012
広場には沢山の魚介類を中心としたご馳走が並んでいる。まだ明るい時間であるが、宴会かお祭りに似た雰囲気が出来ていた。エリュシオンと違ってきちんと手順を踏んで作られた料理は手が込んでいて、見ている間にも追加で運び込まれていた。
「……何でこんなに歓迎されているんです?」
それはずっと持っていた疑問だった。見ている間に増殖すると言う特性があっても、所詮ハーピーは雑魚。本当に倒したいのなら、弓の一つでもあれば簡単に倒せるような相手だったのだ。それを倒したぐらいでここまでお礼をされるほどでもなく、そもそもこの宴会はただのお礼と言うにはどこか雰囲気がおかしい。思えば、一番最初の歓迎の様子も明らかに普通ではなかった。
そろそろこちらにも分かる説明が欲しかったので、妖精の顔を見れば、妖精は得意げに胸を叩いた。
「ふふん。私は彼の地を作りし神の使い、すなわち神使。妖精の形を与えられた赤毛の犬なのですよ」
「えっ」
確かにあれだけの特殊な場所なら、それぐらいいてもおかしくない。それにしては、こちらまで歓迎されていたような気もする。と、そこへ村長が歩いてきて、説明を続けた。
「神々は時に獣に力を与えて使いとする時があり、また、知性ある生き物には力を与えて勇敢なる兵、通称勇者とするのですよ」
「えっ!?」
妖精と村長の説明でようやく全体を察する。
勇者、と言うのは名前だけは聞いた事がある。若いながら大きな力を持ち、時に神聖な力を以って魔族を滅する。強大な力故に、いずれ英雄となる事が運命付けられた存在だと言われている。
「もしや、今回自分達が連れて来られたのは……」
「つまり、そう言う事。ほら、あなた達も杯を持って」
他の人よりも少し大きな杯を押し付けられて、ぐいぐいと視線の集まる中心へと追いやられる。
「皆ちゃんと杯を持ちましたか? それでは、新たな勇者の未来に乾杯!」
「乾杯!」
村長の音頭で小さな村は祝福に満たされていた。
「……生まれつきだと思ってたんだけどな」
一通り村人達に声をかけられ終わると、先程の話が頭に浮かんだ。
通常の生物と同じ姿をしながら、一線を画す能力を持つ雲の上の存在、勇者。実物を見た事は一度もなかったが、あまりに違い過ぎて憧れすら抱かない存在だったと聞く。国王ですら頭を下げる事さえあり、神の加護を受けているなどと噂されてはいたが、それが後天的な物であると言う話は一切なかった。そんな物に自分がなると誰が考えるだろうか。
「……多分、勇者としては相当の変わり種」
「だろうね」
ドライアドも隣で複雑な顔をしている。初めはこの豪勢さに驚いたものだが、勇者として見れば規模は決して大きいとは言えないだろう。倒した敵も雑魚であるし、特別誰かを危機から救ったとも言い難い。目の前の光景からあまりに浮いてしまっている気がする今の自分達の姿に、まるで、祝福の前払い、なんて言葉が不意に浮かんだ。
「まあ、実感もまるで無いのだけどな。いくら不思議な力とは言え、英雄のイメージとは程遠かったから」
かつての居場所を捨てた者。これほど英雄である勇者と程遠い肩書きも無いだろう。けれど、それ以上にあの女王達が求める存在からも遠いような気もする。
「……」
ならば、何を求めているのだろうか。答えの出ない事を考えていると、ふと、ドライアドがじっとこちらを見ている事に気付いた。
「……何か顔についてるか?」
「鱗」
ドライアドが首筋を指差す。触れてみると、数枚の鱗に近い感触があった。
「竜人に鱗は無い。鱗と角、翼を持つのはドラゴンだけ」
「……魔族は」
「魔族ならもっと効率的に姿を変える。空を飛ぶのにあんな透き通ったドラゴンの翼は選ばない」
ドライアドは明確に可能性を否定する。あの元魔族のエルフより先に来たのなら、魔族の特性をよく知っていてもおかしくはない。それに、人狼は時に魔族と混同される事もある。付き合いが長く、似た立場であるなら話す機会もあるだろう。
「少数種族や絶滅種族なら似たのもいるかもしれない。でも、経験則だと、エリュシオンでの変化は変化先との能力差が大きいほど遅くなる。……もう新入りではなくドラゴンと呼ぶべき?」
「それこそ全然ピンと来ないかな」
ドラゴンは、決して人の立ち入らない秘境で竜人と共にひっそりと暮らす種族。しかし、一度姿を表せば、圧倒的な力は他の追随を許さないと言う。先日のワイバーンは魔族が姿を模したに過ぎない上、亜竜とも呼ばれる不完全なドラゴンの一種だったが、本来のドラゴンは恐怖の象徴の一つとして数えられるほど。しかも、強力な個体であれば、魔族の魔竜や、ドラゴンと竜人以外の生物のハーフである亜竜でもしばしば伝説として名を残していて、一般にドラゴンと言えば、最も姿を現す頻度が高い凶暴な魔竜を指す。決して人の味方とは限らないドラゴンは時に勇者達と敵対する事もあり、英雄譚の山場で出てくる有名な存在なのだ。
勇者も同様に強力な存在だが、なまじ人から遠い分、化け物じみた強さも想像しやすく感じた。
「……なら、半竜とでも呼ぶ?」
「その方がいいかも。ドラゴンの呼び名は、もっとらしくなるまでお預けって事で」
それでも十分名前負けな気はするが、変化に時間がかかると言う事は、この殆ど人間みたいな状態がかなり長く続くかもしれない。いつまでも新入りもおかしいし、落とし所としてはこんな物だろう。




