016
エルフはありふれた自然現象を説明するがごとく、何でもないように説明する。
「まず、知っての通り、魔族は倒すとただの魔力の塊に変わる。つまり、それは体が魔力だけで出来ていると言う事で、逆に言えば魔力が沢山あればそこに魔族が自然発生する事もあるんだ」
「へええー……」
生物としてあり得ないと思うが、魔族に限っては自然発生なんて事もあるのか。魔族に関しては本当に知っているようで知らない事が多いようだ。必ずしも親を必要としないからこその大群だったりするのだろうか。
「魔族が発生しやすい魔力の吹き溜まりとして一番多いのが火山の火口。狭い範囲に大地から直接魔力が湧き出してくるから、よく弱い魔族が生まれるんだ」
「え、でも、王国にあった、火山は何もなかったような……?」
「それは、すぐ近くに魔力を持ち、自然の魔力を吸収する特性のある種族の集落があったからだと思う。きっと、エルフや妖精、秘境ならドラゴン辺りが近くにいたんじゃないかな? とにかく、競合する生き物がいなければ、魔族は簡単に数を増やす。国の管理が無い場所で、知能も力も無い魔族が自然と湧くっていうのは全然珍しい話じゃないんだ。……このぐらいだったら、おそらく人間でも政治に直接関わっていたりすれば常識だろうけど」
なるほど。それなら、あの村の人達にとっても日常茶飯事だったのかもしれない。詳しくは分からないが、いつものとか何とか話をしていたし、普段は妖精たちが何かしらの対処をしていたのだろう。
「次に、一時的な変化についてだけど、悪いけど、こっちは推測しか出来ない」
「それでも意見を聞かせてもらっても?」
そもそも、元々はその程度しか期待してなかったのだ。似たような現象の話だけでも十分役に立つだろう。
「まず、魔族の変身には、完全な変身と不完全な変身がある。前者に関しては読んで字のごとく本物と見紛うほどで、更に付け加えれば、必要以上の魔力を持つ事で本物が持たない魔法なども若干使う事が出来たり、単純な能力を上げたりする事が出来る」
それはすごい。だが、伝承の中にも人に化けた魔族が人に使えない不思議な力を持つ事は多々ある。もともと能力の低い人間なら、そんな現象も起こしやすいのだろう。ばれてしまえばそこまでの脅威でもない力でも、想定外の存在が紛れ込んでいると言うだけで脅威となる事もある。
「でも、今回関係があるのは後者の方だろうね。不完全なドラゴンが亜竜となるように、単純に同一種の中の劣る存在になる事もあるけど、更に魔力が不足すれば体色がくすみ、灰や黒に近い色になる。それでも、上級種の形をとれると言うだけで優秀である事に変わりはないのだけどね」
そう言えば、ここで見たワイバーンも灰色だった。魔竜は灰色や黒色が多くて比較的見分けやすい魔族として知られるが、やはり魔族と言えど、本当のドラゴンに化けるのは至難の業なのだろう。
「ただ、この色の違いは外見だけの物じゃない。中は完全な体を作り損ねた淀みで満たされていて、身体能力や魔法能力もかなり劣化してしまっている」
「……もしかして、透き通った翼も似た現象だと?」
はっとして口にすれば、エルフも頷く。
「おそらくそう。ただ、魔力が不足すれば淀むと言うのが私達の常識だったから、透き通るのは流石神の力と言うのかもしれない」
そう言ってエルフは締めくくる。
「ありがとう。かなり参考になったよ」
「どういたしまして。外の世界までは行けないけど、これぐらいだったらいつでも相談に乗るよ」
なるほど。自分の事情と折り合いをつけた結果、せめてこれぐらいは力になりたいと言う事だったのか。知識面は自分達ではどうにもならないし、そもそも協力しようとしてくれるだけでもありがたい。
ただ、エルフは自分で説明しながら半信半疑だったようだが、自分はそうは思わないかった。得体の知れない状態に多少の不安があったと言う事もあるが、説明を聞いて、自分の目には神も魔族もそう大差が無いように映ったのだ。
昔から、自分は信仰心が薄い自覚があった。王家に忠実なのは良いが、神を軽んじ過ぎていると陰口をたたかれた事もある。その所為なのか、これほど似た構造を持ち得る物を、あまり頭ごなしに別の物と考え辛かったのだ。
「魔族の情報はなかなか手に入れ難い物があるし、相談だけでもかなり助かるよ」
一瞬、同じ魔族の事なのにいいのだろうか、とも思ったが、そもそもエルフも故郷を自分の意思で捨てて来た立場。それなのにそんな事を聞くのは相手を傷つけかねないと思って口を閉じた。
「……折角だから見ていく?」
話も終わったし、今日の鍛錬をしようかと立ち上がると、ドライアドがエルフに訊ねた。
「そうだね。今日も変化の練習とやらはするのかな」
「いや、昨日全く成果が無くて、これ以上は時間の無駄っぽいから今日は無し。条件とか色々ありそうだし」
「なるほど」
何事もまずは基本から。肩慣らしの素振りをするために剣をとった。
「……何あれ?」
「立体戦闘訓練?」
一時間後。初めてじっくり鍛練を見る事になったエルフがポカンとしていた。
「こう、鍛練って的に向かって剣を振るみたいなのじゃないの? あとは模擬戦とか」
「これも模擬戦の一種」
普通に素振りなどを行った後、ドライアドの能力を使った模擬戦を行う。模擬戦と言っても、別に直接対決をする訳ではないから、どちらかと言うとシミュレーションと言った方がいいのかもしれない。今日は四方八方に上下も加えた多数の敵を想定した物。つまり、空中戦の予行練習のような物だ。周囲を木の枝で取り囲み、葉や蔓が伸びた時だけそれを切り飛ばす。流石に空中にいきなり植物を出すのは無理と言う事でこのような手法をとっているが、これがなかなか難しい。茶色の中に緑が出るのだから見分けやすいように見えて、音もなく背後から蔓が出てくるのもザラで、背後にばかり気を配っていれば足元から根が伸びて向かってくる。根っこは必ずしも切る対象にはなっていないが、だからと言って放置すれば容赦なく転ばせたり絡みついてきたりするから無視も出来ない。と言うか、無視してもいいと言うルールがあるのを良い事に、物理的に対処できるレベルを考えない数を出したり、トラップのような扱いをしたりとやりたい放題だ。
「地面からの攻撃は得意」
「ええっと、あれは流石に飛ばなきゃ届かないんじゃ?」
「射程に入れるタイミングは私の裁量」
実は、模擬戦においては、もはや最初の鍛錬と言う趣旨はあまり重要視されていない。双方が納得したルールの中で、いかに相手を負かすかと言う事に趣旨がずれてきている。しかも、ルールとして明言されていなければ何をやってもいいと言うルールまであり、いかに意表を突くか、いかに最初の段階でそれに気付くかと言う知恵比べまで入っている。
「……二人は色んな意味で相性がいいんだね」
「そう見えるか?」
「だったら良い」
一緒に活動しているのだから、相性はいいに越した事はない。けれど、自分達が嬉しそうにそう言うと、エルフは何故か微妙な顔をしていた。
「こっちの方が付き合いが長いはずなのに……、自信が無くなりそうだよ」
「ん?」
「?」
ピタリと動きを止めて顔を見合わせる自分達は、確かに似たもの同士のようだった。




