さよなら、ミナト
ユミはあっという間に小さな焚き火を組み上げて、最後に上からぱらぱらと黒い粉を振りかけた。これで準備は終わりと言うように振り向いたユミの背後で、青・緑・紫……ただの炎にしては鮮やかで眩しい光が揺れ始めた。本当に魔法みたいだ。
私の役目は、ミナトが安心して旅立てるように祈り続けること。ミナトの全部を受け入れて、許してあげること。
その役目を全うするために、私は紙袋から取り出した二着の制服を胸に抱えて、七色の炎に向かって歩き始める。紺色の布地が紫や緑の光に当たって揺らめいた。この制服の重みは、私たちがやり直した青春そのものだ。ミナトの短い復讐はまだこの中に眠っていて、ここに形がある限りミナトはどこにも飛び立てない。
焚き火の前にしゃがみ込むと、ぱちぱちと火花が弾ける音と一緒に乾いた熱が顔を撫でる。この中にミナトの制服を入れてしまったら、もう戻れない。ミナトは私に何を託してくれたんだっけ。本当にこれでいいんだっけ。そんな迷いで頭がいっぱいになって、じっと炎を見つめて動けない私のために、ユミは横に並んで手を握ってくれた。
「マイ、怖いんだよね。でも、ミナトさんにさよならを言わないと」
「お葬式ってね、本当は生きている人のためのものなんだよ」
「ミナトさんはもうどこにもいないけど、マイはちゃんとここにいるから」
「だから祈ってあげて、もっと。ミナトさんのために」
そうだった。私はミナトを送り出すためにここにいるんだ。ミナトにさよならを言わないと、この儀式は終わらないんだ。
私はミナトの制服を握りしめて、そっと七色の焚き火に差し出した。ブレザーの襟がジュッと小さな音を立てて溶け始める。スカートの裾がぱらりと落ちる。ブラウスが黒い焦げで覆われていく。少しずつミナトの存在が糸になって解けて、炎に飲み込まれていった。ミナトが溶けていく。そんなほんの数秒の映像が、私の目に強く焼き付いて離れない。
そっか、ミナトはもう戻ってこないんだ――と呟くと、私は自然と七色の炎から手を引いて立ち上がっていた。
放り出された制服が焚き火の真ん中に落ちる。鮮やかな炎が一瞬だけ窒息したように暗くなって、しかし次の瞬間、ボウッと大きな音を立ててさらに高く燃え上がった。見覚えのあるブレザーの金ボタンが、熱に耐えきれずにパキッと割れて弾け飛ぶ音がする。もうミナトの制服は、溶け落ちた丸い炎の塊になっていた。
ユミが「頑張ったね」と言って私を後ろから抱きしめる。次はユミが焚き火の前に立つ番で、私はその後ろから燃え上がるミナトに祈りを捧げ続けることになっていた。ユミに言われたとおり、正しい手順で。このお葬式を本物にするために。
ありがとう。さようなら。大好きなミナト。
あのね、青春をやり直したいって強く思う気持ち、好きだった。
でも、ちょっと意見が違ったくらいですぐ「ごめん」って謝るところ……嫌いだった。
プリクラで一生懸命ポーズをとるところ、好きだった。
ユミが考えてくれたお屠蘇を飲んでくれなかったこと……嫌だった。
一番高いクレープを頼んで笑った顔、好きだった。
世界を操る力もないのに頑張りすぎるところ……ちょっと、好きじゃなかった。
好きなところと嫌いなところを交互に唱えてあげる。これがミナトの全部を受け入れることだって、ユミが教えてくれた。いいことだけじゃなくて、悪いことも思い出してほしいって。最初は半信半疑だったけど、等身大のミナトを思い出すと確かに少し安心した。
ユミが焚き火の上から新たな線香をくべる。ぱちぱちと音を立てる焚き火の白煙に混ざってもくもくと立ち上るのは、ビニールが溶ける鼻につく匂いと、髪の毛がちりちり燃えたときの沈み込むような匂い、ミナトが好きだった真っ青な海の匂い。『儀式』のために投げ入れた線香の煙がそれらを絡め取って上へ、上へと進んでいった。その一つ一つが、この単なる野焼きを本物のお葬式に昇華させていく。
――好きだった。
――嫌いだった。
――好きだった。
――――。
私はユミの後ろからじっと祈りを捧げていた。ミナトに本当のさよならを言うために。目を閉じると空気が震えて渦を巻く低い音が流れ込んできて、耳を澄ませると誰かの声が浮かび上がってくる気がする。そうだ、この向こうにきっとミナトがいるんだ。
――好きだった。
――嫌いだった。
最後まで私を信じてくれたこと、すごく嬉しかった。ミナトのこと、本当に好きだったよ。
そう呟いて顔を上げると、焚き火の前に立つユミが空を見つめて笑っている。風の音に交じって聞こえるかすれたような笑い声につられて、いつの間にか私も笑っていた。もちろん、楽しかったわけじゃない。あはははは、と声に出すともっと涙が溢れてきた。七色の炎が目に染みた。でも、これが本当の儀式だと思った。これが彼女を見送るための奏上だと信じていた。
私の祈りは空が徐々に白むまでずっと続いて、その間もユミは薪と線香をくべて炎を絶やさなかった。私たちの一番長い儀式が、新しい朝と共に終わろうとしていた。




