015
「ええっと……ちょっと外まで?」
「外!?」
多少後ろめたいように感じながら、そう大した事ではないと軽く言うと、エルフは信じられないと驚く。
「あー、いや、本当に大した事ないぞ? 行ったのは孤島の小さな村で、以前住んでいた所とは全く繋がりもない所だったし」
「でも、外の世界は完全に捨ててはなかったのか?」
エルフは衝撃を受けているらしい。戸惑うように聞いているから、裏切られたとまでは行かずとも、二度と外へ戻ろうと思えないぐらいの目に遭った可哀そうな子だとでも思われていたのだろうか。
「ええっと、何というか、自分はそこまで環境が悪くなかった、んだろうな。ただ、尽くしていた相手を喪って、喪失感に耐えかねていた所に追撃を喰らったようなものだったんだ」
一言で言い表すならそんな所だろう。あまり自分を可哀そうなどとは思いたくないが、自分は茫然自失としていた所で何もかもを失って飛び出したに過ぎない。二度と外の世界など行きたくないと思うほどの目に遭ったと思われる彼らとは違うのだ。
「……でも、あまり不幸を人と比べるべきじゃないと思うよ。……何かと卑屈な人が多いのもここの特徴だけど」
と、思ったが、エルフはその事もお見通しと言うか、慣れっこなようだ。
「とは言え、あまり強く言う事でもないか。君はどうやら生粋の騎士のようだし、今後も女王達について行けば十分立ち直れるんじゃないかな」
「ん? そんな話したかな?」
「一月近く前に小人が言っていたよ。何やら妖精とやってるらしいって」
「噂が早いなー」
一月近く前ならほぼ当日と言えるだろう。この人数で変わり映えのしない村の中なら、世間話の中で真っ先に伝えられたのかもしれない。この調子なら昨日の不在も知れ渡っている事だろう。
「任意参加で女王の頼み事。エルフもやる?」
「えっ」
ここまで静かだったドライアドが突然発言する。真顔なため真意は分からないが、そんな軽々しい物でもなかった気がする。エルフもきょとんとして口を開けていた。
「ええっと、任意参加は任意参加でも、一度深入りする覚悟を決めたら最後まで付き合う感じの物だったと思うけど?」
「でも、確認は念入りだった。気になるなら来てみればいい」
確かに、ドライアドの言う事には筋が通っている。エルフは少し迷ったようだったが、結局首を横に振った。
「……今は止めておくよ。まだ、外へ行く踏ん切りがつかないし。でも、考えてはおくね」
「そう」
そう言って、エルフは考え事をしながら立ち去る。それなりに勧めていたように見えたドライアドの反応はあっさりした物だった。
「……なんだか、皆と仲良くなってきたのか微妙な感じだなあ」
一通り鍛練を終えて、ドライアドの木陰で休みながら言う。ドライアドに限って言えば間違いなく親しくなってきていると言えるだろうが、他の人達は却って距離を測りかねられているように見える。
「……なるようになる。困っているわけではないでしょ?」
「……それもそうか」
例の一件まで、何だかんだで女王達は味方だと思われていたのだろう。これまで要望に対する斜め上の対応が気にされずに来たのは、その要望自体が大した事ではなかったから。女王があまり姿を現さないのはいつもの事らしいが、例え目立った恩恵が少なくとも、構いたがりが多い住人側から様々な事をして、時間相応の親近感を抱いていたのだろう。しかし、ここへ来ての危機対応。自分やドライアドは来てすぐに二面性を目にしたから、何があってもそんな物と受け止められる。けれど、他の住人達はなまじ親近感を抱いていたが故に、唐突にも映る身勝手な行動が波紋を残したのだ。
どうしても解決したい問題が出ると、人々は最低限の対応を求める。例え対等な関係であったとしても、全員で解決すべき問題と見れば、出来る事をやらない人間は非難の対象となる。けれど、何かしらの思惑を持つ上に対して、下が過剰な期待や失望を持つのは騎士であった頃にもよく見た光景だった。互いへの無知や無理解が原因とは言え、下手に口出せば余計にこじれる物だ。
「結局、騎士のような物が一番性に合っているんだろうな」
剣を握っていた手を伸ばして眺める。長年鍛練を続けてきた手の皮膚は厚く、この一月でも更に硬くなっているのだろう。
「勇者と言うより、神に仕える騎士?」
「それなら勇者も悪くないかもな」
誰かに仕えるのはやぶさかでもないが、人々の英雄など柄じゃない。言葉遊びではあるが、一番腑に落ちる言い方に思えた。
翌日。いつもの通り朝一番で来たはずが、思わぬ先客がいた。
「あれ? 今日は早いね?」
「最近、ドライアドともあまり話をしていなかったからね」
ドライアドの隣に座っているエルフがこちらに手を軽く挙げた。
「いつもはよく話してたのか?」
「うん、最近は邪魔するのは悪いかと思って遠慮していたんだけど……」
この取り合わせは見た事が無かったが、気楽な様は馴染んでいる。ただ、遠慮している間に色々あったせいで、再び近付く機会を見失ったらしい。エルフは眉を下げて苦笑いしていた。
「……気にしなくてもいいのに」
「ああ、ドライアドはそう言う事は気にしなさそうだよな」
「はは、こんなの、一月しか付き合いが無いはずの君ですら分かる事だったね」
こんなんじゃ友人と言えないかなと笑うエルフだが、それこそ違うと思う。ドライアドに卑屈と両断され、つい昨日の発言もあってエルフは何も言えなかった。
「説教垂れるような事を言っておいて、自分が卑屈じゃ世話ないね」
「エルフが話していなければ、ドライアドも指摘しなかったと思うけどな」
「お互い様?」
結局それに尽きるのだろう。苦笑していたエルフは、咳払いをして仕切り直すと、こちらにも座るように促す。そして、適当な場所に座るのを見ると、本題となる物を話し始めた。
「さっきドライアドに聞いたけど、外に出た先で変わった事がいくつかあったんだって?」
「ああ、そうだな」
「でも、その中のいくつかは私にも説明出来る事がある」
「えっ?」
てっきり、一緒に考えてくれる程度の事だと思っていたから、あっさり行き過ぎて気の抜けた声が出る。
「まず、増えるハーピーだったかな? これは実は全く珍しい現象じゃない」
「は?」




