誕生祭 14
イカレスというのは、羽を蝋で繋げて作った翼を持つ男のこと。
自由に空を飛ぶ力を持つ男は、自分は太陽にまでたどり着くことができるはずだと考え、燃える恒星へと向かった。
しかし途中で、あまりの熱に蝋は溶けてしまい、翼を失ったイカレスは海に落ちて死んでしまうという話だ。
太陽に、翼に、堕落。見事に三つの単語が含まれている。
「何か手掛かりが見つかれば儲けものだと思っていたが、まさか答えが見つかるとは。運がいい」
「答え?何のこと?」
「いや、こちらの話だ。それで?セオドアの案というのは、絵の俺をイカレスということにして、商品として売ってしまえばいい、ということか」
「流石にもう少し手を加える必要があるけどね。…画家であれ、音楽家であれ、芸術家にとって自分を表現する手段が奪われることは、例えようもない絶望だよ。同職の人間として、彼の腕を奪うのは止めてあげて欲しいかな」
「…」
「そりゃ、勝手にモデルにされた君にとっては面白くもない話だろうけど。アーラは別に君の害になる人間じゃないだろ?無害な奴をわざわざ痛め付ける意味なんてある?」
場が静寂に包まれる。俺は暫く考えた後に、「…金になるなら話は別だ。俺を描いた絵が、誰かに買われるなんて鳥肌ものだが。動いていいぞ」と言って、アーラの背から身体を離した。
晴れて自由の身になったアーラは、思わずセオドアの絵に抱きついた。
「幽霊さぁああん!!ありがとうごございます。マジでありがとうございます。神です。今度から崇め奉ります。本当にあり…」
「あーはいはい。分かったから。ドウイタシマシテ。…ちょっ、止めて。抱きつかないで。鼻水だけはつけないでっ!!」
「アーラ。そういうことだから、絵は早く仕上げろよ。あと顔のところはもう少し見えないようにしろ」
「イエッサー!!」
「君…腕を切り落とされそうになったんだから、ちょっとくらい怖がったり…。はぁ…本当の馬鹿って危機感とかも持ち合わせてないの…?」
アーラのはしゃぐ声で一気に場が騒がしくなる。アリスはほっ…としたように息を吐き、エヴィは未だに首を傾げていた。ナイフを懐に戻し、セオドアから聞いた話について考えを巡らす。
「レオ。エヴィの」
「イカレスの話で間違いないだろう。お前の勘では?」
「…開かずの間が、あった、家に。あると、思う」
「そうか。では、物語に関係があるものを片っ端から探すことにしよう」
アリスと今後の話をして、取りあえず家にある、物語に関係がありそうなものを見つけることにした。
彼女の勘なら一発で見つかりそうなものだが、今日はそれほど働かないらしい。体調が悪いという訳ではなく、元々ムラがあって当てにならない時もある、といったもののようだ。
「まぁ今回は切羽詰まったものでもない。ぼんやりと分かるだけでも助かっている。その調子で頼むぞ」
「うん」
俺がそう言うと、アリスは頷いた。
「二人とも、今日はこれで失礼する」
「あれ、もう行くの?」
「あぁ、今はコイツの探し物に付き合っていてな。お前の話は役に立ったぞ、セオドア。礼を言う」
「そりゃどうも?」
できれば今日中に鍵を見つけておきたい。エヴィを促し、帰ろうとする俺たちをアーラが呼び止めた。
「…レオ君。それって、僕も一緒に行って構いませんか?」
いつになく真剣な顔で彼は言う。はて?と不思議に思いつつ、同伴してもいいかどうか尋ねる視線をエヴィに向ける。彼女は驚きながらも、別に構わない、と首を縦に振った。
探す人手は多い方がいいし、こちらとしても嬉しい申し出だけれども、どういうことだろうか。
「問題はないが…急にどうした?」
アーラは、俺にだけ聞こえる声で言った。
「どうも…あの子のことが気になりまして。さっき僕が頭を撫でようとした時、怯えたんですよ」
「…」
「まるで手を振り上げられたら、次に何が起こるか知ってるみたいに。ね、レオ君。普通に生活している子は、怖がったりなんてしないんじゃないでしょうか?」
俺は、エヴィの祖父のことを思い出す。先ほどはアリスがどうにかしていたが、あれが日常茶飯事であるならば、今までにも腕が身体にぶつかった、といったことがあるだろう。
俺のことはDV男と呼ぶくせに、暴れる祖父のことは、わざとじゃないから仕方がないと許しているようだ。唯一の祖父、唯一の生きている肉親だから、と。
「なかなか鋭いな。…普段もこうであってくれれば、苦労しないのだが」
「僕がついていってもできることは少ないとは思いますけど…いいですか?絵はちゃんと仕上げますので」
「いいぞ。面白そうだ。お前の好きなようにすればいい」
さて、どうなることやら。




