011
「ギャッ!?」
いきなり投網のように覆い被さる蔓にハーピーは慌てた声を出す。慌てて飛び立とうとするが、蔓は触れた物に巻き付いて行き、半数近くが繋ぎ止められ、更に数羽は伸びた蔓に引っかかって一瞬飛び立ち損ねる。
「ギャアア!」
汚い鳥の鳴き声のような悲鳴。一瞬の隙を逃さず斬り捨てれば、一撃でその姿は魔力の塊となった。
「え?」
しかし、霧散するかと思われた魔力は何故か広がらず、剣に纏わりつくように消えていった。
「ギャアギャア!」
一瞬動揺したのを好機と見たか、近くにいた数羽が方向転換をして向かってくる。けれど、決して意識を逸らしていた訳ではなく、反射的に三羽ほどのハーピーを返り討ちにした。
あっという間に仲間が倒された事で警戒したのか、残りのハーピーは真っ直ぐ上空へと飛び立っていった。
「捕まえたのにも止めを」
ドライアドの声に、蔓の中で大声で鳴きながらジタバタともがくハーピー達を見る。大して強くもない力で千切れる事は無かったが、当たり所によっては少しずつ蔓が寄って抜け出しかけている者もいた。
「分かった」
「ギギャッ!」
少しでも数を減らすため、手当たり次第に止めを刺していく。そして自由になった蔓を上空を見据えて待機させていたが、流石に見え透いた罠に飛び込むほど愚かではないらしい。このまま膠着するかと思われたが、ハーピー達はこういう状況で非常に役に立つ武器を持っていた。
「うわっと!」
慌てて避ければビシャリと嫌な音。強烈な臭いに鼻が曲がりそうだ。更に続けざまに降ってくるのを紙一重で躱していると、茂みの中から動く気配のないドライアドと目が合う。
「……頑張れ」
文句は言いたいが、この状況では睨みつける事すらままならない。と思っていたら、糞尿の一つが蔓に当たり、渋面をするドライアドが目に入った。
「……」
何とか自分も木の影に入る。このまま降りてくるのを待ち構えながら避け続けていてもいずれ弾切れしそうだが、あの数全てを避け切る自信はないし、それ以上に足元が酷い事になっていっている。
「完全に膠着したな……」
そもそもあの嫌がらせにダメージは全く無い訳だが、気分的にあの攻撃をノーダメージとは言いたくない。
「……ちっとも逃げない」
「……言われてみればそうだな」
ハーピー達は上空を旋回するばかりで、どこかへ行方を眩ます気配も、村の方へ向かう気配も無い。追わなくていいのは楽だが、この場所に何かあるのだろうか。しかし、周囲を見渡しても特筆して変わった物は無い。
「ところで、さっき驚いていたようだけど、何があったの?」
「さっき?」
「一体目を倒した時」
そう言えば、先程は剣に魔力が吸い込まれたように見えたのだった。通常魔力は不可視のエネルギー体で、例外的に魔族を倒した直後の濃密な魔力の塊だけは空気が揺らいで視認する事が出来る。今も吸い込まれた魔力は見えないが、試しに少し剣を念じてみれば、確かに何かがあるような気がした。
「うーん? 何かある、かな?」
魔法など使った事が無いから魔力の感覚はよく分からない。けれど、色々な事が出来そうな純粋な力のような物を感じる気がする。
「……それで空を飛べたり?」
「……剣で?」
魔法使いが大きな杖を使って空を飛ぶと言う昔話は聞いた事があるが、剣で飛ぶと言う話は聞いた事が無い。そもそも魔法使いが剣を持たないと言うだけかもしれないが、外見的に違和感しかない。
「……ん?」
まあ、とにかく、何か出来ないかなと、剣を構えたり振ったり色々していると、どこかで覚えのあるざわつきを感じた。外へ出てからいつの間にか弱まっていた、エリュシオンの中ではずっと感じていた感覚。
何かを掴みかけた気がした時、この討伐が予想外に急を要する物だと知る事になった。
「あっ、上見て」
「ん……? えっ!?」
ドライアドに言われて見上げれば、即座に異変を感じた。
「こんなに沢山いたか?」
上空を飛び交うハーピー達。初めは見えない位置にいた物も混ざって、それでも十羽程度しかいなかったはず。しかし、今は最初に見つけた時以上の数が空を飛んでいた。
「少なくとも遠くから来たりはしていない。……今、その場で突然増えたように見えた」
「このまま睨み合うのはまずいな……」
「剣で飛ぶ?」
「……」
確かに何かの力は感じるが、これはそう言う類の物ではない。ただ、感覚を信じて目の前の獲物を目指して飛び上がった。
「ギャッ!?」
相手は空と言う安全地帯に安心しきっていたのだろう。やみくもに飛び回り、それでもこの場を離れる事に躊躇いを持つハーピー達はただの的でしかなかった。
ハーピーに止めを刺す度に力が安定していくのを感じる。剣は、敵から奪った魔力を使って、背中に透き通るドラゴンの翼を顕現させていた。
大して時間も経たない内に、抜け落ちた羽根と滴る血飛沫を残して、騒がしかった空は静寂を取り戻していた。
「……お疲れ」
「ああ、本当に疲れたな」
地面に降り立ち、翼に込めた力を抜けば、ふっと背中が軽くなった。
「……それが今の丁度いい形?」
「多分な」
背中には欠片も飛ぶ事が出来なさそうな、殆ど服に隠れるほどのとても小さな翼。けれど、全く透けていない翼は確かな存在感を持っていた。
「剣の力はもう感じない。今回手に入れた力は全て使い切ったんだろう」
振ってみても特に変わった所は無い。抜け殻のような味気ない感触があるだけだ。
その時、村のある方角から拍手をしながら近付いてくる音が聞こえた。
「おみごとですー」
「妖精!」
一体どこに隠れていたのかと言いたくなるようなタイミングで妖精が姿を現す。
「上手に力を使いこなしましたね。チュートリアルはひとまず合格です!」
「……いつから見ていたんです?」
「え? ずっと?」
満足そうに頷く妖精に聞いてみると、とぼけた調子の返事が返ってくる。こうなるともうまともな答えは返ってこない。溜息を噛み殺してドライアドの方を見ると、やっぱりと言う顔をしていた。
「で、どう? まだ続ける気持ちはあります?」
妖精は、にやにやとこちらを試すように問いかける。 彼女達のやり方もそれなりに掴めてきたような気がする。おそらく、今回はお試しの意味も兼ねていたのだろう。それはすなわち、今後も今回のように十分な説明も無く、その場で使える物に気付いて活路を見出す必要がある。今回がチュートリアルであると言うのなら、今後はもっと切羽詰まった状況を切り抜けなければならない事もあるだろう。しかし、答えは決まっていた。
「ええ、まだまだついて行きますとも。この程度は普通に出来なければ、貴女達の目的には添えないのでしょう?」
当初期待していた通り、彼女達に自分達をまともに育てる気はあるらしい。
「ふふっ。これでこそ女王も拾った甲斐があったという物ですね」
妖精がパチンと両手を合わせると、一瞬で風景が切り替わる。そこは初めに訪れた漁村の広場だった。
「最初からこれで移動すればよかったのでは?」
「お、遠慮しなくなりましたね。位置関係や移動法を覚えられたでしょう?」
純粋な疑問をぶつければ、楽しそうな答えが返ってくる。視線を向けられたドライアドがジト目を向けているが、事実なだけに反論はなかった。




