019
「今のは……」
他のスコーピオンと同様にリーダーも魔力となって剣に吸い込まれる。
「……エルフは火山などから生まれたばかりの魔族を知性の低い魔族と言った。それ以外であれば、それなりの知性を持っていても何らおかしくはない」
そもそも、あのエルフ自身がハーピーと比べるのも失礼なほどの高い知性を持った魔族だ。魔族自身がどちらも魔族とひとくくりに呼ぶのなら、確かに中間の存在がいてもおかしくはない。
「魔族の声なんか初めて聞いたな」
全ての種族の敵とされる魔族。騎士なんて物をやっていれば、戦う機会などいくらでもある。自分も数え切れないほど倒してきたが、声らしき物を聞いたのは初めてだ。
「人に化けるような奴だけが特別だと思ってたな」
「喋る魔族なんざ珍しくもない」
「えっ?」
突然聞き慣れない男の声が響く。驚いて見回すと、乾燥した砂漠だと言うのにいつの間にか周囲を完全に霧に覆われていた。
「ふん。こんな所で勝手に魔族を狩る奴がいると思えば、随分危機感のない奴がいたもんだ」
海のように青い髪に真っ黒な瞳。額当てと鰭のような耳。鎧に覆われた上半身と、鱗に覆われた下半身。足の代わりに大きな鰭で空中を泳ぎ、右手には身の丈を越える長さの銛を持つ。
「え、人魚!?」
「初めに注目するのはそこか。本当に危機感のない勇者だな」
人魚の男は苛立たしげにこちらに銛を構える。構図だけ見れば脅しのようだったが、どうにも殺意を感じられない。
「ええっと、どんな用件でしょうか」
「あ? お前、そのレベルでそんな事聞くのかよ。まさかずっと国を出た事が無い箱入りか?」
何となく、前提の認識がずれているような気がする。
「箱入りと言うか、まだ勇者として戦うのは二回目と言うか……」
「はあ!?」
何をそんなに驚く事があるのだろう。人魚は頭を押さえてぶつぶつと言い始めた。
「スコーピオンったって、群れれば駆け出しに圧倒できるほど弱い奴じゃねえぞ? そもそも内陸から来る連中は長く旅をしてそれなりに強くなった奴らばっかりだ。だいたい、一回戦った程度の魔力であの装甲を割るとかどんな技術の持ち主だ?」
そんなに強い魔族だっただろうか。硬さだけで言えば、以前に騎士団で戦った大百足よりも多少柔らかいぐらいだった。毒針は厄介かもしれないが、冷静に対処すれば問題ない程度の物だろう。
こちらの微妙な視線に気付いたのだろう。人魚は咳払いをした。
「勇者や神が他所の国で魔族を狩ったら、そこの神か勇者に手に入れた魔力の三分の一を渡すのがルールってもんだ。魔力を差し出す気がねえっていうんなら、今すぐ奪い取るだけだがな」
口は悪いが、どうやらこの世界のルールを説明してくれたようだ。
「ご丁寧にありがとうございます。しかし、若輩故にご迷惑をおかけして申し訳ありませんが、自分はまだ魔力の扱いすら未熟な身でして……」
ひとまず、魔力が溜められているはずである剣を差し出しながら言ってみれば、人魚は面倒臭そうに舌打ちをして剣を奪い取った。
「ったく、本気でド素人かよ。手間賃取ったろうか」
「お手数かけます」
人魚は再び舌打ちをして刀身に手を添える。はっきりと見る事は出来ないが、剣から手に魔力が流れていっていると確かに感じられた。
「……これでいいな」
そんなに離れて立っていた訳ではないのだが、人魚は剣を無造作に投げて渡してきたのをパシッと受け取る。魔力の具体的な量までは分からないが、そんなに沢山取られたようには感じなかった。
「はい、ありがとうございます」
素直にお礼を言えば、人魚は居心地が悪そうにする。世の中、優しそうな顔をしながらさりげなく人の物をかすめ取る人は数多くいる。今回は多少かすめ取られていても見分けようがないが、それでもこの人はいい人だと思う。
「では、もう少し魔族と戦っていこうと思うのですが、その時はまた魔力を回収してもらってもいいですか?」
「……ふん、勝手にしろ」
軽く手を上げて立ち去ろうとすると、人魚は何かを思いついて自分達を引き留めた。
「いや、やっぱりついて行かせろ」
「そうですか」
「……どんな奴か見ておく必要があるからな」
言い訳をするように言葉を付け足すと、人魚は自分達の少し後ろを厳しい目つきでついてくる。その距離は不意打ちを行うには少し遠い。そもそも、考え事をしながらでは咄嗟の行動も難しいだろう。自分達はあまり気にせずに次の獲物を探す事とした。気付けば周囲の霧は随分薄くなっていた。
しばらくして、ドライアドがすんと鼻を鳴らして前方を見やる。
「スコーピオン。数はさっきと同じ」
「なら同じ戦法でいいな」
武器を構え、近付いてくるスコーピオンに備える。今度のスコーピオン達は前回ほど綺麗な隊列とはなっていない。それでもハーピーほど適当な集まりではなく、それなりの知性が感じられる。
「キイィ!」
飛びかかってきた先頭の個体を突き刺す。攻撃中を隙と見た他のスコーピオン達が波状攻撃のように代わる代わる飛びかかってきたが、全てドライアドの生やした樹によって防がれる。地中からの思わぬ攻撃に逆に体勢を崩したスコーピオン達を素早く仕留めていく。先程よりも若干弱いスコーピオン達は、二戦目で手慣れた事もあってあっさりと倒し終わった。
「あ、そうだ。魔力の受け渡しは最後にまとめてもいいですよね……ってどうしました?」
振り返ってみれば、人魚は武器を構えたまま驚いていた。
「あの……?」
「あ、いや、初心者って何だろうなって思ってただけだ」
多分、経験が少ないと聞いてもっと苦戦すると思っていたのだろう。しかし、どうも話が噛み合っていないようにも感じた。
「ああ、別に戦いの素人って訳ではないので」
「ん? でも、別に箱入りだった訳じゃねえんだよな?」
互いに首を傾げる。
「……もしかして、戦闘経験のある人が勇者になるのって珍しい?」
「え、勇者って基本神の力だけで戦うもんじゃねえのか?」
どうやら本気で珍しい、と言うより、そもそも発想が至らないぐらいの事らしい。
「……むしろ、何故戦える人を使わないんだろうか? その方が効率的に見えるのに」
おそらく神から見た勇者の存在意義は、魔族を狩って魔力を得る事。しかし、勇者を作るのにも魔力は使われていて、どうにも非効率的に見えて仕方がない。
「言われて見ればそうだな。俺も他の奴も、選ばれて初めて戦いの世界に入ったって奴ばっかだったから、それが当たり前だと思ってたんだが」




