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行方知れずのノネット  作者: ツァツァ
第三話 先達と若人
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017

 そんな事があった数日後の別のある日。それからエルフがよく見学に来るようになっていたのだが、その隙を縫うように妖精が丸められたとても大きな紙のような物を持ってやって来た。

「今日も精が出ますねえ」

 日々高度化する模擬戦にもその程度の感想で、ドライアドの枝に座って模擬戦が終わるのを待つ。満足そうに眺める妖精は、模擬戦を遮ってまで話をするつもりはないらしい。ちらりと一瞬視線をやっただけの自分達にも特にコメントは無かった。

「今日はどんな用事ですか?」

 模擬戦を終えて、汗を拭いながら話しかける。最近、以前よりも汗をかかなくなってきているように感じるのは気のせいだろうか。

「ふっふっふ、今日もいい物を持ってきたのですよ!」

 いかにも待ってましたと雰囲気で妖精は枝から離れて手にした紙を広げる。それは見た事のある類の代物ではあったが、描かれている中身に関しては覚えがなかった。

「これは地図……ですか?」

 青っぽい色で描かれた海と、緑や茶色で描かれた陸地。他にも山脈の天辺らしき場所は白く、地図の上の方の大きなエリアや下の方の細々とした物も白く描かれていたが、ここには情報が無いのだろうか。それから、紙全体に等間隔に格子状に線が引かれているのは何なのだろうか。

「そう! これは世界地図という物でして、私達が長年各地で求めた地図や、実際に現地で地形を調べた物を繋ぎ合わせた物なんですよ!」

「世界地図!?」

 自分は思わず大きな声を出す。妖精の隣にいるドライアドも、自分ほどではないものの少しは驚いているようだ。

 と言うのも、この世界に世界地図という物は存在しないと言われている。その理由は単純に世界が広過ぎるから。大国ですら陸続きの地域を中心とした数十か国分程度の地図が最大だと言われている。一方の世界中の国の数は、誰も正確な所を知らないから推測になるが、千か国ぐらいは軽くあってもおかしくはないと言われている。それも、妖精や小人の国のような国の中に存在する小さな国や、秘境の中の秘境みたいな場所に存在するドラゴンの国、全容が全く解明されていない魔族の国などは除いて、だ。

「細かい所はちょっと地殻変動が起きたり大型生物が暴れたりしたら変わるから違う場所もあるとは思いますけど、おおよそはこれで十分でしょう」

 言いながら、妖精は鉛筆を取り出して地図の一点に印と文字を書きこむ。

「これが前回行った孤島の村。特に名前は無く、どこの国にも帰属していないのでそのまま書いておきますね」

 地図の下半分、かなり左の方の点のような島。そこに書かれた文字も手元に無ければ読めないぐらいに小さい。一体どこまで細かく書きこむ気なのだろうか。

「……ところで、自分がいた国の場所を教えてもらっても?」

「ん? それならここですね」

 妖精は国境も描かれていない地図の一点、ほぼ中心にある最も大きな陸地の右上の方の海岸。地図全体から見れば真ん中と言うにはやや右寄りで、上半分であっても極端に上の方と言う訳でもない地点を迷いなく指す。以前いた城にあった地図から国や海岸線の形はある程度憶えていたはずだったが、指差すあたりを見てもその形が拾えず眉を顰める。

「範囲としてはこの辺になりますかね」

「えっ、あっ、小さっ!」

 自分の国は、少なくとも小国とは呼べない規模はあったはず。折角だからと鉛筆で国境線まで描きこまれたあの国は、予想よりもずっと小さく存在していた。

「……ちなみに、私がいた所は?」

 ぼんやりと地図を眺めていたドライアドがぼそりと聞くと、妖精は自分の国よりももう少し右の、紙を上下に二等分するように左右に一本通った赤い線に近い一点を指す。そこは自分の国があった陸地からは広い海で隔てられた、比較的小さめの陸地の中にある。

「うーん、遠いのか近いのか分からない……」

 きっと、実際に移動しようとすれば遠いは遠いのだろう。けれど、この世界地図とやらを見ていると、どんどん感覚が麻痺してくる。

「次に外に行く前に、この地図の読み方を簡単に教えます。それから、より正確な球体の地図も城にあるので、欲しかったら言って下さいね。見るだけなら自由ですが」

「そんな物まであるんですか……」

 世界は丸い。それはちょっと沖合からくる船を眺めていれば、ちょっと高い所へ行けば分かる程度の常識だ。けれど、世界の全てを記す球体の地図は、世界地図よりもまた夢のような存在だ。

 一通り説明すると妖精は立ち去った。しかし、何故かいつものように飛んで行かずに、その場でふっと姿がかき消えて結構驚いた。思わずうおっと声を上げたが、いつもの瞬間移動も傍から見ればこんな感じなのだろうか。

「今更だけど、ここにいると常識が崩れていく気がするよ」

「……常識なんてその程度」

 自分はただただ呆気に取られていたが、ドライアドはそうでもないらしい。単純に慣れているだけかと思えば、先手を打ってドライアドは否定する。

「人間は基本頭が固い」

「はは、それは否定しない」

 面倒臭そうに言うドライアドは、もしかすると以前頭の固い人間に苦労させられたのかもしれない。ただ、その分かり難い表情は、何となく心底嫌そうしていたように見えなくもなかった。

「まあ、とりあえず、次は一体どこへ行くんだろうね」

「……もう一回ぐらいは知らない所だといい」

 ドライアドもやはり故郷へはあまり行きたくないのだろう。しかし、意外にも落ち着けば行っても構わないと言えるのは、以前と姿が大きく変わっているからかもしれない。自分もその感覚はよく分かるし、せめてぱっと見では気付かれない程度の変化は欲しいと思う。とは言え、あまりネガティブな動機ばかりなのも良くない。

「うん、折角なら変わった文化のある所がいいかな」

「それは同感」

 本音にそっと蓋をした呟きに、間をおかず明るめの同意が返る。一瞬互いにきょとんとしたが、その明るさが思ったよりも嬉しく感じられた。

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