となって消えていく。魔力の半分程度は剣に吸い込まれていったが、残りは空気中に広がって消えた。
通常の動物と根本的に体の構造が異なる魔族はギリギリまで動きが全く鈍らない。小型の魔族ならある程度感覚で残り体力が分かるが、ここまでの大物は初めてで、倒れた時は達成感よりも先に多少の驚きを覚えた。
「ホ、ホントに倒せた……!」
集中している時は気付かなかったが、今見れば月の位置がぱっと見ただけで分かる程度に移動している。ワームに遭遇した当初はまだ真夜中に近かったと思ったが、今はもう夜明けの方がずっと近い。
「ふむ。互いに予想以上の体力だったな」
「え? 互い?」
「実はこんなに持久戦になるとは思ってなくてね。今日ずっと狩り続けて、ちっとも体力が尽きないなとは思っていたけれど、自分もワームも両方予想外で結果的に良かったよ」
まあ、たとえ体力切れになっても一旦少し休憩して出直すだけだから問題はないが。
思い返せば予兆はあったのだ。前回孤島へ行った時も、朝一から朝食も取らずに動いていたにもかかわらず、午後に日が傾き始めるまで大して休憩も取らずに動き続けられた。普段の模擬戦だって、休憩のタイミングは以前と大きくは変わらないものの、嘗てなら瞬間的にしか出せないような本気の動きを一回の戦闘中ずっと続ける事が度々あった。ただ、その後は普通に動いた分だけ空腹になっていたから、単に集中して気付かなかっただけだと思っていた。
「ああ、勇者は魔力で体の動きを高めているからな。食い溜めでもしておけば、好きな時に魔力によって変換されて体力として使えるんだ。ま、人魚とか人間以外の種族でもある程度そう言う事やるから、逆に初めて人間と一緒に行動した時に驚いたんだけどな」
「じ……種族によってある程度差はある」
「へ? そうなのか?」
ドライアドは普通に補足しようとして言葉を言い換える。やはり、人狼であったと言うのはコンプレックスなのだろうか。
「……ドライアドではなく、知り合いの種族」
「ふーん?」




