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さよなら、キョーカイの子

その日はできるだけ黒い服を着て集まる約束をして、マイが通っていた大学の最寄り駅に終電で集まることにした。今から、水上をこの世から完全に消し去るための長い夜が始まる。わざわざ新幹線に乗って、さらにシートの固い在来線で数十分かけてここまで来たのだ。こんなつまらない『儀式』のために。


でも、マイがどうしても水上が生前住んでいた場所の近くで見送りたい、と言い出すのだから仕方なかった。これは水上を消し去るためだけの儀式じゃない。マイに別れを納得させるための強力なおまじないだ。マイが少しでも私を怪しめば魔法は解けてしまう。


だから、こうして酒の飲み方一つ知らないような大学生が騒がしく闊歩する駅前でマイを待つことにも、当然意味があった。意味があるからこそ、この時間は本当に隅から隅までつまらないのだ。


「ユミ……だよね。久しぶり。元気だった?」


「うん、おかげさまで。ちゃんと会うのは久しぶりだね、マイ」


大きく膨らんだ新品の紙袋を抱えたマイが、綺麗な黒のワンピース姿で私の前に現れた。何度も電話越しで話していたマイは、最後に会ったあの日よりずっと大人になっていた。同じ黒い服のはずなのに、トレックパンツにフリースジャケットを羽織った私の格好とは大違いだ。そういえば、どうやって『お墓』を作るかを教えていなかったっけ。爆ぜた火の粉で穴が開かなければいいけど。


懐かしさと一緒に湧き出るのは、マイに裏切られたという冷たく暗い意識。だって、五年も待ったのだ。人生で一番自由で、一番楽しいはずの時間を全て水上に奪われて、今でも水上は目の前で――マイの中に生きている。そんなの許していいわけがない。


マイは既にこの祭祀の気配にすっかりのめり込んでいて、久しぶりの再会だというのに重苦しい空気が流れていた。何一つ興味のない水上との思い出話でも聞かされるのだろうと覚悟していたけれど、肩透かしだったらしい。私が質問して、マイが二言三言答える。そんな繰り返しを何度か続けているうちに、河川敷の天端に辿り着いた。砂利がちな河原は遊歩道の街灯の光がやっとわずかに届くほどの暗闇で、秘密の儀式を紛れ込ませるにはちょうどいい。


「あのさ。マイはその制服、着たことあるの?」


「うん。ミナトがいなくなってから、家で一回だけ……あっ、ミナトの制服じゃなくて、私にくれた制服の方ね」


「……そうなんだ」


そう言って、マイが紙袋を大事そうに抱え直した。あぁ、聞くんじゃなかった。こんなもの、どうせ全部まとめて燃やし尽くしてしまうのに。


わざわざ綺麗な紙袋を買って殊勝な態度で運んだところで、こんなの中身はただの布切れだ。マイがこうして魂の抜け殻みたいに優しく抱きしめれば抱きしめるほど、儀式の意味が重く苦しく積み重なるのは分かっているのに。今すぐ紙袋を引き裂いて、擦り切れたスカートを、色褪せたブラウスをビリビリに破り捨てたい衝動がふつふつと湧き上がる。


「その制服も、一緒にお墓に入れちゃうけど……平気だよね?」


「えっ……ミナトの制服でお墓を作るんでしょ? 私がもらった制服は、残しておきたい……かも。ダメなのかな」


「あー、そっか。じゃあ、こう考えてみて。たった一人で旅立つミナトさんは、寂しいと思わない?」


「……きっと、寂しいと思う。でもね、私だってミナトがいなくなったら――」


「――いなくなったら、何なの?」


うるさい、うるさい、うるさい。やめろ。裏切り者のくせに、まだ水上の味方をするつもりなんだ。かわいそうなマイ。宗教に縛られていただけの弱い女に騙され続ける、素直すぎる子。私が連れ出してあげないと、夜空を一人で飛ぶこともできない子。きっと、私の手で目を覚ましてあげるから。


「ミナトさんを安らかに見送るために、マイの一部をミナトさんに譲ってあげようって言ってるの! マイ自身が一緒に向こうに行くわけにはいかないんだよ? マイだって、そんなつもりないでしょ? 違う?」


「ユミ……急にどうしちゃったの? ミナトの後を追いたいなんて、私思ってない。ちょっと……怖いよ」


「だって、マイが私に……いや、ごめん。マイが本気でミナトさんを見送りたいと思ってるのか、分からなくなっちゃって」


まずい。興奮しすぎた。こんな言葉をまくし立てて、マイを困らせたいわけじゃなかったのに。私はその場に仰々しくうずくまって、どうしたらいいか分からない、とでも示すように返事を待った。マイならきっと、これくらいで『分かって』くれるはずだ。


私に合わせてしゃがむマイ。顔を上げてマイを見つめる私。マイの目は既に涙でいっぱいで、小さなまばたきでぽろぽろと溢れだした。そうだよね、マイ。これでいい。マイ自身がもっと儀式にのめり込めれば、それで。


「ごめんね、ユミ。私、間違ってた。この制服はきっと、ミナトを見送るまで預かっていただけなんだね」


「私も、ちょっと供養のことで頭がいっぱいになってたかも……ごめん。あのさ、よかったら……ミナトさんの制服、先に少し見せてくれない? きっと、河川敷に降りたら分からなくなっちゃうから」


マイが重々しく頷く。冷たい街灯の光の中でがさがさと乾いた音が響いた後、意外にもしっかりしたブレザーの整った布地がぼんやりと浮かび上がる。さらにチェックのスカート、白いブラウスが丁寧に畳まれたまま手渡された。マイが言っていた通り、それはどこにでもありそうな、でもだからこそ記号的な高校生の象徴だった。


水上和子。ミナト。嘘も本当も知らない私の敵。節分も七夕も自由に操れない女。あぁ、あんたが死んでくれて本当によかった。あんたが残したくだらない未練が、またこうして私とマイの絆を繋いでくれたんだから。


ありがとう。そして……さよなら、キョーカイの子。


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